迷子から二番目の真実[16]

   〜 花火 〜   [94年 6月13日]



 世の中、なにが贅沢と言って、花火ほど贅沢なものはないのではないか。
 ひゅー。どーん。ぱぱぱ、ぱぱっぱぱ、ぱらっぱ、ぱらぱ、ぱ。しーん……なのである。
 これだけで、私のひと月分の給料[*1]を軽く上回るお金が灰と煙になって消えてしまうのだ。
 いやなに、だから花火なんてけしからんと言っているのではない。そういうものだからこそ、素敵だと言いたいわけなのだ。金をかけたからといって、あとになにが残るものでもなし、その潔さが、ふだん130円のパンは高いから110円のやつにしておこう、などというみみちい水準で生きているわれわれにとっては、胸のすくような非現実の快感なのである。いっそのこと、一万円札を大量に花火の玉に詰め込んでみてはどうだろうか。どーん。色とりどりの大輪が空中に咲いたかと思うと、五千万円分くらいの福沢諭吉がちろちろと燃えながら川面に降り注ぐ。おお、あんなものを手に入れようと、来る日も来る日も満員電車に揺られ朝から晩まであくせくと働いているのか。おお、燃えている燃えている、きれいだきれいだ。たーまやー! かーぎやー! あまりの爽快さに、サラリーマンの見物客の中には失神者が続出することであろう。なあに、一万円札なんてただの紙きれなのだ。これを読んでいる花火業者の方がいらしたら、ぜひ一度企画していただきたい。場所と日が決まったら事前に冬樹蛉宛でメールをください。川下の貸しボートの手配がいるのだ。
 こういう盛大な花火もいいが、やはり庶民がふつう“花火”という場合、駄菓子屋やコンビニなんかに売ってるやつを思い浮かべるんじゃなかろうか。ロケット花火やらドラゴン花火やら、あればかりは私が子供のころから目立った変化がほとんどないように思う。袋入りのファミリーセット(とでも言うんだろうか)にしても、オバQやパーマンのパッケージが、セーラームーンやクレヨンしんちゃんになっただけだ。もう気の早い親子がささやかな光の饗宴に歓声を上げる季節になった。世の中には変わらないほうがいいものだってあるのだ。もう何年も自分では花火なんてやってないけれど、あの火薬の匂いを嗅ぐと、永遠に続くかに思われた少年の夏への甘酸っぱい郷愁がうずく。
 おや、なんて私らしくないことを書いているのだ。
 あー、ともかく、私がとくに好きだったのは、あの“ヘビ花火”というやつである。いまでもあるのだろうか。小さな炭団を輪切りにしたような黒い円盤がビニールの小袋に数個ずつ入っていて、火を点けるともこもこもこもこと蛇状の灰の棒が湧いて出てくるあれである。きれいな火花が出るわけでもなし、派手な音がするわけでもなし、花火とは名ばかりの地味なやつなのだが、なぜか無性に好きだった。ひとつひとつ火を点けるのがもどかしくて、手ごろな紙にパッケージごとくるんで燃やすと、炎の中から何匹もの灰の蛇が生きているようにうねり出してくる。それはそれは、SF的な光景であった。
 線香花火も好きだった。夏の終わりというのは、日本人にとってはいろいろな意味で死を意識する季節である。それはそのものずばりの冬よりも、せつなく懐かしく死に親しむ季節なのだ。線香花火が日本人にこれほどまでに愛されているのは、月並みな意見だが、あの人生の縮図のような燃えかたにあるにちがいない……なーんてことを考えながら線香花火をやっているガキがいたら気色わるい。近所の子供が集まって線香花火をやると、それどころではないのである。大きな子がやっている豪快な花火を許されない小さな子が、ここぞとばかりにはりきって見せびらかしていると、すぐに火玉が落ちてしまう。それでわんわん泣き出すのである。泣き止ませようともう一本渡すと、まだしゃくりあげているものだから、また火玉が落ちてしまうが、落ちたところはサンダルの指のあいだだからたまらない。火が点いたように(点いているのだが)ぎゃーぎゃー泣き出す。こうなればその子も意地で、もう一本おねだりするが、そのころには線香花火は残っておらず、びーびー泣き出すという始末である。風流もここにきわまれりである。やはり、線香花火は大人がしみじみとやるのがよい。
 そこで突然提案である。夏期の酔っぱらい運転の摘発に、線香花火を使ってはどうか。
「あー、君、顔赤いね」
「そんなことないすよ。火照ってるだけっすよ」
「嘘つけ、匂うぞ。飲んだんだろ!」
「ちょっとだけすよ。ビール一杯すよ。もう三時間も前すよ」
「言いわけはいい。ちょっとそこでテストしようか」
「風船すかあ?」
「いや、線香花火だ」
「勘弁してくっさいよ」
「ほら、動くんじゃない。ここへ手を出して……こら、なんだ、もう落としやがって。相当飲んでるじゃないか!」
「見逃してくっさいよ。点数ないんすよぉ!」
 夏の夜に道路のあちこちで酔っぱらいが線香花火をしているというのは、じつに心の和む光景だと思うのだがどうか。殺伐とした取締り現場が、夏の風物詩に一変するのだ。納税者も喜ぶと思う。警察関係者はぜひご一考願いたい。

 全国のお父さん、お疲れなのはよーくわかりますが、夕食後のひととき、お子さんをファミコンから引き剥がして、ちょっと線香花火などいかがなものでございましょうか?



[*1]その後、原稿料ももらえるようになったが、まだまだ誤差の範囲内である。

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