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エッセイ集
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ウ グ イ ス の 気 持 ち
吉 田 大 治

 声のいい人をたとえて、昔から鶯がよく引き合いに出される。いわゆる「−−嬢」「−−芸者」などで、すべて女性にあてはまる。なるほど鶯の啼き声から、男の声は想像されない。野球をはじめ色々な競技場におけるアナウンスは女声と決まっている。女性の声は、どうも人の心をなごませたり、落ち着かせたりする効果があるようだ。
 しかし世間からうるさがられるウグイスもある。選挙のときのウグイス嬢たちである。今年四月に統一地方選挙が行われた折にも、街じゅうを何台もの選挙カーが駆けまわり、ウグイス嬢らが声を枯らして、候補者の名前を連呼する。こんな喧噪に悩まされた人々も多かったろうと思う。
 私もアナウンスの仕事をしている関係で、選挙が行なわれるごとにお呼びがかかり、ウグイス男(?)をやるので偉そうなことは言えないが、実際そばで聞く選挙カーの声はかなりうるさい。通行人が耳を塞ぐ気持ちもよくわかる。そして投票日が近づくほどに金切り声は耳を劈く。
 大半のウグイス嬢たちがそうであるように、私も政治に特に関心があったり、特定の政党や政治家を支持しているわけではない。ただ生業として選挙運動に参加している、いわばしがない仕事人である。
 しかし、私の頭が少し単純なせいかも知れないが、選挙陣営に関わっていると、しだいにその候補者が好きになって、「この人に絶対に勝たせたい」と思えてくる。また他の候補者か極悪非道な人物のように思えてくるから不思議である。
 選挙には莫大な金を要し、候補者は過酷な日程を耐え抜かなければならない。そのため今回の選挙では落命した人もいる。勝つためには平気で土下座などもやってのける。
 また一票でも多く獲得するためには知名度を上げなければならない。だからウグイスたちは気が狂ったように候補者の名前を連呼する。切迫感や悲壮感を出すために、べつに悲しくもないのに泣きを入れる。
 まことに馬鹿々々しく滑稽なる戦場の様相である。車で宣伝しただけで当選できるほど選挙が甘いものだとは誰も思っていないだろうが、少しでも良い声でウグイスたちに啼かせるため、喉飴や飲料水を常に用意し豪華な食事を与え、たえず「良い声だ」と誉めちぎるなど、選挙陣営は涙ぐましい努力をしている。
 長かった選挙戦も終わり、ウグイスたちも今は普通のお嬢さんにもどってしまった。

(1991年秋「てまり文庫」第4号に掲載)


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