その79

《まだ売れたのに》

 正月の休みが明けて出勤してきた丘は、 早々に猿山に呼ばれた。
「丘さん、 ちょっと甘かったんじゃないのかな。 店の棚を見てみれば分かると思うんだけど。」
そう言われて、 丘はそれが何を指しているのかすぐに分からなかった。
「どういう事でしょうか。」
と言って少し考え時、 猿山が何を言おうとしたのかに気付いた。
「まさか、 本が足りなかったということですか。」
「そのとおりだよ。 今年の正月はよく売れてね。 棚はガタガタだよ。 うれしいことだけど、 在庫さえあればもっと売れたんだ。 もう少し強気で年末に仕入れをしておくべきだったね。」
そう言われて丘は、 少し反省した。 というのも、 在庫について近ごろ猿山がとても気を使っていたので、 年末の商品確保について消極的になっていたからだった。 残るより足りないくらいでちょうどいい、 と丘は思っていた。 それが結局売り逃しにつながったことが、 丘は悔しかった。 売れてもすぐに補充できない年末年始、 お盆、 そしてゴールデンウィークの商品仕入は、 通常期とは別の考え方をするべきだということを、 最近の売上不振ですっかり忘れてしまっていたのだった。
「わかっていたんですが、 このところの売上不振でどうしても消極的になってしまって。
 10冊のところを7冊にしたり、 在庫が必要なものを棚にある商品だけですましてしまったりしてましたから。 申し訳ありません。」
丘はそう言うと売り場に出て行った。

 棚の前で丘は唖然とした。 棚の本の多くが寝てしまっているのだ。 なんとか恰好をつけるためにストックを出したり、 本をフルカバーにしたりしたのだが、 所詮間に合わせにしか見えなかったし、 もともと本がないのだからそうしたところで買って貰えるはずもなかった。丘は棚の前で溜め息をついた。
「流通が動き始めるのは明日からだし、 補充品が入ってくるのは早くて1週間後。 明日入荷するのは12月の20日頃に売れた本だし、 この棚が回復するのはきっと1月15日くらいになっちゃうんだろうな。 それまでの間に店に来たお客さんは、この棚を見てきっとガッカリするんだろうな。 ひどいね。 この棚。」

 長期にわたって流通が止まった時の棚の回復は思ったよりも時間がかかる。 日ごろ何気なく補充しているものでも、以外と時間がかかったりする。 ちょっと売り切らしていまして、 という言い訳が通用するほど最近の客は甘くない。 すぐに他の書店に行ってしまうし、 欲しい時手に入らないとすぐに購入意欲を失ってしまう。 だから棚はいつも一定の品質を保たなければならないのだ。

 丘は、もう一度溜め息をついた。
「お正月にいくら売れても、 これじゃ、 しばらくはまた売上が下がっちゃうな。」
むなしいと思いつつも丘は、 あるだけの在庫をせっせと棚に並べ始めた。

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