その80

《まぬけ》

 年末年始の一時期を過ぎると、書店の風景は一変する。
「あれ、いつ返品するんですか。」
寅が蟹江に聞いた。
「あれねえ、 まだたくさん残ってるんだよ。 もうしばらく売らないとさばけないから、 さらに1週間くらい店に出しておこうと思うんだけど。」
蟹江はそう答えて、 店の一角に設けたカレンダー売り場に目を向けた。
「でももう正月は終わったし、 カレンダーなんてみんな買っちゃってますよ。 いつまでも店に出してたら、 それこそ《売れ残り》って感じでみっともないと思うんですけどねえ。」
そう寅に指摘されて、 蟹江は少し気分を害した。
「そんなことは言われなくてもわかってるよ。 でも買い切りの商品もあるんだよ。 売れるだけ売らないと損するだろう。 確かに、 季節商品をいつまでも販売しているのは、 みっともないけど、 しょうがないじゃないか。 買い切りなんだから。」
寅は 、少し言い過ぎたことを感じ、そっと蟹江のそばを離れた。

 書店で客さんが季節感を一番感じるのは、 きっと年末年始の風景だと蟹江は思う。 おせち料理特集の雑誌や家計簿付の婦人誌の宣伝用ポスター、 そしてカレンダーや手帳、 そういう季節を感じさせる商品が並んでいて、 それを見たお客が 「ああ、 一年ももう終わりなのか。」 と思う、 その季節感が年末の書店にはある。 この季節感タップリの風景は、タイミングがはずれると、 まぬけな風景に一変する。

 蟹江は、 カレンダー売り場を眺めながら、 ここにこの商品を置いておけるのも、 今週だけだなと思った。 寅が言うように確かにカレンダーを買おうと思う時期じゃなくなっているのだ。 売れ残りを売ろうとする未練が、カレンダー売り場に漂い始めている、と蟹江は素直に感じていた。
「こういうのって結構イメージ悪いんだよなあ。 なんかセコイ感じがして。 それに、 見本のカレンダーもボロボロになってるし。 それでも1本でも多く売りたい、 売らなきゃならないと考えると、 いつまでも店に出しておいてしまうんだよなあ。 店長と相談して撤去する日を決めないと。」
蟹江は、 そう決心すると売れ残りの数を調べるために、 ノートをもって倉庫へ向かった。

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