その26

《私が管理してます》

 犬猫堂のある棚の前で、 バインダーに挟んだ注文一覧表に、 一生懸命棚の欠本を記入している女性がいた。 彼女は出版社から委託を受けて営業代行をしている女性である。 その彼女に藤川は聞いた。
「 欠本はたくさんありますか。 」
「 これだけあります。 」と彼女は誇らしげに答えた。
一覧表には、 棚にない本のチェックマークがたくさん付いていた。
「へー、 結構あるもんですね。 1週間でこれだけ売れるんですか。 犬猫堂もたいしたもんだ。」
「いいえ、 2週間に一度訪問していますから、 これは2週間分です。」
「ない本はその一覧表で補充するんですか。 でも蟹江くんが注文したものとダブるんじゃないんですか。」
「いいえ、 蟹江さんは注文しないからダブりません。」
「そうですか。 すると売れているのに蟹江くんは2週間も注文をしていないのですね。」
「そうです。 この棚は私が管理していますから。」
「ふーん、 蟹江くんは楽しているんですねえ。 何もしなくてもいいんですから。」
そこへ、 蟹江が通りかかった。
「ねえ、 ねえ、 蟹江くん、 ここは君が担当している棚だよね。 どうして彼女が発注業務を担当しているの。」と藤川が尋ねると、 蟹江は頭を掻きながら、
「 ああ、 この棚のこのコーナーの商品は、 彼女に任せてあるんですよ。 店長とこの出版社の間でそういう話になっているんです。 」
藤川は、 こういう管理の仕方を猿山がどう思っているのか知りたくて、 そのことを蟹江に聞てみた。
「猿山さんは、 ほんとうは自分で管理したいみたいなんですけど、 ほら、 あの人とても忙しいでしょう。 ちょっと手が回らないようなんです。 ほんとうは僕がやればいいのだけど、 まあ、 こういうのも便利だしね」 と蟹江は言った。

 藤川は、 その理屈がわからないでもないが、 どうしても納得できない部分があった。
 欠本というものは、 どんなに綿密に棚管理をしても発生する。 流通中での事故や万引きなどがあるからだ。 売れ行きが大変良好なものなら、 すぐに書店のほうで気付くのだが、 気か付かないままになっているものもある。 そうしたものについてお互いの利益のために出版社の営業マンが指摘することは、 棚づくり、 品揃えの点で大変重要であると思う。 でもそれは書店をフォローするという意味で重要なのであって、 出版社が書店の棚を管理してしまうのはどう考えても本末転倒のような気がする。 また無責任に棚の管理を任せてしまう書店の在り方もどうかと思ってしまう。 犬田はいったい何を考えているのだろう、 と藤川は思った。

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