その21

《書店は大きくなきゃね》

 以前は、500坪を越えるような書店に行くと、 目が眩む思いがしたものだ。 そして、200坪あれば大型の総合書店としての品揃えは十分出来たものだ。
 しかし、このところの大規模書店の出店ラッシュで、 200坪なら普通になってしまった。それに500坪だって、 「どうだ」、 と胸を張れる規模ではなくなった。 1000坪でようやく、 どうだ、 と胸を張れる。 これだってもうしばらくすれば1000坪を越えないと胸を張れなくなるかもしれない。実際のところ、1700坪の書店ができるらしいし。

 犬田は、 やっとの思いで100坪になった犬猫堂のことを考えると、 一部の人が大きい書店のことしか話題にしないことに少し腹立たしい思いをしていた。
「500坪ないとダメだね。 それくらいないと本は置ききれないよ。 特に専門書なんかそれくらいないと、とても販売できないよ。」
 こういうことを言う人に出会うと、 犬田はシラケてしまうのだった。 確かに小さな店より大きな店の方が、 品揃えは有利だが、 大きいことが売れることに直結していないということは、 多くの人が気付いていることだ。

 ほんの数年前まで、200坪あれば堂々と専門書を扱っていたし、 チャント売れていた。 今の500坪の書店と同じくらいの数の本を売りさばいていた書店もあった。 確かに、 大きな書店を見てしまうと、 それ以下の書店はその展示量において見劣りしてしまう。
 犬田はそういうことをこんな風に考えている。
 それは旅館に泊まった時の夕食におけるテーブルに乗る料理の品数みたいなものだと。 品数が多ければ多いほど豪華であり、 すごいなぁという満足感がある。 しかし、それと食べ終わった後のおいしいという満足感とは別物だと。 決して負け惜しみではなく、 犬猫堂で買ってくれるお客さんを見ていて、 実感するこだと。
 犬田はもう読者が気付き始めていると思っている。 大きい書店がただ大きいだけだということを。 400坪の書店が200坪の書店の倍の満足を得られないということを。 そして犬猫堂のライバル書店、 ブックスローカルの吉川が言っていたことを思い出した。
「展示するためには1000坪でも足りないよ。 でも売るための本は1000坪もあったら埋め切れない。」
 犬田は書店の規模だけが話題になる近ごろの風潮が気に入らない。 1000坪の店の隅々まで、 本が売らていることを発散しているような書店を話題にして欲しいと思うのだった。

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