その23

《ワンパターン》

 ヒナちゃんの発注書を見て猿山は愕然とした。 注文冊数欄に 「2」 が大行進しているのだった。
「ヒナちゃんこれ何。 全部2冊注文するの?」
ヒナちゃんは、 猿山の質問の意味がわからないくて、
「ダメですか。 だいたいこれくらい売れているんで、 まあ2冊づつ注文しておけば足りると思うんですけど。」
「そうだね、 だいたい2冊あれば足りるけど、 2冊じゃ足りないものもあるし、 2冊だと多いものもあると思うんだけどね。」と猿山は言った。
ヒナちゃんはまだ不服そうである。 どうして全部2冊じゃいけないのかなぁ、 不足するんだったらみんな3冊にすればいいじゃないか、 それに余ったら返品すればいいし、 と心の中でブツブツ言っていた。
 猿山は分かっていた。 別にヒナちゃんが手を抜いていないと。 ヒナちゃんの考え方は、
 物事を管理する場合、 パターンは少ないほうが望ましい。 平均化したところで押さえておけば、 失敗はすくない。 また例外は限りなくゼロであること。 例外はそれが発生したときに対処すればいい。 例外はそんなに多くはないのだから。
というものだ。 猿山はヒナちゃんに商品管理の考え方を話した。
「10パターンの事柄より3パターンの事柄のほうが理解しやすいのは当たり前だよね。 3パターンより1パターンのほうがもっと分かり易い。 だけどこの世にワンパターンなものなどないんだ。 10パターンのものを平均化して、 無理に1パターンにしようとすると、 ひとつひとつが歪んでしまう。 管理を簡素化するために、 出来るだけ少ないパターンで済ませようとするのは合理的だけど、 在庫管理はそうは行かない。 例えば、 売れ行きや商品特性によって在庫数は違うはずでしょ。 地図の場合、犬猫堂のある近畿地方なら周辺地域は多め北海道や東北は少なめの在庫になるのは売れ行きから見て当然だよね。 売れないものまで在庫する必要はないわけだから。 大学受験の赤本は有名大学は多め、 三流校は少なめだよね。 こういうのはパターンが決まっているから楽だよね。
 では椎名誠の新刊と赤川次郎の新刊の在庫比率は、 となるとこれは難しいよ。 犬猫堂の販売傾向を知っていなくては決められない。 ややこしいから新刊はすべて30冊なんて乱暴なことやってないでしょう。 売れるものは多く確保しなきゃならないし、 多く売れないものはそれなりにって感じでしょ。
 話が長くなって悪いけど、 1点1点みんな発注部数が違うってこと。 いろいろ調べて、 すべてが2冊という結論ならそれでいいのだど、 2冊あればそこそこ間に合うよ、 というのは管理とは言わないんだよ。」
 ヒナはなんだかじゃまくさいなぁと思った。 そんなことしなくちゃならないのか、 と思った。 目の前のPOSのマシーンを使えば、 答えはすぐに出るはずなのだが、 ヒナはコンピュータアレルギーでその使い方を知らないのだった。

 よくある話だが、 平積は5冊と決めたり、 常備品は1冊で、 よく売れるものでも在庫は持たないとか、 決算期の在庫調整で平台一律3冊返品なんてことをやっているところがあるという話を聞いたとき、 猿山は合理的ではあるが、 売上を上げる手法ではないと思った。 売れているものまで在庫を一律にしたり返品したりすることが、 売上にどれだけダメージを与えるかかわからないからだ。 客注品の入荷日数を一律に3週間なんて言うのと同じで、 ワンパターンやマニュアル通りの仕事は、 書店では馴染まないと猿山は思っている。

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