「小銭入れ」






初等科に通う頃、M君なる少年が編入してきた。
愛嬌ある利発な少年であったので、
すぐに級友にも打ち解け、人気者となった。
親しくなったのは中等學校へ上がってからのことだったか。

思えばませた少年であった。
兄君や姉君が居たせいか、音楽や活動写真に詳しく
手に入りにくい洋雑誌なぞを内証で持ってきては
「甲という女優は眉が好い、」
「乙は脚の形がいけない、」
などと得意気に語っていた。
一度、活動に誘われて外で遭ったことがある。
M君は暑い日にも関わらず
襟シャツに大人のするようなアスコットを巻き、
學校指定ではない上等な革靴を履き分けていた。
ポケツから取り出した小銭入れも洒落ていて
「それ好いね、」
と私が云ったら
「遣るよ」
といきなり小銭を抜いて突き出してきたので、
どうにも慌てたのを覚えている。

その後M君は私より一年早く中等學校を切り上げ、
遠く旧制丙高の理甲へと進んだ。
「此れからは科学の時代だ、」
というのがM君の口癖であった。
身仕舞い正しかったM君も、
ストームでは欣然と寮歌を唄ったのだろうか。

小銭入れは結局あの時に貰わされてしまった。
今も何となく取ってある。





 


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