全国に次々と開店するメガストアーは、 読者に大変な恩恵をもたらしている。 手に入りにくい本が、そこにはある。 欲しい本が必要な時に手に入る環境は、数年前には、ほんの一部の地域の人たちだけが手にしていたものだった。 ところが最近では、地方都市でもそうした環境が整いつつある。 首都圏に限って言えば、 恐らく必要とされる本の数以上に、書店の棚には本が溢れ、 平台にはうず高く積み上げられているというような状況だ。
藤川は、 最近開店したばかりで、その地域に、これほど大きな書店は必要なのかと思われる1000坪を越えるフロアー面積を持つ書店の棚の前に立っていた。そして本を売るということがこれほど大掛かりで、膨大なエネルギーを必要とするのかということを考えていると、なんだか空しい気持ちになってしまっていた。
そこには、 何でもあった。 ベストセラーで、 犬猫堂では血眼になって仕入れをしている商品もあったし、 蟹江が、 あそこの出版社はどんなに頼んでも返品条件付で出荷してくないから仕入れられないのだ、 と言っていた出版社の本だってあった。
「こんなに本があるのに、 お客さんがいない。 本は買ってください、 と大声を張り上げているのに、 それを聞いてくれるお客さんがいない。 学生出版社の本もこんなに置いてもらっているんだけど、 この店にうちの本を必要としている人が来てくれるんだろうか。」
エスカレーターに運ばれながら、 藤川は独り言を言っていた。
先ほど聞いたその店の店員の話はこんな風だった。
「開店するまで大変だったんです。 ほら、 こんなに大きな店でしょう。 商品の量だって大変なもんです。 商品が足りなくて、 取次店に随分と無理を言って揃えてもらったんですよ。 一時はどうなるかと思っちゃってね。 でもなんとか開店できてホッとしてます。 後は、 お客さんに棚を見てもらって、 たくさんの人が来てくれるような店になればいいんですけどね。」
藤川は、 この話を聞いて、大きな書店をオープンさせて、圧倒的な品揃えでお客さんを呼び込むのだ、という書店の意欲を感じた。しかし一体どうやって この書店を開店させるための商品が集められたのか、ということに疑問を感じていた。
「すごい量の本だけど 、本当にこれだけ集めるのは大変だったでしょうね。」
と藤川が言うと、
「だから、 さっきも言ったように、 取次店にいろいろとお世話になったんですよ。」
いろいろって何、と藤川は聞きたかったが、 それは店の事情であり出版社の人間がそこまで立ち入った質問は出来ないと思った。 しかし藤川には分かっていた。 犬猫堂ではいろいろしてもらえない何かをしてもらったことだ。
棚の前にまばらにいるお客さんを見ながら、藤川は思った。 ここにある本は、本当に売るために運び込まれた商品なんだろうかと。 売るために必死で商品を揃えようとしている犬猫堂の丘や蟹江、 そして猿山の顔が浮かんだ。 彼らがこの書店を見たらどう思うのだろう。 きっと溜め息をつくに違いない。 その溜め息は、 羨ましさによるものではないだろう。 その溜め息はくやしさを含んだものだろうと、 藤川は思った。
店を出るとき藤川はその店員に言った。
「せっかくこれほどの書店を開店させたんですから、 地域の人に喜ばれる書店になってください。 競合店をどんどん追い越して行くような素晴らしい店になってください。 期待してますよ。」
藤川は、メガストアーによるこんなパワーゲームがいったいいつまで続くのだろう、と考えていた。 そしてこのパワーゲームに付いて行けるほど藤川の勤める学生出版社はタフじゃないと思った。