ミシンが壊れた。壊したのは私じゃないのだけれど。どうやら下糸を巻こうとし
たところが、本体の動きを止め忘れ、しかもジグザグになっていたため、針が降
りる部分でカマをおもいっきり叩いてしまったというか。前にも後ろにも動かな
くなってしまったミシンを前になんだか呆然としてしまったのだ。
もう10数年来使ってきたシンガーのミシンで、いままで一度も修理などしたこ
とはなく、まあ、なんとなく漫然と使ってきたのではありましたが。
ともあれなんとかしなくちゃというわけでイエローページを片手に電話のかけま
くり。とにかく修理に来てもらわなくてはいけませんから、自宅に比較的近いと
ころにあるミシン専門店で「修理」も扱っているらしい店に順番に電話をいれる。
しかしたいていのところは修理に1週間から10日以上はかかるとの返事。
それでもなんとかねばって電話をかけまくると、1軒の店が数時間後に伺います
との返事を得た。さて、どうなることやらと心配してしまったのでありました。
夕方頃、ミシン修理の人が来てくれた。おじいちゃんだった。すごい道具箱をか
かえてやってきたのだ。
おじいちゃんはどっかとミシンの前に座り込むと、う〜む、う〜むとうなりなが
らミシンを分解しはじめた。
それを眺める私、なんだかものすごく感動してしまったのだ!
こんな人、いまどきめったにいないぞ。。。!!!
30分から40分近く、おじいちゃんはミシンを分解していたのですが、結局そ
の場でやっぱりすんなり直すことができないとの結論を出し、結局ミシンは持ち
帰って修理してくれることになった。
ところが、このミシンはいいミシンだ!となんとミシン(うん、マシンですなぁ)
に惚れ込んでくれたのであります。もう10年以上も前のミシンではあるけれど、
これはシンガーでもとってもよいものだ、ちゃんと修理してあげるから、使いな
さいという言葉を残し、おじいちゃんはミシンを持って帰ったのです。
時間がかかるかもしれないということでした。
ところが、翌日の午後におじいちゃんから電話があり、修理できたらから今から
持っていくと。ひえ〜と驚きました。昨日はうんともすんとも言ってくれなかっ
たミシンがたった1日で復旧とは!
30分後くらいにおじいちゃんはミシンをかかえてきてくれました。
ミシンは研かれてきれいになってました。そしてなんとなく軽い音で軽快に動く
ようになっていたのです。
そして、それから約1時間くらいにわたって、おじいちゃんはミシンの糸調節法
を紙にこと細かく書いて伝授してくれたのであります。
長いこと使ってきたミシンでしたが、なんと、なんと!私はなんといいかげんに
使ってきたのでしょうか!恥ずかしくなるほどミシンの調節法について知らなかっ
たのですから。
よくよく聞けばそのおじいちゃんは若い頃、ミシンの組み立てをやっていたそう
です。ミシンの部品というのは、小さな螺まで数えるとおよそ2000個の部品
があるそうな。そんなすごい技術を持ったおじいちゃんだったのであります。
電話1本でほんとに素敵なおじいちゃんに出会うことができました。
帰りがけ、このミシンはまだまだ働くよ、大事に使ってと言われました。
うん、ほんとうにそう思う。こんなおじいちゃんがちゃんといるのだということ
になんだかとっても感動してしまったのであります。2004/02/09
その寺の名前は「だるま寺」としか知らなかったのですが、本当の寺名は「法輪
寺」というそうだ。江戸時代に万海上人が開いた寺だそうで、寺には8千体のだ
るま像があるそうだ。8千体かどうかはわからないのですが、数年前の節分に訪
れた折にはほんとうに数え切れないほどの「だるま」が飾られていた。昨日、
2005年2月3日に行ったときは、それほどの数の「だるま」像は目に入らなかった
けれど。
西大路丸太町(円町)を二筋上がり下の下立売通りを東へほんの50メートルほ
ど行ったところにあるそれほど大きくはない寺(京都ではそれほど大きくないと
いう意味ですが)で、私は日常的にも寺の前を通る機会は多い。けれど、境内に
入ったのはほんの数回ほど。
節分の時期になると、「ああ、だるま寺」という感じで、そこにそういう寺があっ
たということを思い出す。この寺、全国的にも有名な寺のようだ。あまりに近過
ぎて実感はわかないのだけれど。
3日、ちょうど昼頃にだるま寺に行った。節分行事のゆえ、そこそこの人手。入っ
てすぐのところで熱いお茶の接待があり、これがほんのり甘くて、寒い日のため
か、ほんとに熱くておいしいお茶だった。境内ではだるまの焼き印付きの太鼓ま
んじゅうを売っており、縁起ものだと思って買いましたが、これがなかなかおい
しいおまんじゅうでした。
境内では実にたくさんの「だるま像」に出会います。いろんな顔があり、眺めて
いるとなんだかしみじみするなぁ。この寺のだるまは「起き上がりだるま」と言
うそうです。七転び八起きのだるまさん、どんなに転んでも最後はやっぱり自分
の力で立ち上がる、そんな心はほんとうに大事だね。
節分、もう、春ですね。
京の通称寺
京を語る
テレビをつけたらおもいがけないほどきれいな山が見えた。雪を頂いて真っ白で、
おわんをふせたようなというか、ちょっと不思議な形の山だった。それは標高5
000メートルに近いチベットの聖なる山、カイラス山だった。
きれいな青い空に思わず息をのみ、テレビにうつるなんとも素晴らしい景色に
魅いられてしまったのですが。ああ、これがカイラス山なのか、五体倒地という
祈りをしながら聖なる山を登るチベットの人の姿をながめながら、私はまた
いちえさんのことを思いだしていた。
「チベットを馬でいく」この本のなかでいちえさんもカイラス山のことを書いて
いる。この本には写真が1枚もないです。馬で旅をしたいちえさんの文章を読み
ながら、いったいどんな景色が見えるのか、やっぱりそれは私の想像の域を超え
ていたようです。
テレビの画面にうつる「チベット」思わず息を飲みました。
美しい!神々しいばかりに美しい!
さて、そのチベットの風景を写していた番組は、「土曜インタビュー」という
NHK の番組です。2005年1月15日、
「2005にっぽん」
第29回「ここに元気がある」
ジャズミュージシャン…渡辺 貞夫
【きき手】三宅 民夫
渡辺貞夫さんへのインタビュー番組でした。
でも、なぜチベットの風景が?
