その22

《開店ラッシュの裏側》

 藤川は、最近の開店ラッシュにウンザリしている。 専門書を中心に出版している学生出版社にとって、 これまで縮小傾向にあった専門書の棚が増えることで、 その販売機会が増えるチャンスだと思っていた時期もあった。 しかし開店直後に訪れた書店の中には、 ただ大きいだけの書店もあったし、 競合店対策だけの店があるという事実が藤川を萎えさせたのである。

 毎日のように取次店から届く新規開店のための出品依頼書のとおりに本を出していたら、 市場在庫だけが、ドンドンと膨らんでゆく。 出版社にとって、 書店はエンドユーザーではない、 というのが現実である。 書店で売れてこそ出版社の利益は上がるのだ。 本をつくるのにはコストがかかっており、 それが回収されるのは、 店頭で売れたときなのである。市場の在庫が増えたところで、それがすなわち利益ではないのである。
 藤川は、 無責任な言い方をすれば、買い切りなら、新規開店時の出品は無条件で出荷したと思うのだった。 さらに 「それでは本が足りませんよ。」 と言ってセールスしたに違いないと思う。 逆に書店さんから学生出版社が発行している専門書は、「あんたのところの本は売行きが悪いからいらない。」といわれ、 新規開店のどの店も本を買ってくれなかったかもしれない、とも思うのだった。

 藤川は、 新規開店で出品した店には出来る限り出向こうと考えている。 それは本を送り出した出版社の責任であると思うからだ。 本を送り込んで、 「後は知らない。」では無責任だと思うからである。 1冊でも多く売れるようになんらかの力を貸すことで、 書店も学生出版社も利益を得たいと思うのである。

 「貴社の本を販売したいので出品をお願いします。 立地は最高、 必ず売れます。 売るために全力を尽くします。」 という出品依頼書が今日も届いた。 藤川はやれやれと思う。 きっと1年も経つと、 もう要りませんみたいなことになってしまうのではないか、 店を見に行くと、 ただ本を棚に放り込んだだけなんじゃないかと悪い方へ考えが行ってしまうのだ。 そんな店ばかりじゃないのは分かっていても、ついついそう考えてしまう。 最近の出店ブームの中で、 藤川は悪夢を見過ぎたのである。

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