「そうなんだよな、 理屈は正しいんだよな。 だって食堂に行って、 注文した品が自分の思っていた味と違うからと返品なんてしないのだし、 出来ない。 そういうことなんだ。 でもなんかすっきりしない。 本という商品の場合、 食堂の注文とは意味が違うような気がする。 注文を受けた時に、 お客さんにキャンセルは出来ませんよ、 と念を押してもいいのだけど、 本ってそうやって売るものなんだろうか。 他の商品なら中身を確かめてから買うのだけど、 本という商品は、買ってから中身を確かめるという部分もある。 だから、 売る方も買う方も商品に対して曖昧な部分を引きずったままなんだ。 そういうことだから、 内容が違うから返品したい、 そういうなら返品を受けましょうというやりとりは、 理屈や規則の問題ではなく、 お客さんと店の信用というべき問題なのだと思う。 そういうことが理解されずに返品の入帳を断られたのは、 僕自身や犬猫堂が出版社との間に、 キチンとした信用を作れなかったからなんだろうな。」
と蟹江は独り言をいいながら、 また別の出版社の電話番号をダイアルした。
「もしもし、 犬猫堂と申しますが、 うっかり返品を忘れてしまった委託期限切れの新刊がありまして、 ぜひとも入帳をお願いしたいのですが。」
蟹江はまた電話に向かってお辞儀をした。
電話に出た営業部の担当者はいとも簡単に言った。
「期限切れですか、期限ギリギリまで置いて貰ったのに売れなかったんですね。それなら、入帳しますよ。またいい本出しますからその時はよろしく。」
蟹江は、呆気にとられていた。
蟹江は、この日30本の電話をした。半分の本は何とかなったのだが、やはり返品出来ない本が残ってしまった。
「いつも、いつもこうなんだけど、こういうのってほんと何とかならないものだろうか。」
そう言いながら溜息をつき、夕方の忙しくなる売り場に出て行った。