その34

《置き場所がない》

 寅は、 朝一番で入荷した新刊を検品していた。 寅が、 数を読み上げ、 犬田が伝票をチェックするというのが、 犬猫堂のスタイルである。 検品した本は、 丘と蟹江、 それに林が受け持つそれぞれの棚別に分類されて、 それぞれの担当者のところへ届けられるのである。 大まかな仕分けは犬田が引き受けているが、 最終的には現場の担当者が、 どの棚で展示するのが一番よいか決めることになっている。 どうしても決めかねる時、 猿山の出番となるが、 そういうケースはめったになく、 丘、蟹江、 林らがそれなりにうまくこなしているのであった。
 今日入荷した本の中に、 『うどん粉の博物学』 という本があった。 犬田はそれを丘の方へ仕分けた。 本の内容を見ると、 世界のうどんを紹介した記事が多くあり、 これは料理の棚がよいだろうと思ったからだ。 検品が終わって、それは丘の元へ届けられた。
「寅くん、ご苦労さま。」 丘は仕分けられた本の中から 『うどん粉の博物学』 を手に取った。 パラパラとページをめくった後、 事務所に戻ろうとする寅に声をかけた。
「ああ、 寅くん、 これスズメちゃんのところへ持って行って、 歴史の本だから。 私のところの本じゃないわ。
」 そう言うと、 それを寅に手渡した。 寅は丘にそう言われて、 それを林のところへ持って行った。 林は届いたばかりの新刊を入荷ノートに付けているところだった。
「これ、 新刊の追加です。 丘さんのところへ持って行ったら、 こっちだって。」 寅は林にその本を手渡した。
「ああ、 そう。」 林は、 本を手に取って、 パラパラとページを見渡した。
「あら、 これ料理の本じゃない。 これを置く棚はここにはないわよ。 やっぱり丘さんの方がいいと思うんだけどなあ。 丘さんのところへ戻しといてよ。」
そう言うと、 林は寅に本を手渡した。
寅は困って、
「そう言われても、 丘さんが林さんに渡せって言ったものをまた丘さんのところへは持って行けないですよ。 困ったなあ。」と、 ブツブツ言いながら、 再び丘の元へ戻った。
「あのー、 丘さん。 林さんこれ、いらないって。」 と本を差し出した。
「私も、 いらないわよ。 それ林さんのところの本よ。 絶対。」
寅は、 困ってしまった。 どうすればいいんだろう。しばらく考えていたが、ポツリとつぶやいた。
「返品だな。 だって犬猫堂のどの棚にも入らない本なんだから。 それにややこしそうな本だし、 きっと売れないだろうしな。」
寅は、 事務所に戻り、 返品専用の棚に 『うどん粉の博物学』 を置いた。

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