その81

《見えてます》

「厭よね、 ほら、 あそこにいるお客さん、 私のことずっと見てるのよ。」
と山田が林に声をかけた。
「だれ、 そんなことをしているの。」
と林が振り返ると 、棚の向こうに男が立っているのが見えた。 普通のサラリーマンであり、林には特別怪しい人物には見えなかった。
「この間からずっとなの。 私が棚の整理をしていると、 それをじっと見てるのよ。 なんかイヤな感じ。」
そう言うと林は棚の方へ戻って行った。
林は、 その男がどんな行動をするのかしばらく見ていた。 そして林のところへ駆け寄り耳打ちした。
「ヒナちゃん、 ヒナちゃん、 あんたヤバイよ。 見えてるよ。」
そう言われた山田はそれがいったいなんのことなのか分からなかった。
「ほら、 ヒナちゃんのスカート、 短いから、 棚下のストックから本を出すとき、 見えるんだよ。」
「え、 そうなんですか。」
と言って山田はその姿勢を直した。
「あいつ、 スケベおやじだったんだ。 ちょっとヒナちゃん、 棚の一番上に本を補充してみてよ。」
言われた山田は、 本を持って棚の上に手を伸ばした。 背の低い山田は、 棚の上に本を補充する時、 つま先立たなければ届かない。 山田は精一杯背伸びして。 本を棚に差した。
「ああ、 ダメダメ。 それもヤバイよ。」
林は山田の動作を制した。
「見えてます?」
と山田は笑いながら言った。
「見えてないけど、 けっこうきわどいポーズだよね、 それって。」
と山田をじっと見ながら林は言った。
「そういうことだったのね。 あいつ、 覗き見してたんだ。 スケベな奴だよね。 失礼しちゃうわよ。」
「気をつけなきゃ。 ヒナちゃんは若いし、 その恰好は似合ってるけど、 書店の仕事って事務みたいに一日中座ってるわけじゃないからね。 どちらかというと動きの多い仕事なんだよ。 接客と肉体労働と事務が全部あるような仕事だから。 好感の持てる服装っていうのは大切だけど、 ヒナちゃんの場合、 ちょっとサービス過剰だったてことかもね。」
と林笑いながら言った。
「でもさあ、 店長や猿山さんは、 私のこの服装について何も注意しなかったよ。 だったら特に問題はないってことじゃないの。」
そしてふたりは目を合わせ、 声を揃えて言った。
「もしかして、 あのふたり、 分かってたくせに黙ってたんだ。」
そう言うと、 店中に響きわたるような大声で笑った。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