その67

《犬猫堂のゴミ箱》

 今やFAXは、書店においてなくてはならない道具のひとつになった。 注文書や在庫問い合わせの送信、出版情報の受信など大切な役目を果たしている。 犬猫堂にFAXが導入されたのは3年前のリニューアルの時で、 他の書店から見ればかなり遅いと言える時期だった。 それまでは、 電話があればそれなりに用が足せたし、 特に不便を感じていなかったが、 相手から 「FAXはないのですか。」 という事を度々聞かされると、やはりないことが不便になってしまったのである。
 そして、 FAXが入りその番号が書店名簿に掲載されてから大きな変化が起こった。 犬猫堂の事務所のゴミ箱にFAX用紙が溢れだしたのである。
 犬猫堂では、 出版社や取次店から送られて来る出版情報や新刊案内は、 毎朝店長の犬田が郵便物やFAXなどすべてを担当者別に仕分けて渡している。 FAXがなかった頃は郵便物だけだったから、 それほどその量を感じていなかったが、 FAXを入れてから、 送信側の気軽さとコストの低さからか通信文の量が膨大になった。 着信するのは、 出版社や取次店からだけではなく、 飲み屋や文具屋、 各種セミナーなど多岐にわたる。 大袈裟に言えば、 一日中送信と受信でFAXが動き続けているといった状況になってしまったのである。
 林は、 犬田から貰った新刊案内などを休憩時間に目を通すことにしている。 大きめの封筒に入れたそれらをひとつひとつ見ながら、 要らないものはゴミ箱へ捨てていく。 必要な物はクリップでとめた後、注文したり入荷のチェックなどに利用している。 その作業をしている林に猿山が声をかけた。
「ねえ、 スズメちゃん、 今日は何か収穫あったかな。」
と聞くと、
「さっぱりダメですね。 ゴミ情報ばっかりです。 ほらゴミ箱がこんなに一杯になっちゃって。」 とゴミ箱を指さした。
「ほんとだね。 昨日は結構収穫があったって喜んでいたじゃない。 今日はダメですか。」
「そうね、 こういうのってすごい量があるじゃないですか。 それに、 これはと思うものはほんの僅かで、 後はゴミ箱直行便になっちゃうんですよね。 でも100の内ひとつくらいは品揃えに役立つ情報があるから目を通さない訳にはいかないんですよ。 それから溜めちゃうと、見る気がしなくなるから、 少なくとも一日おきには処理していかないとね。」 と言いながらポンポンとゴミ箱に捨てていく。
 猿山は知っている。 ヒナちゃんや寅に 「これ見ておいてね。」 と手渡した新刊案内がゴミ箱直行になっていることを。 それは彼らが手元にドンドンそれらを溜めてしまうからだ。 それらを見なかったからといって売上は下がらないし、 仕事に大きく影響することもない。 だから見ない、 捨てるということになりがちなのだ。
「ファッションや音楽、 テレビや映画なんかの情報はセッセと雑誌なんかで集めるくせに、 本の販売についての情報はどうして無視するの。」
と猿山はヒナちゃんや寅にいうのだけど、 彼らはいつも笑って聞いているだけなのである。

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