迷子から二番目の真実[13]

   〜 フライトレコーダー 〜   [94年 5月15日]



 また飛行機事故だ。これでまた、数知れぬ人生が狂い、夢が壊れ、希望が消えたのかと思うと、第三者としてはただお気の毒であるとしか言いようがない。
 今回は一応直接の事故原因は明らかになったようで、少なくとも今後まったく同じ事故が起こる確率はかなり減ったという理屈にはなる。実際、そうであってほしいものだ。

 飛行機事故の原因究明に毎度毎度活躍する“フライトレコーダー”や“ヴォイスレコーダー”という装置がある。むろん、事故のときのためだけについている装置ではないにしても、いざ事故となると、これらの装置の記録はきわめて重要な情報をもたらしてくれることになる。私はいつも思うのだが、あれを設計したり作ったりしている技師は、どういう気持ちになるものなのだろうか。
 たとえば、自動車のシートベルトやエアバッグを作っている人なら、自分の作ったこの装置がこの車に乗る人の命を守るのだ、と思うことができよう。また、事故を未然に防ぐための機構を作っている人なら、快い使命感のようなものも感じることだろう。だが、フライトレコーダーは間接的にしか人命を守れない。それどころか、自分の作った装置が大活躍するまさにそのときには、多くの人が死んでしまっている可能性が高いのだ。この装置が役立ってほしいと思うと同時に、永久に役立たないでほしいとも思うのではなかろうか。
 SF作家・神林長平の『戦闘妖精・雪風』(ハヤカワ文庫JA)という作品に登場する“雪風”なる戦闘機は、特殊な任務を帯びている。雪風は常に戦闘空域から離れて、正体不明の敵の情報をひたすら収集する空飛ぶコンピュータ、戦術戦闘電子偵察機なのだ。味方が目の前で危機に陥ろうが援護などけっしてせず、「情報を収集し、必ずもどってこい」という任務を非情に遂行する。
 旅客機のフライトレコーダーは、熱や衝撃、水圧など、およそ事故発生時にさらされると想定されるあらゆる状況から記録を守れるような構造になっているそうだ。この仕組みが役立つときには、まず人間は生きていられない……技師たちはそう思いながら、設計図を引き、装置を組み立て、取りつけを行っているのではなかろうか。フライトレコーダーは、雪風のような孤独で哀しい任務を帯びた装置なのである。
 こうした装置が本当に役立つかどうかは、事故後、装置が冷たく語ってくれた情報を生きている人間がどう使うかにかかっている。
 今回の事故については、いわゆる“ハイテクの落し穴”といった安易な見出しが新聞紙上には見られるようだが、ことはそんなに簡単な問題なのだろうか。同じ新聞が、F1レースでの死亡事故の増加を嘆くときには、ハイテク制御禁止が一因という主旨の記事を載せている。貶されたり褒められたり、ハイテク君は困っているにちがいない。
 あらゆる機械は人間が作ったものなのだから、個々の人間や人間社会の姿を必ず反映する。ハイテク絡みの事故といっても、原因の解説をあとから聞くと、「どうしてこんな仕組みを放っておいたのだ?」と門外漢にだって不思議に思えるようなものも多い。ましてや、現場のちゃんとした技術者やパイロットが「これはあぶない」と気づいていなかったとは思えないのだ。
 機械にいちばん詳しいのはそれを設計したり作ったりした人間ではない。というのは、どんな機械も、工場から出荷される時点では、たとえば製品としては一個の飛行機として完成していても、まだ“部品”にすぎないからである。その“部品”が、実際に使われる“状況”に組み込まれたとき、はじめて機械として完成するのである。したがって、なんの世界でも言えることだが、“システムとして運用される機械”に最終的に最も詳しいのは、それを使っている人間なのである。パソコンの回路図を引いている技師よりも、「なんだかこのキーボードを使っていると肩が凝るわ」と言っているOLのほうが、“使われている状態にあるパソコン”には詳しいと言ってよいのだ。
 そうした生きている機械についての最高権威、すなわちエンドユーザの声を吸い上げ、自身を改良する機構を持たない組織では、どんなハイテクを使おうがローテクを使おうが、必ず事故が起きる。これは賭けたっていい。医療ミスの多い病院、死亡事故が頻繁に起きるレース場、過積載が原因の事故が多発する運送業者、金権政治家を再生産する選挙制度……数え上げればキリがないが、これらはすべて組織か業界全体の機構に問題があるのである。
 エラそうなことを言っているけれど、私だって会社組織の一員であって、個人生活では絶対に見逃さないであろう危険や不合理を、一会社員としてはあえて放置することが頻繁にある。あなただってないとは言わせない。たまたま私はパイロットではなく、F1レーサーでなく、医者でなく、トラック運転手でないというだけで、今日まで人も殺さず自分も死なずにすんでいるだけなのだ。顔の見えない被害者の犠牲の上に、汚く生きのびているにすぎない。
 フライトレコーダーやヴォイスレコーダーがもたらす情報は、いつもいつもこのことを告発している。「なぜこれに気づかなかったのか?」が重要なのではない。個々の人間は、多くの場合それほど無能ではない。「なぜこれに気づいている人間の声が、組織や業界に届かなかったのか?」が常に問題であり、ほとんどあらゆる事故の真の原因なのではあるまいか。

 ところで、また事故が起きそうな気配がある。飛行機事故などとは比べものにならない数の犠牲の上に得られた、人類のフライトレコーダーの記録を歪曲・抹消しようという輩が、一瞬とはいえ大臣になったりしているらしいのだ……。



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