その77

《番線印》

「おいおい、 誰だよ。 こんなに注文を出したのは。」
犬田は、 寅と検品をしながら、 大声で言った。
 それは、 取次店から届いた荷物の中に、 注文一覧表によって注文した大量の商品があったからだった。 犬猫堂では、 それぞれの担当者がそれぞれの責任において仕入れすることになっている。 例えば、 学生出版社の藤川が注文を取りに来た場合、 林が売れると判断したら、林が番線印を押して発注するし、 丘がそう思えば、丘が番線印を押すのだ。
「サイドプレスの本って蟹江の担当だろう。 あいつか、こんなに注文したのは。 これって、 出版社が来て棚をチェックした欠本調査の分だろう。 こんなに欠本があったんだろうか。 でも変だよ。もう売れ行きの止まった本まで入ってるからね。
 ちょっと蟹江くんを呼んでくれないかな。」
と犬田は寅に頼んだ。
寅は売り場に出て行き、蟹江に声をかけた。
「蟹江さん、 店長が呼んでますよ。 サイドプレスの欠本調査の注文品が入荷したのですけど、 ちょっと量が多すぎるんじゃないかって。」
そう寅に言われて蟹江は首を傾げた。
「サイドプレスねえ。 いつの発注だったかな。 ちょっと記憶にないんだけど。 おかしいなあ。」
それをそばで聞いていた山田ヒナが言った。
「サイドプレス、 ああ、 ごめんなさい。 1週間ほど前に、 出版社の営業の方がみえて、 棚をチェックしたらこれだけ本がなかった、 と一覧表を見せてくれたんです。 その日は蟹江さん休みだったから、 私が番線印を押したんです。 すっかり報告するのを忘れてて。 ごめなさい。 ほらいつもサイドプレスさんが来てる時、 蟹江さん注文を出してるから、 それでいいと思ったんですけど、 何か悪いことでもしたんでしょうか。」
蟹江は、寅と顔を見合わせてから言った。
「ああ、 ヒナちゃんだったの。 僕もよくわからないから、 とりあえず何が入荷したのか見に行こうよ。 話はそれからだ。」
と言うと、 彼女の手を引っ張って事務所の方へ歩き出した。
確かに、 サイドプレスから商品が届いておりそれは、 ダンボールケース1箱分の荷物だった。
「ああ、 蟹江くん。 これは君が注文したものかな。 いつもよりかなり多いんだけど、 こんなに欠本があったのか。」
そう言って箱を指さした。
「それは、 ヒナちゃんが僕の代わりに番線印を押してくれたものなんですけど、 どうやら何もチェックしないまま、 サイドプレスの営業マンが欠本調査した用紙に番線を押したようなんです。」
と蟹江が店長に説明をすると、 少し怪訝な顔で、 彼女は言った。
「えっ、 欠本があっても注文しちゃいけないんですか。 蟹江さんは、 いつもサイドプレスの人に注文を出してるじゃないですか。 私、 それと同じことをしただけなのに。 蟹江さんがよくて私が悪いなんて。」
「違うんだよ、 ヒナちゃん。 出版社の営業マンは、ただ単純に棚になければ、 欠本だと思うんだよ。当たり前だよね。 そしてそれを一覧表に書き写すんだ。 だけど棚にないからといって、 それが注文をしてもいい商品だとは限らないでしょ。 補充中のものもあれば、 売れ行きが止まって補充を止めたものもあるんだから。 言葉は悪いけど、 出版社の営業マンって、 やっぱり自社の売上を上げたいから、 たくさん注文が欲しいんだよ。 だから何んでもかんでも「欠本だから補充しましょう」、 って注文を取るんだ。そういうことだから、何も考えないで、 欠本だからと言って注文を出すと、 補充短冊で入って来た商品とダブったり、 不要な商品までが入荷しちゃうことになるんだ。
 こういう場合は、 何が補充中で、 何が不要な商品かをチェックして、 そういうのを削除したうえで、 本当に欠本になっているもの、 さらに現在の在庫では不十分なものを注文するんだよ。 僕達は、 忙しくてなかなか欠本の調査が出来ないから、 出版社側で欠本調査をして貰うことは、とても有り難いことなんだけど、 出版社側の思惑っていうものがあることも理解しておかないと、 こういうことになるんだよ。」
山田は、 蟹江の説明を黙って聞いていた。 そして自分の不注意で入荷した要らなくなった本をどうするのかが気になっていた。
「すいませんでした。 次ぎから気をつけます。 責任者がいない時は、 それを預かるようにしますから。
 で、 その箱に入ってる要らない本どうするんですか。 やっぱり返品なんでしょうか。」
その問いに、事務所にいた全員は沈黙した。

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