渡辺さんは10年にも及ぶ肝炎を克服した後、1996年チベットのカイラス山
へ旅をしたそうだ。そこでであった景色、そこで出会った人々、チベットの大地
の息吹が音(フルート)になって戻ってきた。よみがえってきた!そういうこと
があったそうです。10年近くもサックスを吹くことを禁じられていた、そんな
ことがあったんだと初めて知りました。
痛みの度合は、
喜びの深さを知るためにある。
チベットにはこんな格言があるそうです。
ミラレド#シ
E AR T H
これだけの音符を基本に生まれたのが「シェア ザ ワールド」という曲だそ
うだ。
なにげなくつけたテレビから聞こえてきた「声」と「ことば」が、
とても心に残る。
暮れから年明けにかけて、もう2回もこんなことがあった。
「ことば」が天から降ってくる?
いや、そうではなく、私がそういう「ことば」を求めているのかもしれないけれ
ど。
「すっぴん素顔のこのまんま」私の気持ちいい毎日 渡辺一枝
KKベストセラーズ ISBN4-584-18245-0
この本は一枝(いちえ)さんがチベットを馬で旅行していた時に書かれた本だそ
うです。一枝さんってなんだか不思議な人にも思えるけれど、何だろうな、この
本は読んでいるととても気持ちが安らぐ。ごくごくさりげない日常のことが綴ら
れているのだけれど、どこかにほっとする安心があるのだ。
「そのまんま」であることというのは、思いのほか難しいことなのかもしれない
なぁとやっぱり思うなぁ。私が私であるってことはわかるようでわからないこと
だしね。それが一枝さんって何やら不思議に「そのまんま」なんだよなぁ。
もう一冊いちえさんの本
いちえさんの春・夏・秋・冬
十二月の暮らしごよみ
ISBN4-06-204643-6 講談社
日々を丁寧に暮らすこと、そう思いつつもなんとく日々を過ごしてしまうものだ。
1日、1日を大事に丁寧に、いちえさんの本を読みながらそんなことを思った。
「いちえさんに聞いてみよう」「いちえさんならどうするだろう」、そんなこと
を思いながら、本を開いていた。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサート、1日午後8時10分からの放送を見
ました。今年の指揮はロリン・マゼールさん。「美しいガラテア序曲」で幕開け。
シュトラウス一家のさまざまな曲がとても楽しい。ウィーンの楽友会館、やはり
新年らしく華やいだ雰囲気でしたが、今年は序曲のあとに「あいさつ」があり、
アジアの大きな災害のために、ウィーンフィルは飲料水を送ることを決め、コン
サートの最後の定番ラデツキー行進曲は控えるという言葉がありました。
今年はダンスにウラジミール・マラーホフが出演していたのにまたびっくり。
「美しき青きドナウ」のダンスはかなりよかったです。毎年不思議に思うのです
が、あの演奏とダンスはどのようにあわせているのでしょうね。
それから、ウィーンのお菓子を作る場面のビデオも流れました。柔らかなパイ生
地のようなものを大きく広げ、そこにりんごを荒くすりおろしたものを一面にひ
き、パイ生地をロールケーキのように巻いてから焼きあげる。あれはなんという
お菓子なのだろうか。
アンコールの「美しき青きドナウ」の前にマゼールさんのあいさつ。
そして、コンサートは終了。
ニューイヤーコンサートといえば、客席の拍手で盛り上がる「ラデツキー行進曲」
がなくてはならないもので、これが楽しみというところもあるのですが、今年は
それがない!それがないことが確かに、「あの年は演奏されなかった」という大
きな記憶を残す記念のコンサートになるでしょうね。
来年はまた「ラデツキー行進曲」が演奏されますように。
12月31日、午前10時頃だったか、みぞれまじりの雨が降っていた。それか
らしばらくしてふと外を眺めると、おお、雪が!それも大粒の雪が降り出してい
て、またたくまにあたりは白くなってしまった。
大晦日の初雪。
この2、3日、ちょっと寒かったので、月下美人の鉢を家のなかに避難させてお
いたのは正解だったね。そのまま外に置いていたら、葉っぱが凍ってしまうとこ
ろだった。
2004年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートのビデオを聞きながら、
あれやこれやの雑事。2005年のニューイヤーコンサートも楽しみにしてます。
午後2時すぎ高校サッカーの具合は?と思って、テレビをつけると、これまたびっ
くり。ピッチが真っ白ではないですか。西が丘球技場、ものすごい吹雪模様の雪
だった。数年前の国立の決勝戦が大雪だったのをふと思い出してしまったけれど。
ほんとにいろんなことがありすぎた年になってしまったかもしれないね。
来年こそ「幸」という言葉を選べるような年になって欲しいです。
お前たちは、たち帰って
静かにしているなら救われる。
安らかに信頼していることにこそ力がある
(イザヤ書30章15)
Came back and quietly trust in me.
Then you will be strong and secure.(Isaiah30:15)
2004/12/31
某ファミレスのトイレの洗面所でのこと。手を洗おうと思い、水道の蛇口の下に
手を出した。水が出ない?うん?なんで????
ドアの向こうでお掃除をしている女の子がいたので、「すみません、洗面所の水
が出ないんですけれど」と声をかけた。すると、女の子はちょっと不思議そうな
顔をして洗面台のところに立ち、蛇口の右横にあった大きな白い丸いものをキュッ
とひねったのであります。水は出た!
