犬猫堂がそうした状況のなかでも何とか売上を伸ばせたのは、 駅前であるという立地のお陰である。 通勤に電車を利用する人が多く、 そうした人達が大きな支えとなった。 そして通勤客の減る土曜、日曜はテンナントビルに来るお客が中心になるのである。
「店長、 うちの店の客層も随分変わりましたよね。 以前なら主婦のお客さんも多かったと思うんですが、 めっきり減りましたよね。 子供のために学習参考書を買って行く人もキッチリとうちのターゲットだったのに、 今ではほとんど期待出来なくなりました。」
と猿山は犬田にしみじみと言った。
「そうだな、 実用書も料理や編み物よりも趣味の本のほうが売れ行きはいいしな。 そう言えば女性客が減ってなんか店内の風景が地味になったような気がするなあ、 ハハハ。」
と犬田は笑った。 そして続けて
「 業界誌でも言っているように、 いわゆる旧商店街の書店の経営はどこも苦しいようだ。 どんなに努力しても街からお客が消えたらどうしようもない。 逆に郊外の店舗は、 土地が安いこともあってドンドン大型化しているし、 チェーン展開している大手グループがそういうところを牛耳っているから、 話題の本なんか潤沢に入って来る。 この町のブックスローカルなんてのもそういうことだからな。」 とやや諦めた口調で言った。
「じゃあ、 これは時代というか、 流れというか黙って見ているしかない、 ということですか。」
猿山は、 犬田の説明に納得いかないという調子で、 言葉を荒げた。
「 いや、 そういうことじゃない。 どんな店でもそうだと思うが、 お客さんが喜んで、 その結果として物が売れるということが理想だ。 そのために、 それぞれが努力しているはずなんだ。 ほんとうに郊外にある店が便利で、品揃えについてお客さんが満足しているのか、 そういうことを考えて負けないように工夫しているはずなんだ。 うちの場合だと、 ブックスローカルが満足出来る書店で、 うちがダメな書店なのか、 ということについての努力のことだ。 だが、 駐車場というような物理的な問題は、 それぞれの努力じゃどうしようもない。 これはひとつひとつの店の問題ではなく、 全体の問題なんだ。」 と犬田は言った。
「それじゃ、 具体的に我々は何をすればいいんでしょうか。」
「ひとつの店としては、 我々が日々やっている売上を上げる努力をコツコツと続けるしかない。 特効薬はないんだ。 問題なのは、 その努力をしない店がこの商店街の中にあるということだ。 諦めてしまっている店が何軒もある。 マンションの自治会と同じで、 周囲のことにまったく無頓着で自分の事しか考えない人というのがいると全体のバランスが大きく崩れるんだ。」
猿山は犬田の言っていることがよく分かった。 確かに商店街の中に、 販売の努力というものを感じない商店が多いことに気付いていたからだ。
「と、 いうことは、 この商店街の未来はないということですか。」 猿山は結論を急いだ。
「そうだ、 いまのところ、 この商店街に未来はない。」 犬田は強く言い切った。