Daiji Yoshida Official Website
エッセイ集
main contents
appendix
external website
六 曜 活 用 術
吉 田 大 治

 日月火水…という七曜なら、普段からそれに基づいて暮らしているか ら当たり前であるが、六曜と聞いてピンとくる人が一体どれだけいるの だろうか。しかし大安とか仏滅とか聞くとこれは誰でも知っている。明 治五年以降太陽暦であるグレゴリオ暦を採用するわが国の暦法であるが、 今日なおカレンダーを見ると日付の下に小さな文字で六曜が記されてい るものが多い。筆者はこれまで冠婚葬祭に関わる仕事に多くが関わった が、その場合この六曜に振り回されるのである。だから我々の使用する スケジュール帳は七曜のみならず必ず六曜の記されたものでなければな らず、その点で日本文芸家クラブが発行する会員手帳はまことにグッド なのである。
 周知のごとく結婚式などの祝い事は大安か友引の土曜日と日曜日に集 中し、それらの日から溢れた分が仏滅以外の日に散らばる。いっぽう葬 式のほうは友引以外の日に行なわれるが、これは友を引くからと言うの で忌み嫌われるのである。だから坊さんが結婚するときは、急に葬式が 入って邪魔されることのない友引の日に挙式するのが通例となっている。
 誰も本気で信じていないはずであるが結構遵守されていて、その習慣 は相当根が深い。そうでなくとも仏滅の日に結婚式を挙げてすぐに離婚 したり、友引の日に葬式を出してすぐに他の誰かが死んだりした場合、 必ず「それ見たことか」と罵る人が現れるから、それを避けたいのが本 当の原因かも知れない。
 ただしキリスト教徒などは例外である。六曜などは東洋のものであっ て相容れないのか、あるいは仏滅という言葉から仏教思想であるかのよ うな誤解を受けているからかも知れない。仏滅というのは文字通り「仏 の入滅」すなわち仏陀釈尊の死亡した日という意味にとられがちである が、実は仏教とは微塵も関係がなく、もとは「物滅」と言ったものの変 化らしい。ついでに言うと友引というのは勝負なしというほどの意味で、 友達を引っ張るような意味ではない。
 ともあれキリスト教徒は友引に葬式をするし、それ以外でも六曜を全 く気にしない人もいるわけで、一般に火葬場は友引が休みと信じられて いるが必ずしもそうではない。例えば京都市中央斎場では月に四〜五回 ある友引のうち二回休むだけである。しかも以前はお隣の宇治斎場と交 代で休んでいた。ただしこれはキリスト教徒のためだけにやっているの ではなくて、通常友引の翌日には火葬が殺到してさばききれないので、 それを避けるために友引の日にも出来るだけこなしておこうということ であろう。
 反対に結婚式のほうであるが、もちろんホテルなどは年中無休なので 仏滅の日でも挙げることができる。仏滅のホテルは婚礼がほとんど無く、 時に利用客集めのブライダルフェアをこの日に当てるくらいである。だ から仏滅に婚礼をすると、会場も空いていて広く使え、時間もゆっくり とやらせてくれるし、従業員の態度やサービスも格段に良い。何より嬉 しいことに料金が安い!
 だからキリスト教徒をはじめ六曜を気にしない人は大分得をするわけ で利口である。しかし大部分の人々にとっては、本気で信じてはいない までもやはり気になる存在に違いなく、出来れば気にせずに済めばよい のにと思ったことがきっと幾度かあるに違いない。そこでその六曜につ いて少し見てみよう。
 六曜とは六曜星ともいうが、天体の星とは何ら関係が無く、暦注とい って昔から暦本に記載されている多くの事項の中の一項目に過ぎない。 読み方も多様なので列挙すると、
  先勝(せんしょう、せんかち)
  友引(ともびき)
  先負(せんぷ、せんぶ、せんまけ)
  仏滅(ぶつめつ)
  大安(たいあん)
  赤口(しゃっこう、しゃっく)
の六つであり、概ねこの順番で日が巡り、今日でも盛んにその吉凶が唱 えられているのである。その起源は中国にあり、卜の一種である六壬と 言う占いが日本に来て変化したものとされている。すなわち時刻や方位 の吉凶を求めて事象をみる占術が本来であるのに対し、今日わが国では 日柄の善し悪しを判断する基準として使われていることは変質も甚だし いと言わざるを得ない。また日本に伝わったのは十四世紀頃と言われ、 当初は大安、留連、速喜、赤口、将吉、空亡の順となっていて、今日の ようになったのは江戸時代の終わり頃とされ、名称ばかりか順番までも が変わってしまっている。したがって今日東洋の運勢学を生業としてい る人たちの間でも六曜をもとに吉凶を論ずる人はいないのである。