ありゃりゃ〜、「あのう、これ自動じゃなかったんですね」と、私。
思わずふたりで大笑いをしてしまったのでありました。
蛇口の横にあった「白い丸いもの」は、なんだかきれいなもので、私は石鹸水で
も入っているのかと思っていて、それが水道を開け閉めする栓には見えなかった
のです。ああ。。。。笑ってね。
最近の JR 新幹線駅構内のトイレや大手スーパー、その他あちらこちらに手を差
し出すと水が出るという洗面所がたくさんあります。荷物を持っていたりする時
は手を出すだけで水が出ますから、まあ、便利は便利ですね。でもいつもなんだ
か「もったいない」と思っていました。だって、自動で水が出て、止まるわけで
すから、一定時間は水が出ます。だから、必要な水よりも不要の水を流している
ことのほうが多いと思います。
最初にこんな洗面所にであった時、とてもびっくりした。けれど、なんとなく手
を出し出せば水が出ると思いこんでしまって、栓をひねらなければいけない洗面
所で戸惑っている自分の姿にびっくりしてします。
自動ドアでも、自動ドアかと思って立っていると開かない、あれれ、手動だった
とか、手動のドアかと思って手を出すと自動だったとか、自動だけれど、ちょっ
と手で触れないと開かないという半自動のドアもあります。
水道の栓もいろいろあって、押したり、ひいたり、回したり、あるいはまた足で
ペダルを踏んだり、まあ、いろいろありますねぇ。「どうしたら水がでるか」そ
の程度の単純なことであってもいろんな方式があるもんです。
「どうしたら水がでるか」と言えば、水洗トイレの水の流し方もやっぱりいろい
ろありますね。ペダル式、手でレバーを操作するというのはごく普通の方法でしょ
うが、センサー感知で、センサーのある部分に手を出せば水が流れるという方式
のトイレもありますから、ほんとに「はじめて出会う」方式だとちょっと焦った
りしてね。
「チベットを馬で行く」 渡辺一枝 文芸春秋 ISBN4-16-351820-7
「ニューヨークからきた猫たち」椎名誠 朝日新聞社 ISBN4-02-257803-3
「渡辺一枝」さんというのは椎名誠の奥さんであるというのは、椎名誠のさまざ
まな本のなかでいつとは知らず知っていました。その奥さま、「一枝」さんが、
なぜか小さい時からチベットにあこがれ続けてきたこともいつからともなく知っ
ていた。一枝さんは18年勤めた保母さんをやめられた後、何度も(たぶん20
回以上)チベットを旅し、そして1995年にはチベットで長い旅に出かけたことも
知っていた。
それはどんな旅だったのだろうかと、なぜかとても興味があった。だから図書館
で「チベットを馬で行く」という本の背文字を見たとき、迷わず手に取っていま
した。1995年4月22日ラサを出て、チベットの周辺をめぐり9月18日再
びラサに戻る143日の馬の旅。
その143日分の日記(538ページあったよ、分厚い本だった)を3日かけて
読みました。かなり苛酷な旅のはずなのに、馬での旅の日常があまりにもさりげ
なく綴られていることにはとてもびっくりした。
この本の最後に一枝さんは「本当に、良い旅だった。幸せな旅だった」
と書かれているけれど、一枝さんがどんなことに幸せを感じるのか、そのほんの
少しのおすそ分けを頂いたようで、長い本だったけれど、とてもおもしろかった。
旅の最後、ラサに戻るあたり、一枝さんも一枝さんの仲間たちもできれば旅を終
わらせなくなかったような、けれど、私は、いったいどんな旅の終わりなのかと、
それが気になって旅の最後はものすごいスピードで文字を追ってしまったのです。
それがよかったかどうかはわからないけれど、一枝さんのことはたぶんこれから
も私の心の片隅にいつも「いる」人になりそうな気がする。
同時に「ニューヨークからきた猫たち」という本も借りたのですが、この本に
「遡行」というエッセーが収録されています。2000年頃に書かれたもののようで
すが、これは一枝さんとともに椎名さんがチベットを訪れたときのことです。
椎名さんも一枝さんがなぜそこまでチベットに惹かれるのか、私はむかしチベッ
トの鳥だったのかも、そんな不思議なことを言うのか、やっぱり心を共有したい
のだろうなとしみじみ思ったけれど。
なぜか2004年、ヒマラヤの国に取り付かれてしまいました。
トゥバ共和国、
トゥバ共和国とアジアの中心について
モンゴルそして、チベット。
なんだろうな、私はいったい何に興味を持ってるのかなぁと改めて思う。
2004/12/23
インターネット音楽著作物使用料、個人利用が年額1,200円程度に
というような事情で、私のページにおいてあったmid ファイルはすべて削除いた
しました(ほんとのところは削除しなくてもいいものもあるかもしれないけれ
どね)。「利用料金」のことよりも「規制の内容」あるいは「基準」のほうが
気になるけれどね。
個人的な意見は、まあ、いろいろあるけれど、やめておきます。
かわりに次のようなページをいろいろ参考にしてください。
ただほんのひとことだけあるとするなら、音楽に関わることに限らず、
最近、悲しいなと思っていることは、
『ネット上の個人のよいページがどんどん消えていく』
ということかなぁ。
(「商用」なんて関係なかった頃の「パソコン通信」の時代が懐かしいなぁ)
さらに詳しく(実際のところそう詳しくはわからないかもしれないけれど)
知りたいなら次のところへどうぞ。
http://www.jasrac.or.jp/
参考に、できればこんなページもぜひ見てくださいませ
自由 - それとも著作権
-日本の音楽文化を守ろう!-
意見書
「よろしかったでしょうか」という言葉は、「どこがおかしい?何かおかしい?」
と思わざるを得ないけれど、さらに続きで、何か変だと思うのは昨今の「クリス
マス」。クリスマスっていったい何なのさ?と思わずつぶやいてしまいそう。
いつだったか、12月25日だか、そのあたりの日で知合いに会ったとき、「ね、
ケーキ食べた?」と聞かれて、思わず、「はっ?」と息を飲みそうになってしまっ
た。彼女はとっても無邪気にそう聞いた。クリスマスに、クリスマスケーキ食べ
た?と、ね。そのいきおいで、もし私が「クリスマスは教会にいったよ」なんて返
事をしたら、「えっ、教会?なんで教会にいくの?」という疑問を返されそうで
恐かった(笑)
12月にはいると、「クリスマス」という言葉を毎日のように耳にするようにな
る。テレビでは「料理番組」をはじめ、どんな番組でも「クリスマスをどう過ご
すか」は大きなテーマのようですし、「プレゼントは?」「ケーキは?」、どこ
ぞに世界一大きなクリスマスツリーのイルミネーションができたとか、デパート
やいろんな店で、クリスマス用品を用意しているとか、あれやこれや、「クリス
マス」という言葉をキーワードにさまざまな話題にあふれる。
で、やっぱり聞いてみたい!「なんでそんなにクリスマス、クリスマスって騒ぐ
の?」って。
では、肝心かなめの「教会」ではどうなのだろう。最近、教会には御無沙汰して
ますものですから、いまどきの教会の「クリスマス」事情にはそれほど詳しくは
ないですが、カトリック教会だと「クリスマス」という言葉よりは、教会の暦の
通り「待降節」とか「降誕祭」という言葉のほうが普通かもしれない。
大掃除をしてクリスマスの飾りつけなどはするけれど、おもいのほか質素だった
りしてね。年によってはけっこうハデハデってこともあったような記憶はありま
すが、最近では大きな樅の木も手に入りにくいこともあって、御聖堂に置かれる
のはきわめて小さいツリーだったりするし、ツリーよりは降誕の場面の馬小屋飾
りのほうを大事にしてるだろうし、教会での降誕祭のお祝いに「ケーキ」がある
かというと、「ない」ことのほうが多いような気がするなぁ。
教会のなかのいろんな行事のなかでは「クリスマス」は一番理解してもらえるも
のでもあるから、私が行っていた教会では、深夜ミサの前に「市民クリスマス」
という集まりを行っていた。なじみのある聖歌を歌い、キャンドルサービスなど
を体験し、クリスマスの意味合いを伝えようという集まり。
どうあっても、そもそも「クリスマス」ってやっぱり宗教行事だし、そうあって
欲しいなと思いますよ。
「ケーキを食べる日」「プレゼントをもらえる日」それはそれでいいのですが、
その部分だけがひとり歩きして、
なんだかわけわかの日になってしまわないように切に願いますが。
天には栄光、地には「平和」、です、ほんとに。
世界の平和を祈る日でもあって欲しいなぁ。
本屋で文庫本を買おうと思って、レジの台に本を置いた。あいにく小銭がなかっ
たので、続いて千円札を置いた。すると、店員が、「千円でよろしかったですか」
と。思わず、「ハッ、どういうことで?」と聞きたくなってしまったけれど、も
ちろんそんなことは聞き返してはおりません。
「千円でよろしかったですか」とはいったいどういう意味なのでしょう?
