その50

《本が多すぎる》

 蟹江は、郊外にある書店ブックスローカルに来ていた。 休日のドライブを楽しんだ後、 食事をとったファミリーレストランの隣にブックスローカルはあった。 蟹江は食事をしたついでにその店を覗いて見ることにした。
 ブックスローカルは夜10時まで営業している。 ビデオのレンタルもあり、 若者を中心に客が多く入っていた。 犬猫堂の売上が停滞しているのは、 若者たちがこの店を多く利用するようになったからである。
 蟹江はパソコンコーナーの棚の前に立っていた。 犬猫堂に較べれば、300坪という圧倒的な規模による在庫の多さが蟹江を驚かせたが、 蟹江は少し安心もした。 それはその棚には新刊ばかりが展示されていたからである。 パソコン本の新刊の多さは、 以前ほどではないが、 犬猫堂ではとても対処できないほどだ。 書籍だけではなく雑誌やその別冊など、 何をどう展示すればよいのかわからないほどであり、 ひとつのテーマに数十種類の本が発行されている。 OSやアプリケーションのヴァージョンが上がると、 洪水のごとく新刊が発行されている。
 蟹江は、 最近の書店は 「金太郎飴」 だと言われるが、 その典型的な例がパソコン本ではないかと思っている。 売れ筋出版社というのがほぼ固定されていて、 そこが出版する本は、 ほとんどの書店でみかける。 それは大規模書店を除けば、 パソコン本の棚を大きく持つことは出来ないため、 小さな棚に安定した売上が望める売れ筋を並べるからだ。 ブックスローカルも例外ではないと、 蟹江は感じた。 棚こそ大きいが、そこに陳列されている本は、 送品されてくる本を無差別に並べただけのものだったからだ。 「売るべき本が選ばれていない。」 と蟹江は直感した。
 蟹江は明日猿山に相談しようと決めた。 それは、 犬猫堂のパソコン本の棚を縮小しようという提案だ。 ブックスローカルにこれだけのパソコン本の新刊が並んでいたら、 とても対抗はできないということがひとつ、 もうひとつは、 売れ筋を残すのは当然であるが、 新刊だけに頼らない棚にすれば、 もう少しコンパクトな棚になるという現実的な理由があったからである。それから、そう決心させた最大の理由は、新刊の展示を優先するために、際限なく棚を拡張し続けたことへの反省があったのである。 棚を縮小するというのは、 消極的な意味では売上を落とすという危険が伴うが、 蟹江は、 積極的な棚の縮小もあるはずだ、 と思った。 ブックスローカルと同じことをやっていたら、 棚が大きい分だけ相手の勝ちになる。 別のやり方で商品をお客に提供しなくては負けてしまう。

 蟹江は店を出て車に戻り、やや興奮気味にハンドルを握ると、 アクセルを踏み込んだ。

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