俳句絵解き草子(20)    
磯 野 香 澄
茶の榾を野に焼く香り宇治の里 香澄

茶畑の美しさを知ったのは宇治から信楽へ行こうとバスに乗った時でした。一山全部が茶の畝で覆い尽されていてびっくりしました。それをきっかけにその辺りへ行く様になり現地でお茶を買う事を覚えました。宇治田原と云う処で製茶している処を見つけ工場の奥へ行こうとしました。「うわあ佳い匂い天国みたい」『踏み込んでもよいのか』私が来る事でこの香りを濁しはしないかとためらう位『神聖な香り』と言葉も出ない位です。抹茶の挽臼が回っていた様でその真下を通って来たらしいのです。「今日は従業員がいないので袋詰めにしたのがないから入れて来てあげる」と経営者らしい人が二階へ上がって行きました。臼から挽けて出てくるのを受けて密封して来たとの事です。帰って開けたら工場と同じ香りで「えもいえぬ」と云う表現がぴったりの香りです。そしてお茶が軽くて袋の中で舞い上がっているのです。美味しさは云う事ありません。量も多くて買った時の値段の安さもびっくりでした。それから味をしめて何度も行きました。その度に玄関迄のお見送りがあってそれは丁重にして戴けて大満足なのですが、でも最初のあの神の領域みたいな良さは二度と巡り会えないのです。秋も終わりに近付いた頃、京田辺から保津川を逆上り和束と云う処から林道みたいな細い急坂を登るとその上がもう宇治田原でそこから奥へ行くと信楽です。丁度お茶の産地をドラブしていました。茶畑もすっかり堅い緑になってそこここで野終いとでも云うのか整理をしている人の姿がみえます。あちこちで野焼きみたいに枯れた物を焼く煙がたち昇り煙の中を通ってびっくりです。この燃やしているものは枯れたお茶の木なのです。その煙の匂いの芳しいこと『ええ?お茶は枯れ木になって燃やされてもその煙迄もがこんなに佳い匂いなのか』と始めは茶畑山の緑の畝にびっくりし、次に挽茶の最高の時に巡りあってその香りにびっくりし、三度目に茶の枯れ枝の燃える匂いにびっくりし、お茶はただ物ではないと。人霊に育てられたお茶霊がある様に思えるのでした。

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