一番近い意味としては次のようなことでしょうか。
「千円札1枚でお支払いですね。小銭はないですね」という意味合い。
こういう意味あいだと、
「千円からでよろしかったですか」
というような「〜から」が加わった言い回しが出てきても不思議ではなくなるね。
しかしながら、「千円でよろしかったですか」、
あるいは「千円からでよろしかったですか」という言い回しは、なぜか客から
「言葉」を奪いますねぇ。客は、うん?何か変だぞと思っているうちにレジの作
業はどんどん進むというか。
おつりを手渡されて、どこか割り切れない気持ちを抱えて、はぁ〜とため息をつ
きかねない。
「よろしかったですか」という言い回しはコンビニ系のレジではよく聞く言葉で
はありますが、昨日の本屋での「よろしかったですか」があまりに気になって、
今日はいくつかの店でレジでの対応にちょっと注意をしてみました。
あえて入ってみた100金ショップでは、
「715円になります」
私は、千円札と小銭15円を出した。
「1015円お預りします」
「おつり300円です」
「ありがとうございました」
いたって普通だと思います。
その隣にある公設市場のレジ
すこし列が混んでいたものですから、まずは、
「おまたせしました」という言葉がありました。
「お会計、17XX円です」
私は千円札を2枚出しました。
「2千円お預りします」
と、こちらも普通でしたね。
正直なところ「よろしかったですか」という言葉を聞きたくない気持ちが強くて、
今日は、コンビニには入りたくありませんでしたけれど。
さて、Yahoo の検索でいきなり「よろしかったですか」
という言葉を入力してみました。
ああ!びっくり。
「よろしかったですか」はキーワードになってしまうのだ。
2チャンネルにも「よろしかったですか」という掲示板があるのだ。
そして、多くの人は「よろしかったですか」という言葉にはあまりいい印象は持っ
ていない。
いろんな意見が。。。。
「よろしかったでしょうか」全国調査
大手小町
第271回 よろしかった
「よろしかったですか」というような言い回し言葉に疑問を感じている人は
けっこう多いのだ。
「マニュアル言葉」ではあるのでしょうが、こんな言葉を聞く「客」たちは、お
しなべてあまりいい気分にはなっていないのだ。
だけど、なぜあちこちでこの言葉に出会ってしまうのだろう。
ついでにもうひとつ。
最近ちょっとすたれてきたかもしれないけれど、コンビニにはいると、入ったと
たんに「いらっしゃいませ、こんにちは!」という言葉が頭の上から降ってきた
ような気がした頃があった。そういえば、最近、ちょっと静かになったような気
がする。「こんにちは」がなくなって、「いらっしゃいませ〜」だけになったよ
うな気がするのだ。ま、もとに戻ったというか。
昨今のコンビニ、取り扱う品目があれこれ増えて、単なる小さな便利店とは言い
切れなくなっている。さまざまな公共料金をはじめ、銀行のATM代行もあるし、
宅急便も扱っているし、チケットも買える。e-books のようなところで本を注文
すると、コンビニ受け取りにできるのは便利だし、その他もろもろ。というわけ
で、さまざまな業務を担っている店ですから、当然、利用者も多いですよね。
しかしながら、接客マナーに限っていえば、「コンビニ」はあまりいい感じでは
ないことのほうが多いような気がするけれど----。2004/12/11
こんな本があるそうな。
どこがおかしい?何かおかしい?
「問題な日本語」大修館書店168頁、840円
本の紹介文---へんな日本語にもわけがある!?
『「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」「わたし的には全然 OK です」…
で気になる今どきの日本語を達人がわかりやすく解説。』した本だそうです。
2、3日前に、西大路通りを自転車で走っていた時、三条付近の骨董屋のような
店(リサイクルショップかな)の前にオルガンが飾ってあるのを見かけた。ふと
通りすがりに見かけた古いオルガンにハッと心を奪われたという感じだった。
その時、「あ、オルガンがある!」そう思って、そのまま店の前を自転車で走り
抜けた。そうは言っても決して立派な「オルガン」があったわけではありません。
ただのちょっとだけ大きめのリードオルガンです。
「ただの」というものの、たぶんいまの日本ではもうあんなリードオルガンは製
造していないのではないかと思いますけれど。
なんとなく気になって、今日、またその店にオルガンを見に行きました。
午前中で、店はまだ開店前。今日は店の前で自転車を止めた。「オルガン」は店
の前にありました。あれは「飾ってある」というような、そういう感じはないと
私には思えたけれど。ほんとに小さな店ですから、あのオルガンを店のなかに飾
るにはちょっと場所取りになるでしょうね。だからオルガンは店の前に「ある」
のですが、ほんとにポンと置いてあるわけですから、雨ざらし状態。鍵盤の上に
は汽車のおもちゃが乗っていて、それを少しずらしてみると、鍵盤の白い板がは
がれていましたし、たぶん、内部はきっと壊れているのでしょう。もう音はでな
いでしょうね。修理可能かもしれないけれど、もしも修理したならば、お安いピ
アノが買えるくらいの金額になるかもしれない。
それで、何でそんなに「オルガン」が気になるのって?
