その31

《返品できますか》

 藤川は、 ヒナちゃんに新刊の紹介をしているとき、
「それ、 返品できるんでしょうね。」 と言われた。 藤川は、 「そういう言い方はないでしょう。」 と言いたかった。 もちろんヒナちゃんに悪気はないし、 藤川にしてもその言葉の意味はわかっていた。 藤川は多くの書店で、 この言葉をウンザリするほど聞かされている。

 関西弁でいうとこんな風だ。
 にいちゃん、 それ売れるような気がするけど、 そんなもん売れるか売れへんのか誰も分かれへん。 それで、一応注文するけど 、売れへんかって、返品するとき 「注文品は返品できまへん。なんて、あんた言わへんやろね」。
 まぁそういうことだと思う。 言う意味は正しいし、 心配な気持ちも分かる。 でも、 最初から返品する、 つまり売れないという想像をしてしまうのは、 やっぱり商売人としてはマズイんじゃないか思う。 どんな商売でも売れないかもしれないと思って仕入れる人はいない。 売るんだ、 売れるんだと思って仕入れるのだ。 仕入れた商品が余るのは結果である。 出版社の場合だったら売れるという確信のもとに商品を企画し制作する。 その結果として多くの売れ残りが発生した場合、 商品価値がなかったということや販売方法に誤りがあったということになる。 はっきり言うと、 書店同様売れるか売れないかは分からないのだ。 でも、 売れないと思われる商品は、 制作しない。 失敗はあくまでも結果だと藤川は思う。
 出版社の場合だと、 何を企画してどう売るのか、 書店の場合だと、 何を仕入れてどう売るのか、 ということそのことになんら違いはない。 仕入れにあまり自信がない場合、 「返品できる?」 と聞く気持ちは分かるのだけど、 あまり後ろ向きにならないでと、 藤川は言いたいのだ。
「ねえ、 ヒナちゃん 「売るぞ」と 言ってよ。 最初からヘンピンなんて言葉を使わないでよ。 一生懸命やってくれるヒナちゃんに、 ツバをかけるなんてことできるはずがないのだから。」 と言うと 、ヒナちゃんは小さい声で、
「売ります。」 と言ってくれたが、 言葉の意味が分かっているのかどうか、 藤川には疑問だった。

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