「ねえ、 寅くん。 実用書の棚なんだけど、 最近大判の本が増えちゃって、 ちょっと棚の高さを変えたいんだけど、 手伝ってくれるかな。」
と丘は、 雑誌を整理していた寅に声をかけた。
「ああ、 いいですよ。」
と寅はその手を止めて丘に言った。
まず、 本を全部棚から抜き出す作業から始めたのだが、 棚から出された本の量は、 棚に入っていたときの倍以上のヴォリュームがあった。
「本って、棚に結構入るもんなんですね。」
と寅は驚きの声をあげた。 それから、 本の大きさに合わせて棚の高さを調節した。 丘の計算ではB6判3段が、B5判2段分に相当するはずだった。 しかしいざ棚板をセットしてみると、 B5判の本の上にかなりの隙間が出来てしまっただった。
「そうよね、 棚板が一枚少なくなった分と本の上の隙間がひとつ分余裕が出ちゃうんだったね。 これじゃあ、 棚の中で本が泳いでいるみたいで、 恰好悪いよね。」
と、 丘は、 計算違いに溜め息をついた。
「いいじゃないですか。 これくらい。 そんなにみっともない、って感じはしないですよ。」
寅は、 棚の前で悩んでいる丘を慰めたが、几帳面な丘にそんな言葉が届くはずがなかった。
「書架って、B6やA5ってサイズを基準に設計されてるでしょ。 だからここにB5とかA4ってサイズの棚を途中にはめ込むっていうのは、 ちょっと無理があるのよ。 全部を同じサイズに揃えるのならきっとうまくいくはずなんだけど、 一部分だけってのはダメなんだ。
でも、 棚をちょっと変えたい、 というのは全部じゃなくて一部のことが多いんだよね。 だから結局この可動式の書架は、 開店するときには随分重宝したけど、 いざ本をセッティングしちゃうと、 ほとんど意味がなくなるってことなんだね。」
寅は、 放り出して来た雑誌のことが気になり始めていた。
「で、 丘さん。 どうするんですか。」
と寅は恐る恐る丘に聞いた。
「ああ、 悪いけど、 元に戻してよ。 これじゃどうしようもないから。 もう一度じっくり考えてみるわ。」
そう言って、 寅に棚板のセッティングを元に戻すよう指示した。
「えー、 これまた元に戻すんですか。 いいじゃないですかこれで。 丘さんの言っているように、 これでB5判の本がバッチリ展示できてるじゃないですか。」
寅はそう言いいながら丘の顔を見たのだが、 とても言うことを聞くような目をしていなかったし、 一度決めたことを曲げるような丘ではないことを寅は知っていた。
寅と丘は、 床に積み上げた本を元どおりに戻す作業を溜め息をつきながら始めた。