さあ、なぜだろうか。
そのむかし、毎日みたいにオルガンを鳴らしていたからかも。
「弾く」はピアノですね、リードオルガンは空気でブカブカ、ブーブーという感
触ですもの。
手もとにはYAMAHAのキーボードがあって、99の音色が選べる。もちろんリード
オルガンもありますが、「ほんものの」リードオルガンの音色とはかなり違うと
思うのだ。キーボードのリードオルガンの音はとてもきれいです。でも、そのむ
かし、私がブカブカ鳴らしていたオルガンの音はもっと雑音まじりで、正直「い
い音」ではなかった。幼い日に見たこと、聞いたことというのは、大人になると、
妙に美化されて勝手なイメージになっていることが多いものですが、私のオルガ
ンもそうかもしれないなぁとはもちろん思うのですが。
あの時の私のあの小さなオルガンはどこにいってしまったのだろう。
追加:2004/12/18
「あのオルガンは…」とふとむかし、むかし家にあったオルガンのことを思い出
してしまったけれど、本当のところ、いつ、どう処分されたのか、私は全然知ら
ないのだ。
「オルガンの文化史」(赤井励 青弓社)によれば、昭和43年には日本で
1年間に55万台のリードオルガンが製造されており、ブラザーは昭和44年
(1969年)から55年頃までに約53万台のリードオルガンを生産していた
そうだ。東芝は河合楽器と組んで40万台を売ったと言われているそうだ。
これらは足踏オルガンと言われるもので、これだけの台数のほとんどは
小学校や中学校に設置されたようだ。電動オルガン(電子オルガンではない)
は、昭和32年から製造され、昭和41年には製造中止になっているそうだ。
この手のオルガンがピアノの代替楽器として使われた時代もあっただろう
が、この手の大衆商品となったリードオルガンのほとんどは現在たぶんほとんど
存在していないのでしょうね。どこにいったのだろうか?書きたくないけれど、
そのほとんどはたぶん「粗大ゴミ」となってしまったのだろうとしか言いようが
ない。
むかし日本に本当にたくさんあった「リードオルガン」は、たとえ多少の粗悪品
であったにせよ、日本の子どもたちに西洋音楽の入口を見せてくれたのは確かで
しょうね。そのような流れ、そしてそれはやっぱり「文化」の素地だったはずだ。
いらなくなったら「ゴミ」にしてしまう、そんなことばかり繰り返していたら、
ほんものに出会う機会すらなくしてしまう。
「オルガンの文化史」の著者さんも書かれているが、「リードオルガンの本格的
な博物館」があってもいいなと思う。
あの小さなリサイクルショップの店頭で雨ざらしになっていた足踏オルガンが生
き返ることはないかもしれないけれど、そういう状況がなんだかちょっぴりさみ
しいなと思うのだ。
「三月書房販売速報[077]」が届いたので読んでいましたら、
「ホームページに画像を貼る方法をやっと覚えました。」ということで、店の写
真と案内地図をページ内に貼り付けたと書いてありました。そこで、さっそく見
に行きました。
三月書房の外観写真(その1)
思わず、エエッ!とびっくり!
写真は古いけれど、「いま」もあんまりかわってないって、いや〜、そんなこと
ないよ、この写真と比べたらやっぱり随分違う。
だってここにある写真は1950年三月書房が開店した当時の写真だというので
すから、なんだかすごい。
このページ、(その1)となってますから、(その2)も作られるかな。
妙なことに期待してる。
三月書房のページはこちらです。
レシピはNHK の今日の料理なのですが、2004年11月の放送分については残念なが
らメニューの保存はないようです。
これだけは!と思い、急いでメモを取っておいたので、しっかり保存のために
ここに書いておこう。
アップルパイ
(1)薄力粉115グラム
強力粉115グラム あわせてふるっておく。
(2)パイ皮
(1)の粉100グラム
塩 小4分の1
水 大さじ 2
ショートニング 50グラム
(3)グラニュー糖 65グラム
粉 25グラム
ナツメグ シナモン 小さじ4分の1程度
塩少々
りんご 小3個
りんごは8つ割にして、材料をまぶしておく。
(4)クランブル
粉100グラム
バター 50グラム
三温糖 50グラム
粉と砂糖をまぜてから、バターを切り込む。
この材料で作ると最高においしいアップルパイになりました。
しかもいたって簡単、手軽、早い!
「アップルパイ」というとまずは皮の作り方がちょっと大変なものですから、自
前で全部作るというのはちょっと躊躇してしまいます。冷凍パイ生地を使えば簡
単ではあるのですが、皮と中身がどうもしっくりこない。
手作りのアップルパイにはあこがれるけれど、なぜかあまりおいしく仕上らない
ことが多くて、あまり作らなかったのですが、上記のレシピは失敗がないという
のがすごいのです。
作り方はいたって簡単。
(2)のパイ皮は粉にショートニングを切り込んだら、水をいれて軽く練ってま
とめ、寝かす時間なしで延ばしていきます。(信じられないほどうまく延びる!)
パイ皿より少し大きめに延ばし、パイ皿にしきこみます。
りんごを8つ割にして、砂糖などをまぶして、パイ皮の上にきれいに並べていき
ます。そして、(4)のクランブルでりんごが見えないように蓋をします。
それで約30分から40分焼けば完成。
そのむかし(たぶん100年くらい前)にあるイギリス人が5つの大陸の中心に
記念碑を建てようと世界中を旅していたそうだ。彼がアジア大陸の中心に向かっ
て旅をしたのは、アフリカと南北アメリカ大陸に中心の石碑を建てたあとのこと
だったそうです。彼の計算によれば、アジアの中心地点は、
『中国のウリアンハイ(鳥梁海)地方にあり、エニセイ川上流の川堤にある』と
いうことだったそうです。そして彼はその地に到達し、そこに石碑を建てた。
「トゥーバ紀行」を書いたメンヒェン-ヘルフェンは、1929年夏にその石碑を見てい
るそうだ。『それはトゥーバ(ウリアンハイの現在名)のサルダムに立っている』
そして、『トゥーバはゴビ砂漠とシベリア、アルタイ山脈との間にある遊牧民の
共和国』だとメンヒェン-ヘルフェンは「トゥーバ紀行」書いているそうだ。
以上は「ファインマンさんの最後の冒険」21ページの要約です。
##ファインマンさんの本では「トゥーバ」になっています。
「シベリアをわたる風」のなかで等々力さんは、初めてトゥバを訪れた日に「ア
ジアの中心の碑」を見に行ったそうだ。
それは『イェニセイ川の二つの支流が合流する川のほとりにその碑は建ってい
た』、そして、その碑は『上からロシア語、トゥバ語、英語の三か国語で”アジ
アの中心”と書かれた碑文の上に地球儀があり、その上に剣のような形をした塔
が載っている』もので、高さは約7メートルほどのものだそうです。
トゥバにあるアジアの中心の石碑は、これですね。
この碑はメンヒェン-ヘルフェンが書いた「トゥーバ紀行」に出てくる碑とは違
うものだそうで、かつてイギリス人が建てたという碑に触発されて、のちに建て
られた碑なのだそうだ。
さて、「シベリアをわたる風」の等々力さんが初めて、トゥバを訪れたのは、
1992年のこと。この時、すでにトゥバに「アジアの中心の石碑」はあった。
喉歌への興味、トゥバへの興味で、あちこち調べていましたら、
