「ああ、 そのことなんだけどね。」
と犬田は、 猿山が売上の話を持ち出したことで話のきっかけをつかんだ。
「猿山くん、 売上が減っているということなんだけど。 まあ今は緊急事態になっていないのだけど、 資金繰りのことで、 ちょっと相談があるんだ。
今の在庫量のことだけど、 ちょっと多過ぎないかと思ってるんだ。 過剰であるとは言わないけど、 率直に言うと少し返品を出してもらうと助かるんだ。 支払い過多の傾向にあるということなんだけどね。」
猿山は、 これまで一度も犬田から資金繰りのことで相談を受けたことがなかった。 それは犬田が常にうまく処理していたこともあったが、 犬猫堂が順調に売上を伸ばしていたからだった。 だからこそ猿山は資金を心配をせずに自由に売り場を作ってこれたのだった。
「ちょっと待ってください。 今ある在庫を減らせということですか。 つまりストックを減らせと。」
猿山は少し慌てて言った。
「まあ、 そういうことだ。簡単に言えば、 今、 平台に積んである本が5冊なら、 3冊に減らすということだ。」
犬田はストレートに猿山に言った。
「店長、 本気でそうしろと言っているんですか。 ストックを含めて平台の本の量は、 丘や林それに蟹江が十分注意して管理しています。 売れ行きの良いものが店頭からなくならないよう、 僕はそう指導してきました。 平台の本の量にしても、 お客さんから十分な量があるな、 と思わせるだけの演出をしないと店の信頼を失うと言い続けてきました。 つまり店の在庫は、 その店の力の証であると僕は思ってます。 それを捨ててしまうというのは、 犬猫堂の売上を落とせと言っているのと同じじゃないですか。 在庫減は売上減であると僕は思いますよ。」
猿山は少し言葉を強めて言った。
「まあ、 まあそう熱くなるなよ。 そういう理屈は僕もわかっているし、 店の力を落としてまで、 資金繰りの帳尻を合わせようとも思っていない。 現実の問題として売上が落ちているんだ。 その現状の中で、 景気がよかった頃の在庫量を今も維持していることが妥当なのかどうかということなんだ。」
犬田は、 猿山に対して言葉が足りなかったことを反省していた。
「分かりました。 不良在庫のことや、 在庫数のことなど現場と打ち合わせます。 しかしはっきりしているのは、 売り逃しが出るような在庫管理は絶対できませんから。」
猿山は犬田の苦労がよく分かっていた。 しかし何があっても店の質は落としていけない、 必ずお客は質の落ちた書店から犬猫堂に帰ってくる、 みんなが苦しい時頑張れば、 その結果が帰ってくると、 猿山は信じていた。