その54

《包装の鉄人》

 書店でする包装と言えば、 ほとんどがカバーを掛けたり袋に入れたりすることであるが、 クリスマスや入学祝など贈り物としての本を包装する場合、この方法では具合が悪い場合がある。 こんなときの定番的包装は 「三角包装」 である。
 角がキッチリ決まるとこれほど美しい包装はなく、 その包装に添えられたリボンも美しくみえる。 しかし反面、きちっと三角包装が出来なければ、これほど見苦しい包装はない。 いっそ袋に入れてシールのリボンにした方がましなくらいである。 この三角包装を決めるには、 極めて熟練した技を必要とする。 本の大きさに合わせて包装紙を選び、 本の角にピタリと合わせるのは、 やったことがある人であれば、 それがいかに難しいことかわかると思う。

 さて犬猫堂の連中の技はというと、 お粗末というほかない。 鳩山と犬田が時間をかければなんとか出来る程度で、 その他の連中は、たとえ時間があろうと、まったく出来ないと言ってしまってさしつかえがない。 お客さんが「プレゼント用です。」と言っても、 最初から三角包装などするつもりがなく「袋でよろしいですか。」 と言ってしまう始末である。 しかし 「包んでください。」 と言われれば包まない訳にはいかない。 そんなときは、 鳩山や犬田が汗をかきながら、 なんとか包装するという訳である。 だがそんなことでは間に合わない季節がある。 クリスマスである。 少なくなったとは言え、 絵本を子供にプレゼントする人は多い。 こんなときに助っ人として登場するのが、 犬田の妻、 昌子だった。

 昌子は、 普段は犬猫堂の経理を自宅でやっていて店に姿を見せない。 しかしクリスマスの時だけは、 レジ横に設けた包装専用のコーナーで一日包装を担当する。 百貨店に勤めていた彼女は、 三角包装を徹底的に教育されていた。 本1冊なら10秒でこなしてしまう。 リボンをかけても30秒以内には包装が完了してしまうのだ。 犬猫堂の全員がこれを 「魔法」 と言っている。 しかし昌子から言わせれば、 犬猫堂の連中は努力と向上心のない奴ということになる。 昌子は空いた時間に三角包装のコツをみんなに教えるのだが、 全員が昌子に頼ってしまっていて覚える気がない。 昌子は思う。 きちんと包装された本を貰った時の嬉しさは格別なのに、 どうしてみんな覚えようとしないんだろう、 みんなは本を売ることについてはプロなのに、 お客さんを満足させることには無頓着なんだろうと。

 クリスマスが終わると、 犬田家ではいつも夫婦喧嘩になる。
「あなたが覚えないから、 社員が覚えないのよ。 いつまで私にやらせる気。」
と昌子が怒る。 すると犬田は、
「よし、 練習するから、 紙をくれ。」 といって三角包装の練習を始めるのだが、 翌日にはもう忘れてしまっているのだ。
 犬田家では、 こんなことがもう20年続いている。

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