こんなニュースにぶつかりました。
ウルムチにアジア地理中心標識塔が完成 【2004年01月09日 新疆発】
この碑は、
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1992年7月の鑑定を通じて、地理学界に公認
1997年8月、アジア地理中心で標識塔の定礎式
2003年10月にアジア地理中心が標識塔が竣工
ウルムチ市西南部の天山北麓、ウルムチから30キロの永豊卿
正確な場所は「東経87°19’52”、北緯43°40’37”、標高1280メートル」
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ということだそうです。
写真をみると、等々力さんが記述しているものとはかなり違うようです。
ということは、現在「アジアの中心地点」は二つあるということにあるのかなぁ。
あれこれ調べて、2つ目の「アジアの中心の碑」が出てきて、ちょっとびっくり
してしまった。
そういえば、ちょっと前の「探偵ナイトスクープ」という番組で、「どこやら」
の中心で愛を叫びたいというような依頼があって、地理的な中心点を求める方法
について放送をしていたのを思い出した。確か地図を正確に切り取って重心のよ
うなものを求めていく方法だったと思うけれど。
探偵!ナイトスクープ(2004年 7〜9月)
04/07/23放送
「 セカイの中心で愛を叫ぶ? 北野誠 大阪府堺市 古澤清」
まあ、それはそれ。どんな方法が正確かということについてはいろんな議論もあ
るとは思いますが、でもさ、どっちが本当の中心なの?なんて議論しても、まあ、
あんまり意味はないなぁ。正確さだの何だのいうよりは、冒険とはロマンなん
だろうなぁと思うねぇ。
ファインマンさんは切手愛好家の友人を通じてトゥバという国を知り、「トゥー
バ紀行」を読み進めるうちに、その国に「アジアの中心の碑」があることを知り、
それからトゥバへ行くためにありとあらゆる努力をしたけれど、彼は結局のとこ
ろ、トゥバへ行くことはできなかった。ファインマンさんにとってはトゥバは本
当に最後の冒険だった。そしてその最後の冒険に触発されて等々力さんもトゥバ
に行き、そこで喉歌(ホーメイ)に出会った。
トゥバやホーメイ、そしてタルバガンtarbaganについて、
なぜか妙に心ひかれてあれこれ調べてしまったけれど、
「アジアの中心」がほんとうはどこなのかというのは、結果的にはどうでもいい
やって感じではありますね。心ひかれるものがあることが大事かも〜。
それが何につながるかは、いまはわからないものですから。
「シベリアをわたる風」トゥバ共和国、喉歌(フーメイ)の世界へ
等々力政彦 長征社 ISBN4-924929-35-2
喉歌(フーメイ)というのは、かなり不思議なものです。
2004年11月3日、東九条マダンで「等々力政彦ライブ」があり、その時にはじめて聞きました。
いったいどんなライブだろうと思いました。
きれいな刺繍の民族衣装も何やらちょっと不思議な雰囲気。いったいどんな音楽
が始まるのだろうと思っていました。とにかく不思議な声にど肝を抜かれて、
これはいったい何と???
曲の間にちょっとした話もあったのですが、その時のお声はいたって普通の声。
それが歌を歌うとなんとも不思議な風があたりに響く、そんなライブでした。
この本の著者さん等々力さんとトゥバの衣装(青い衣装の人が等々力さん)
tarbagan
等々力さんのプロフィールはこちら
喉歌(フーメイ)とは、どういうものかと説明するのはなかなか難しい。
日本で何か似たものを探すなら、市場の魚屋さんのおじさんの呼び込みの声とか、
むかしのバナナのたたき売り(といってもこれは本物にはほとんど出会ったこと
がない)がもっと音楽的になった感じというか(それでもうまい説明ではないけ
れど)。
喉をつぶしたような感じのドスのきいた声、あるいはダミ声とも言うのでしょう
か(でも違うなぁ)ではあるのですが、とてもよい響きがあり、低い音もあり、
高い音もあり、笛のような響きもあり、メロディもあり、なんとも言えない不思
議な奥行きのある声での歌なのです。
いわゆる声帯ではなく喉と舌を使って音を出す(らしい)。
トゥバという国あたりを中心に中央アジア系の国での発声方法だそうで、
ほんとに不思議な音楽ですが、歌の歌詞は叙事詩と言われるものが多い。
楽器は三味線に似たような感じですが、弦は2本で、共鳴部分はハート型や
丸い形をしていて、いわゆる馬頭琴という種類のものに近いらしい。
なぜそんなに不思議な声に聞こえるのか、そのひとつの理由は、喉で歌うことで、
ひとりで複数の声を出すことができるからのようです。たとえばメロディになる
部分と伴奏のようなものをひとりで作ることができるという発声方法があるら
しい。「唸る」とも言うらしいし、日本の浪曲と言われるものと似ている部分も
あるらしいけれど、実際はかなり複雑な発声方法でもあるらしいです。
とにかく不思議な音楽です。
鳥の声、かえるの合唱、あるいはまた風が草原を渡る音、また風がうねるような
音、実にいろんな表現ができそうですが、ないようである音の連続でもあります
から、不思議にどこかで聞いたことがあるような、ある種の懐かしさを感じ、
はじめて聞く歌なのに、妙に気持ちが安らぐようなそんな不思議な雰囲気がただ
ようのです。
さて、トゥバ共和国とは、どこにあるのでしょう?
モンゴルの北西にちょっと乗っかっているという位置にあり、イルクーツクから
西約500キロほどのところだそうです。シベリアというと、私はもっともっと
北のほうをイメージするのですが、トゥバはシベリアでも一番南、バイカル湖に
近い。本には写真がけっこうたくさんあり、草原の国という感じで、椎名誠の本
でモンゴルの写真をたくさんみたことがありますが、とてもよく似ている感じで、
実際国民の3割くらいは遊牧民だそうです。
トゥバ共和国関連サイト
トゥバについてもっと興味があれば、
トゥバ紀行
「スーホの白い馬」という絵本がありますが、あれに出てくる馬頭琴という楽器
で歌う歌はきっとフーメイではないかと思うのですが。でもこれはモンゴルを題
材にした話ですから、また違う歌唱方法の歌かも。
どんなきっかけで何に出会うかはほんとうにわからないものです。等々力さんは
高校を出たあと、すぐに大学に入ったのではなく、いくつかの仕事を経て、やは
り生物学を学びたいということで大学に入ったそうです。そして、「ハイマツ」
を見たいと思い、シベリアに行き、そしてトゥバに出会い、喉歌に出会ったのだ
そうです。そして喉歌に魅せられてトゥバでのフーメイコンテストで2位に入賞
する。
「シベリアをわたる風」ひさびさに出会った静かな情熱を感じる素敵な本でした。
tarbaganタルバガン
コンサートもあちこちで。
ライブ情報
等々力さんと、嵯峨さんという人のグループ名はタルバガン(地リス)
という名前です。
「シベリアをわたる風」のなかに書いてあるのですが、
等々力さんが二度目のシベリア行きを考えているときに、
本屋さんで、「ファインマンさん最後の冒険」という本に出会ったそうです。
Welcome to Feynman Online!
