その27

《「最新版」ありますか》

 丘羊子は、 実用書の棚の前で、 最近よく受ける質問の内容に困惑していた。 それはこんな内容だった。
「 『正しい墓地の買い方』 という本ありますか。」
「はい、あります。」と棚からその本を取り出しお客に見せた。
「それは、最新版ですか。」
と聞かれて、 丘は奥付を見た。
「最新版と言われても、 発行されたは3年前ですが。」
と言うと、 お客はさらに聞いた。
「 で、 それは最新版というか、最新の情報は入っていますか。 」
丘は再び奥付を見ながら、
「 昨年重版しているようなので、 古い情報はきっとそのとき新しいものと差し替えられているのではないかと思いますが、この出版社がそうしているのかどうかは私にはわかりません。 」と言うと、
「 ということは、 その本には今年の情報は入っていないんですね。 」と言う。 丘はちょっとしつこいなぁと思いながらも、
「 そのとおりです。 」と答えた。
「 だったら、 最新版はいつ発行されるのですか。 」とお客は食い下がる。
「 さあ、 それはわかりません。 普通、 出版社では、 いまあるのが在庫切れになったら、 その時点での最新情報を加えて重版するのでしょうが、 いつ重版になるかは書店ではわかりません。」
「 はぁ、 そうですか。 最新版はないのですね。」と言って店を出て行った。

 出版物に最新、 つまり今の情報を求めるのは無理だってことをそのお客に説明すればそれでよかったのかもしれないと丘は思った。 それにしても、 最近こういう質問が増えたことに丘は戸惑っている。
 雑誌だって今の情報ではなく、 ひと月からふた月くらい前の情報しか掲載できない。 新聞だって昨夜見たテレビニュースの確認という役割しかないのだ。 活字メディアの不幸と言えばそれまでだが、 情報の伝達スピードはテレビやインターネットに比べれば月とスッポンなのである。 でも時代は「 最新版 」を求めている。 書店で売られている本や雑誌というのは、 すべて過去の確認作業のためにあるとも言える。 そして時代が最新版を求め続けるなら、 本の未来はないのではないかと、 丘は思ってしまうのだった。

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