 また先に暦注の一つと述べたが、暦注と言えばほかに中段には十二直、 下段には二十八宿、九星、雑注などをはじめ数えたらきりがないほどの 暦注が記されている。もともとこれら全てが社会に大きな影響を与えて いたわけであるが、明治政府は改暦を行なってその旧弊を取り除こうと し、現実にその大部分は忘れ去られてしまっているのであるが、なのに なぜ六曜のみが今日なお残って影響を与え続けているのであろうか。お そらく数が六つしかなくて簡単なのと、各曜の名称が一目見ただけで直 感的で分かりやすく、それゆえに人々の心からいつまでも離れず無視し がたい。これがその理由だと思うのである。
 次に暦学の立場から六曜を見ることにする。カレンダーを見て戴くと わかるが、先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の順番でだいたい巡っ ている。ところが所々で星がとんでいたり、同じ星が続いていたり、お かしな並び方をしている箇所が見つかるはずである。太陽暦からこれを 眺めていると誠に奇怪である。その理由は六曜の配置が旧暦に基づいて いて、各月に固有の六曜から始めることになっているからである。つま り通常は六曜の順に巡っているのであるが、旧暦の月が変わったら、そ の朔日を各月固有の六曜に合わせるのである。ちなみにその月固有の六 曜を示せば、
  正月と 七月の朔日は先勝
  二月と 八月の朔日は友引
  三月と 九月の朔日は先負
  四月と 十月の朔日は仏滅
  五月と十一月の朔日は大安
  六月と十二月の朔日は赤口
 ただし閏月のそれは直前月と同じ
ということである。ところがここで問題としたいのは、旧暦の朔日のと り方と閏月の配置法の二点である。このどちらかが変わっても、六曜の 配置が変わってしまうからである。
 まず旧暦の朔日のとり方であるが、旧暦というのは月の満ち欠けに基 づいた暦法で、月を観測して月と太陽の黄経が等しくなった瞬間、これ を朔と言うが、その瞬間が含まれる日を朔日とする。つまり朔日は月が 欠けきって再び新月となって満ち始める日と言うことができる。そこで 朔をむかえる瞬間というのは問題ないが、一日の変わり目を示す平均太 陽時の二四時は観測地の東経によって変わってくることに注意しなけれ ばならない。明治の改暦まで用いられてきた天保暦はそれまで都のおか れた京都の太陽時によって日を決めていた。いっぽう現在の旧暦では明 石市を通る東経一三五度での平均太陽時を用いている。その時間差はわ ずか三分ほどのことであるが、もし夜中の二三時五七分に朔がおきたな らば暦法の違いによって旧暦の日付が一日ずれることが生じうる。日本 と中国においては時差が一時間もあるため、両国間の旧暦においては現 在でも日付のずれが時々起こっている。本来ならばそれぞれの住んでい る所で天体を調べて旧暦や六曜を求めるのが占い師の採るべき正しい方 法であるが、もしそうなると大阪の人は大安で東京の人は仏滅といった ようなヘンな事態が起こりかねない。
 つづいて閏月の配置について述べるが、閏月と言っても現在ではあま り聞き慣れない言葉となってしまった。旧暦の十二ケ月を一年とすると 太陽暦の一年より十一日弱短い。したがってしだいに太陽暦の季節との ずれが生じてくるのであるが、それを修正するために挿入されるのが閏 月である。これはメトン周期と呼ばれる割合で十九年に七回の閏月を挿 入する。そこでその挿入のタイミングであるが、これは採用する暦法に よって若干異なるものの、およそ二十四節気を基準としてその中気の含 まれない月を閏月とするとされている。二十四節気というと立春、雨水、 啓蟄など、暦を見ると毎月二回記されているものであるが、そのうち毎 月二十日前後にあるのが中気であり、その中気のくる周期は旧暦の一ヶ 月より少し長いので、中気の含まれない月というのが生じてくるのであ る。しかしその二十四節気のとり方にも問題があって、一年の日数を二 十四で割って配列する方法と、天球の黄道を二十四等分して、そこを太 陽が通過する時をとる方法とがある。この両者にはずれがあって、その どちらかを採用するかによって当然閏月も変わってくるし、六曜の配列 もその根拠が曖昧なものとなってくる。
 頭の痛くなりそうな理屈をならべてきたが、これでわかるように六曜 というものは、歴史的に眺めても変質してしまっていて信憑性に乏しく、 運勢学上も暦学上も何ら根拠が認められない。にも拘わらずたくさんあ った暦注のほとんどが忘れ去られている今日にあって、どういう訳か六 曜のみが残骸をとどめていて、われわれを悩ませているのである。
 だからこれを読まれた方は、安心して六曜を無視して戴き、仏滅に結 婚式を挙げて、友引に葬式を出して、良質のサービスを安い料金で是非 ゲットして戴きたいと思うのである。ただし世の中にはこれを気にする 人も多いということをお忘れなく。

(1998年「ぎんなん」第3号に掲載)


Copyright (C) 1997-2012 Daiji Yoshida, All Rights Reserved.