「ファインマンさん最後の冒険」というのは、ファインマンさんたちがトゥバと
いう国に行こうとして、ありとあらゆる努力を重ねた記録なのですが、これがま
たとてもおもしろい。
なぜこんなにもトゥバという国に魅せられるのだろう?とふと思うけれど、
私もなぜかあれこれ、いろいろ調べてしまったのでした。
このMy Essay のコーナーも何やら怒りムードになってきたね。
この1年、あまりにも天変地異いろいろありすぎのようで、
台風や地震の被災地への思いだけでもなく、イラクの問題にも拉致問題にも、
怒りや疑問がいろいろ渦巻く日々でもあります。
で、ささやかなことですが、今日、自転車で走っていたら不思議なおじさんに出
会った。商店街のはずれで、おじさんが体操をしているのかと思ったのですが、
いや、あれは体操ではなくダンスか?なんだか不思議な手の動きが妙に目に残り
ました。ストリートダンス?かしらねぇ。
さて、本題。
昨年の冬、ある家の玄関の下駄箱(下駄なんかはいってないだろうに、やっぱり
下駄箱と言ってしまう)の上に見事な鉢植えを見ました。
玄関の戸をあけて、もう一番最初に目にとびこんできたのでした。それは一抱え
もありそうなほど大きな鉢植えで、なんとかカクタスという名前の花でした。
まあ、ほんとにあれにはびっくりした。
そこのおばあさんはどうもグリーンサムで、若い頃から花を作るのがうまかった
らしい。どこでどのように仕入れた鉢かはわからないのですが、その花のことが
忘れられず。
2、3日前、交差点で信号待ちをしていると、交差点のすぐ前にある花屋さんの
店先で、デンマークカクタスという鉢が目に入ったのです。「あ、この花!」
そう、それは昨年見たものすごい見事に咲いていた鉢植えと同じものではないか
と思いました。500円の鉢植えですから、昨年見た鉢のたぶん4分の1か、5
分の1か、小さいのですが、思わずその鉢植えを買ってしまいましたね。
500円の鉢を4つか5つか買って、大きな鉢に寄せ植えのようにすれば、昨年
見たあの見事な鉢と同じになるかもしれないなぁと思いつつ、でもやっぱりひと
つしか買えなかったのがちょっと残念だね。
でも、これを来年また咲くように持たせてやれば、見事な花が見られるかも。
ちなみに、カクタスとは、cactus
ギリシャ語「刺のある植物」の意から
名(複 〜・es, cac・ti[-tai])【植】サボテン.
究極「サボテン」ということですね。
what happened on November 2nd, 2004.
2004年11月の2日あったことというのは、アメリカの大統領選挙の結果のこ
とを指しています。
その結果に失望したり、あるいは怒っているすべての人のためのページ。
Sorry Everybody
たくさんのメッセージ付き写真をともあれ見てください。
メインページから、galleryを選択してみてね。
「からいはうまい」 椎名誠 小学館文庫
真っ赤な表紙の辛そうな本だねぇ。本屋でみつけて思わず買ってしまった。椎名
誠の本をまた最近ちょっと読みはじめてしまったけれど。
むかし、妙に興味があっておもしろくて、シーナさんのいろんな旅行記をさんざ
ん読んだし、「岳物語」にはけっこう感動しちゃった記憶もあるのですが、ここ
のところずっとシーナさんの本はあまり読まなかったんだけれど。あれこれの
エッセー読んでいたら、もしかして(たぶんもしかしなくても)シーナさんに孫
ができたらしい。
あいかわらず豪快に食べてるなぁ、それもヒーヒーハーハーの辛いもん!「から
いはうまい」わずかに理解はできる気がするんだよね。ただ私はそんなに辛いも
んをバクバク食べるわけじゃないので(それでもたぶんけっこう辛いのは平気な
ほうだろうな)、それでも「辛いはうまいのだ」と言い切ってしまうことはでき
ないんだけれどね。
この本を読んで、そうかと気がついたのは「とうがらし」と「わさび」の辛みは
同じ辛みでも随分質が違うものであるということ。なぜか日本ではとうがらし系
の辛みよりは「わさび」系を好むということ。とうがらしとわざびは、なにげな
く違うのだとは思ってきたけれど、これは相当違うもので、文化の違いを作って
しまうくらい違うものだってことだねぇ。
「ゆずこしょう」という香辛料がちょっとブームになったけれど、あれは「こしょ
う」と称しているけれど、本体は「こしょう」ではなく、「とうがらし」らしい。
それと、辛い大根が減ったなぁということ。たまに辛い大根おろしに出会うと、
日本ではたぶんいろんな感想がでるだろうな。
とうがらしには随分前から興味があって、
「トウガラシの文化誌」という本が手もとにある。これも緑と赤と黄色の表紙で
辛そうな本だ(笑)。
人は辛みに魅せられると、なぜかどんどん辛みという味を追求するようになって
しまい、どんどん辛いものが欲しくなるという深みにはまる傾向が強いらしいね。
おまけにとうがらしの辛みの主成分であるカプサイシンは痛み止め効果が絶大ら
しい。
「からいはうまい」の入門食品はやっぱりキムチかな。いろんなところでキムチ
を買ってみます。確かにおいしいキムチと、あまりおいしくないキムチがありま
す。最初は「おいしい」「おいしくない」の理由がどこにあるのかよくわからな
かったけれど、最近はやっぱりこれはトウガラシの味なんだと思うようになった。
韓国のとうがらしはほんとに種類が豊富なようだ。
いままでいろんなところで買ったりもらったりして、文句なしにおいしかったの
は、韓国の人が作った自家製のキムチ。つい最近東九条マダンの会場で買ったキ
ムチはかぶらのキムチでしたが、これがかなりいける(白菜高いですからね、白
菜のキムチが買えなかった)。それと家の近くにあるキムチ屋さんで買うキムチ
がおいしいのだ。この店のはチヂミもおいしい。確かにキムチは辛いけれど、お
いしいのだ、けれど、ただ辛いだけではだめで、どこかこう深みのある辛い味を
感じて、それをおいしいと思っているのかもしれないなぁと思う。
もちろん辛くないキムチもあるけれど、それはまた別ね。
味には「甘酸辛苦塩」の5つに加えて、「うま味」という味があると言われてい
ます。うま味というのは、コンブのグルタミン酸、しいたけのグアニル酸、そし
てかつをぶしのイノシン酸系のうま味。日本人が発見した味。
「うまい」と思うものについて、あれこれ考えてみるのもいいかもね。
2004/11/06
「ああ、腹立つ」は、阿川佐和子他、いろんな方々の「怒り」が詰まった本なの
だ。「日々溜ったうっぷんは一度でいいから思い切り吐き出すことができたら」
ということで、こんな本ができたらしいけれど。
「一度」切りの吐き出しにしたら、ここに集まった怒り」はそれほどでもないか
とも思ってしまうけれど。ま、実際のところ、「あなたの怒りを原稿用紙2枚く
らいにまとめてくれ」と言われてもさ、ほんとに、ものすご〜く怒っていたら、
まとめて書けるかねぇ、そこが疑問だ(笑)
で、ま、あれこれの怒りを読ませていただきましたが、同感!できるものもあり、
あんまりよくわからないものもあり。そりゃ、まあ、他人の怒りなんてさ、そん
なもんよね。自分はものすご〜く腹立っていても、それを誰かに「まあ、聞いて
よ」と言ってしゃべっても、相手が自分といっしょに怒ってくれるかどうか、そ
れは内容によるしさ、たいていの場合、話した相手の反応はクールだったりする
もんでね。日常的な生活のなかで個人が感じる怒りってそんなもんかもしれん。
けれど、ほんとはものすご〜く怒らんといかんことも時にはあると思うけれどね。
小泉さんは自衛隊のイラク派遣をほんとのところどう思ってるのかとか、わけの
わからん法務大臣の答弁だとか、そういうことにはもっと怒らんといかんとも思
うけれどねぇ。
で、ちょっと「ムカッときた」「ちょっとなぁ、腹立ったよ」と思うことに出会っ
てしまったねぇ。なんじゃこりゃ?と思う程度のどうでもいいことなんだけれど
さ、ちょっと応対にねぇ、それならやるなよと思う怒り。
ふらりと本屋によって文庫本を1冊買って出てきたら、出口のところで「くじ引
いてください」と言われた。何のくじ?と聞いたら、「当たるんです」「何が?」
1等はディズニーランドのチケット、2等は何やら家電品(だと言う)、3等は
はずれだそうな。
「あんまり当たりませんからどうぞ」(どういうこっちゃ?)
