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エッセイ集
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新 世 紀 に 願 い を
吉 田 大 治

 世紀末的な予言であれほど騒がれたのにも拘わらず幸い世界が破滅するような大異変は起こらず、何とか二〇〇一年、二十一世紀を迎えることができた。しかしこれで安心してよいとは思えないが、まずはめでたし、一応よかったと思わなければならない。
 この新世紀を迎えるにあたっては世界各国でそして日本の各地で記念行事が行われた。私の住む京都でも自治体挙げての取り組みで、大晦日の夜には市役所前でのイベントや、五山の送り火、鞍馬の火祭り、広河原の松上げ、比叡山の不滅の法燈など、京都人も驚くようなたくさんの催しが行われた。送り火に焚かれる護摩木や祈願札は何ヶ月も前から市内各所で受付され、また年末には他府県からも多くの人々が京都を訪れ、明るい二十一世紀をともに祈ったのである。
 しかしこれにはちょっと首を傾げたくなるところもある。みんなが祝っているこの西暦二〇〇一年という年は、イエス・キリストの生誕より起算した年ではなかったのか。いっぽう京都で行われた祝賀行事は日本の神々のお祭りであったり仏教の伝統とかではなかったのか。言うならばキリスト生誕二〇〇一年を、日本の神道や仏教がこぞってお祝いしているという世にも珍しい構図なのである。
 こう言ったからといって私は何も西暦に反対しているわけではない。世界的に多くの国や地域で通用する暦年であるし、やはり便利である。また私は聖書も読むし子供といっしよにクリスマスも祝うし、キリスト教的なものに対していささかの抵抗も感じない。西暦もしかりで便利なものはどんどん使うべきだと思う。ちなみに余談であるが今日の研究では実際のキリストの生誕は紀元前四年ごろとするのが定説になっている。
 したがって西暦二〇〇一年を日本人が祝賀すること自体は少しもおかしいこととは思わない。しかしそれに神社や寺院での行事が加わってなされるとなると、これはどう考えても奇妙に感じられるのである。たとえばこれがイスラーム諸国の場合だったらどうであろう。イスラーム教徒がこぞって新世紀を祝うような場面は見られなかったことであろう。もっともイスラームにはイスラーム暦というものがあって、それに基づくカレンダーも印刷され一般に使用されている。かたや仏教においても仏暦というものが存在するのであるが、残念ながらわが国ではほとんど用いられることはない。おそらく僧侶を含めた日本の仏教徒の多くは今年が仏暦何年にあたるのかまったく関知していないというのが現実であろう。にも拘わらずキリスト教由来の西暦は祝うべき対象となるのである。
 このように少し考えればかなりおかしい事態なのであるが、しかしながら実際にこれを奇妙と感じた人々がいったい何人いたことだろう。たぶん何の抵抗や違和感もなく執り行われたというのが本当のところであろう。
 この現象はとりもなおさず日本人の平均的な宗教意識を如実にあらわしているものである。日本人は決して宗教心が低いわけではないが、概して特定の宗教に所属しているとか信仰しているという意識が薄いと言われている。だから宗教がごちゃ混ぜになってもまったく平気なのである。
 かくいう私ももちろん平気である。と言うよりも日本人のもつ宗教観の曖昧な部分、宗教の間に垣根を設けず混沌を気にしないという民族性が、寧ろ日本人の良さであるとさえ思うのである。このことは本を正せば神仏習合思想など古く平安時代以前に遡ることができる現象で、いわば日本人が誇る宗教意識の伝統と言っても過言ではない。近年世界的な宗教協力が叫ばれ各宗教者間での交流が行われているが、それを積極的に働きかけているのはカトリックと日本の宗教界であるという事実は、日本人の宗教意識がもたらしたプラスの側面であると言えよう。
 宗教意識のことはこれくらいにして、西暦に触れたついでに和暦についても語っておきたい。いわゆる元号制については反対論も多く注意深く扱わなければならない。かつて皇帝は時間をも支配するという中国の古い思想があった。しかしこれはあくまでも過去のものであり、今さら天皇制支配や国家神道などが復活するとはとても思えない。そんなに目くじらを立てなくてもよいのではなかろうか。かつては東アジアの諸国で国家独立の証として元号を立ててきたという長い歴史がある。今どきこんな古い制度が存続していること自体がとても貴重なことだと思うのである。
 そうは言っても平成になってからは計算がとても面倒になった。ほっておいてもこれからは西暦を使う人が自然に増えてくることであろう。現在わが国では西暦でも年号でもどちらでも使うことができる。こんな寛容な国民性がこれからも長く保たれることを願う。

(2001年「ぎんなん」第5号に掲載)


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