「あの人」とは、昭和40年代後半から50年代前半にかけて棚づくりの神話ともいうべき仕事を成し遂げた人物である。彼は定年後、彼の著作を通してその仕事を淡々と綴った。その本はバイブルと言うにふさわしいが、時間を経た今では、その本の存在を知らない書店人は多い。
彼は、本のページを繰りながら、その本に挟み込まれた1枚の紙を取り出した。それは出版社が本に投げ込んだ新刊案内だった。彼は、本を脇に挟むと、老眼鏡越しに目を細めそれを読み始めた。恐らく興味を引いた出版物を出している出版社が、その本以外にどんな本を出しているのかが知りたかったに違いない。なぜなら、出版社には固有の特徴があり、興味を引いた出版物の類似書を出している可能性が高いし、出版物の傾向からその本を読む読者層を把握できるのである。これは、本という商品を売るということについて意識のある書店人なら、誰でもそうする基本的な行為だ。彼はきっとその1冊の本をどう売ろうかと思案しているに違いない、藤川はそう思った。
ある書店で本を売るということを全うし定年退職。その後いろんな書店で、やはり店頭で本を見つめ、本を売り続けていると藤川は聞いていた。もう既に70才を越えようとしている彼は、いまでもまだ本と読者の出会いに汗を流している。藤川は、棚の前で1冊の本を売ることに考えを巡らせている彼の姿を羨ましく思った。仕事は面白くなくてはいけない、面白くしごとをしてそして本がたくさん売れればもっと楽しい。本を見詰める彼の背中がそう言っているように思えた。そう考えると、藤川は、最近書店でこんな風に棚の前で思案している書店人の姿を見ることが少なくなったことが、今の書店の在り方を象徴しているのかもしれないと思った。
藤川は、挨拶をしようかと思ったが、棚の前で思案に耽る彼に、声をかけることはとうとう出来なかった。本を棚に戻し、また別の本を手に取ろうとしている彼を見て、藤川はその場を離れた。
藤川はこんなことがあってから、彼の著作を読み返してみた。そしてその中に、彼が今から20年も前に書いたこんな文章を見つけた。
書店の仕事は対人である、と前置きして、
《マニュアル化もシステム化もそれぞれ大切であるが、システム化をどこまで進めるかということと同時に、システム化をどこで止どめるかということの難しさ、売り場を預かる管理者は、絶えずこのことにとっくんでいかなければならない。》
藤川は、この文章を読み返し、本という商品の向こう側に、常に読者を意識し続けて仕事をしている彼の姿勢を強く感じた。棚があり、本があり、客が来て、本を買う、そんな単純な仕掛けでは決して本という商品は売れないのだ、ということを彼は実感している。そして多くの書店人や業界の人達にそのことを知って欲しくて彼はそう書いた。20年も前にだ。昨今のような本の販売のシステム化が進めば進むほど、彼の言葉の意味は重い。
藤川は「あの人」に聞いてみたいと思う。
「今の書店の仕事は楽しいのか」と。