という具合に、どうぞとしつこく勧めるので、三角くじを取ったら、はぁ!
「おめでとうございます、2等です!」と。開いたくじを見ると、確かに「2等」
と書いてある。「へぇ〜、何当たるの?」「家電です」「へっ?家電って何?」
「ではこちらで説明しますので」とちょっと離れた場所に移動した。
若者はパンフレットを広げ、「これが当たりました」と言った。
「それ何?」
「喫茶店とかに入っているのと同じ有線のチューナーです」
「はぁ?」
どうでもいいやって顔で返事をしたら、
「チューナーって言ってもわからんでしょ」と。
(足蹴ってやりたかったね!)
「だっけどさ、家で有線なんてあんまりねぇ、それに有線だったら契約して
お金いるじゃない?」と言うと、
「はいそうです、月3、4千円は」と答える。
「音楽聞かれません?」
(このバカ何言うてんの?どんな音楽聞くかはこっちの勝手でしょ。有線放送だ
けが音楽やってるわけじゃないでしょうが!)
このあたりで私はもうほとんど無言。「はぁ〜」くらいしか口にしてないわけ。
すると、その若者は、
「ラジカセあります?ご家族の誰かが音楽聞かれません?ラジカセとかコンポと
かにつなぐと喫茶店みたいな音楽聞けるんですよ。いま若い人の間で有線聞くの
は大流行で、こんなチューナー4、5万くらいするんですけれど、よく売れてる
んですよぉ〜」
てな調子。
なんか私だんだん怒りがわいてきてねぇ。だいたいなんで家で「喫茶店みたい」に
有線放送なんか流さなんとあかんねん!有線なんかチャンネルなんぼでもあって、
なかには「アリバイ証明」やの「羊かぞえ」だの、まあ、いろいろあるらしいけ
れど、だいたい私、本読んだり、コンピュータ使ったりする時、BGM苦手なの!
で、「いりません」と言いましたら、
「ではこの当たりくじは次の方に譲っていいか」
「どうぞ」
と答えてさっさと帰ってきた。
(だいたいがくじの当選ってそんなに簡単に他人に譲れるのか?)
まあ、しょうもないくじを店の入口でやらすなよ。
だいたいが何か買ったからくじを引けというのでもなく、たとえ本屋の店先とは
いえ、通りがかりの人をつかまえて「くじ」をひかせてるくじの景品に期待する
ほうがおかしいけれど、「どうせ当たらないくじ」だとくじを差し出す人が言う
のも変だし、当たってもそれをもらったらとんでもない出費がかかるようなもの
を商品にするなよって、そうなるとディズニーランドのチケットも似たようなも
んか。
その「くじ」と本屋とはたぶん何の関係もないでしょうが、正直、あんなこと本
屋の入口でやっていたら、本屋のイメージも悪くなるねぇ。「くじ」自体はよろ
しいけれど、たとえ通りがかりの人であってもそれなりの対応しなよって思う。
だいたいいったいあの「くじ」は何なのさってちょっと怒り。
まあ、呼び止められたからってそんなくじを引いた私も悪いけれどさ。
だっけどね、ああいうことバイトでやってるんだろうけれど、ま、世の中にはい
ろんな人がいるから、「チューナーいうてもわからんでしょうが」なんて発言は
やっぱりやめたほうがいいと思うよ。
まあ、ひところ道端で、YahooBB のお姉さんやお兄さんたちもうるさかったけれ
ど、「パソコンお持ちですか」「パソコンお使いですか」って問われたら、
「持って歩いてはいませんが」とシラ〜ッと答えるのがいいよと教えてくれた人
がいたけれどね。だいたい「パソコン」って呼び方好きじゃないの>私
ああ、怒った、怒った!!どうもすみません。
怒りの追加:
阿川佐和子さん、私、「テレビタックル」という番組嫌いですよ〜。
先日、たまたまチャンネル選んでいたら、「テレビタックル」とやらいう番組
がうつりました。何やっているのかと思ったら、在日の人たちの選挙権とかそ
ういうことをワイワイやっているのね。そういう問題を取り上げるのはけっこ
うだけれど、「3世4世の時代だよ。選挙権欲しかったら、帰化したらいいじゃ
ないか」と言う言葉が聞こえてきて、そりゃもうびっくりしたよ。「どうせも
うずっと日本に住むんだろ、だったら帰化したらいいじゃないか」、あまりの
ことに言葉もでなかったね。もちろんその発言は阿川さんの発言ではないけれど、
だからといって関係ないよとは言えないとは思う。
東九条マダンのようなところに来る赤ちゃんたちは確かに3世、4世の世代に
違いないよ。彼らが日々の暮らしのなかで、韓国の文化を伝えて行こうとする
姿見るだけで、すごいパワーだなと思う。いったいなんで帰化してしまえみた
いな発言が出てくるのか、信じられん思いだった。
娯楽とちゃんと話をしないといけないことは区分けして欲しいと思います。
東九条マダン最新情報
2004/11/17に追加
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