その57

《常備入替の風景1》

 犬猫堂では、 その日の常備入替について、 朝礼で伝達することにしている。
「みなさん、 おはようございます。 前田書房の常備入替を本日行います。 担当者は、 前田書房の本を抜き出した上で、 新しい商品を棚に補充してください。 すでに新常備品は寅が検品しています。 朝礼が終わり次第、 店に出しますから速やかに作業をしてください。 尚、 知ってのとおり、 前田書房からはいろいろなジャンルの本が出版されています。 主力は文芸ですから、 多くの本は文芸書の棚にあります。 児童書、 実用書、 それに林さんのところの専門書にも少しあります。 注意して下さい。 最終的なチェックは丘さんがやります。 レジの担当者以外はすべて前田書房の常備入替にかかって下さい。 よろしくお願いします。」
と犬田は、あと少し注意事項を加えて朝礼を終えた。
 丘はみんなを集めて、 犬田の説明に付け加えた。
「もう何度も常備入替をしているから、 みんなわかっていると思うけど 、常備セットにはここ3カ月間くらいの新刊は含まれていないの。出版社が常備セットを組んで、 犬猫堂に届けられるまで、それくらいの期間が必要ってことかもしれない。 だから、 常備カードの入っている本は、無条件に棚から抜き出していいけど、 常備カードが入っていないものは、 新刊かあるいは担当者が別に管理している本だから、 そういうのが出て来たらそれぞれの担当者に必ず尋ねること。 そうしないで、 なんでもかんでも返品しちゃうと、 昨日入った前田書房の新刊まで返品することになるからね。
それでは、抜きもれのないようお願いします。」
と丘がいうと、 みんなは棚に散っていった。
こういうことが苦手なヒナは、 ブツブツ言いながら棚から前田書房の本を抜き出していた。
「じゃまくさいわよね、 こういうのって。 なんで一年に一回こんなことをしなきゃならないのかしら。 このまま棚に入れてたっていいじゃない。 みんなきれいな本だし。 1冊抜いて、 また同じ本を入れなきゃならないなんて無駄だと思うんだけどな。」
とヒナには常備入替の意味が分からない様子である。 そしてさらに文句を言いつづけてた。
「それに、《前田書房》って、 背表紙にでも書いてあればいいのに、 変なマークが付いているだけなんだもん。 これじゃ本が探しづらいわよ。 抜き漏れしても知らないからね。」
1時間ほどの作業で、 棚の前には返品すべき本が積まれた。 そしてそのタイミングを見計らったように、 寅が事務所から新しい本を運んで来た。 真新しい本をじっと丘は見ていた。
「寅くん、 気持ちがいいよね。 新しい本って。 なんかどれも売れそうな気がするじゃない。 常備入替って大変だけど、こうして新しい本が犬猫堂の棚に入ったとき、 さあまた売るぞ、っていう気になっちゃうんだよね。」
と丘は声を弾ませて言った。
「はあ、 そういうもんですかね。 こっちはまた返品伝票を切らなきゃならないから、 そういう感傷的な気持ちにはなりませんけど。」
と言うと、 返品される本を台車に積み込み始めた。
<続く>

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