寅が、 山田ヒナが好きだと言っていたホラー映画に誘ったのは、 一カ月ほど前のことだった。 同じ日に休みが取れない二人は、 寅が仮病を使うことでそれを実現させたのだった。 いっしょに映画を見て、 食事をして、 お決まりのデートをした彼女の心の中で、寅が大きな存在になったのは、 寅が自分の夢を彼女に聞かせたからだった。
「俺、 猿山さんみたいな書店人になりたいんだ。 猿山さんみたいに力を付けて、 いずれは書店を開くんだ。」
という寅の言葉に、 彼女は魅かれたのだった。
それ以来、 寅の仕事ぶりが気になり、 そして夢を持って働いている寅の姿が頼もしく見えるようになったのだった。 ヒナは雑誌の返品伝票を切っている寅のところに雑誌の山を持って行った時、こう言った。
「ねえ、 いつかこんな風に、 二人で働けたら楽しいだろうね。 私がレジで、 寅くんが裏で返品伝票切っててね。」
寅はうつろな目をしてそう言っている山田ヒナを見て言った。
「ヒナちゃん、 何言ってるんだよ。 俺は今忙しいんだよ。 訳の分からないこと言ってないで、 その返品をそこに置いてよ。 ここにある雑誌の山を今日中に片付けなきゃならないんだから。」
林が、 二人の仲に気付いたのはそれからしばらく後のことだった。 山田が、 じっと寅のことを見ているのをしばしば見かけるようになったことと、 昼休みに二人で仕出し弁当を食べている光景が、ほほえましく見えたことなどからだ。
「ヒナちゃん、 寅に惚れたね。」
そう冷やかされたヒナは、 真っ赤になって黙ってうつむいていた。