迷子から二番目の真実[22]

   〜 就職 〜   [94年 8月25日]



 はてさて、ちょっと前までは転職が大流行していたような気がするのだが、気のせいだろうか。
 いつのまにか、転職はおろか就職もままならぬ世の中になってしまったようだ。女子大生なんかの状況を聞くにつけ、自分が曲がりなりにも職を持っていることにやけに感謝してしまったりする。私なんぞよりはるかに優秀な学生諸君が、この炎天下に職を求めて歩き回っているかと思うと、まったくお気の毒だ。
 おっと、ひとごとじゃない。こっちだって、いつなんどき肩叩きにあうかわかったもんではないのだ。それどころか、この世相では、会社ごと肩叩きにあう(?)可能性もなきにしもあらずである。やれやれ。
 悪い宇宙人に操られた怪獣がビルを破壊して回るとか、世界征服を企む悪の秘密組織が幼稚園を襲うとかいったわかりやすい脅威に対しては、地球にはどういうわけかいたるところに正義の味方がいて、なんの心配も要らないようになっているのだが、スーパーマンは就職の世話をしてくれるわけでもないし、仮面ライダーが大口の受注を持ってきてくれることもない。ああいった連中は、小市民の切実な要求に対してはきわめてふがいないのである。ひょっとすると連中も仕事にあぶれて困っているのかもしれない。
 たとえば、ハヤタ隊員が科学特捜隊をクビになったとしたら、なにをして食べてゆくのだろうか。なにしろ、勤務時間中にしょっちゅう行方不明になったり、肝心なときには気を失ったりしているのだ。彼の査定がよいとはとても思えないのである。ウルトラマンという職業は、非常に特殊な専門職なのだ。怪獣退治以外の職にうまく技能を活かすことができるのであろうか。ひとごとながら心配になる。
 スーパーマンだってそうだ。新聞記者だって会社員であるからには、行方も告げずにしょっちゅう会社を空けていいわけがない。クラーク・ケントがフリーライターだというのならまだ話はわかるが、会社員であるかぎりは特ダネさえ取ってくればいいというものでもなかろう。「ケント君、いちいち電話をかけに外出するのはやめたまえ」などと、上司に厭味を言われたりしないのであろうか。いくら実力主義のアメリカ人だといっても、大新聞社の記者なのに、まるで自由業者のように振る舞っている。こいつもいつクビになってもおかしくない。
 こういう特殊な技能(?)を持った人々が、不況のせいかおかげかで職にあぶれ、知恵を絞っていろいろな事業をはじめた結果、案外とんでもない新機軸を打ち出して社会に活力を与えてくれるということにもなるかもしれない。職にあぶれた当人にとってみれば、社会が活気づくより自分の職が安定しているほうがいいに決まっているのだが、安定すると途端に知恵を働かさなくなるのが人間というものである。なにもかもやりかたが決まっていて、量的な効率さえ上げれば商売になるのだという気楽な社会なら、人材が流動しないほうがそれこそ効率的でいい。だが、やりかたそのものを常に質的に考えていなければならない社会であれば、人材はあちこち動きまわったほうが絶対にいい。仮面ライダーだって保険の外交員になればなったで、仮面ライダー的な保険の外交(というのは想像もつかないが)を編み出すやもしれないのだ。
 個人の才能が思わぬ分野で活かされることがあるように、いっそ会社ごと転職してしまったら、とんでもない潜在力を発揮する組織もあるかもしれない。多角経営化を図ろうと畑ちがいの事業をやっていたら、そっちのほうが本業より有名になってしまったなんて会社は実在する。たとえて言えば、こんな具合だ……

 宇宙空間にぽっかりと浮かぶサンダーバード5号に、突如緊迫した声づかいの通信が入る。
「国際救助隊、国際救助隊、応答願います! すぐ――すぐに、来てください!」
「了解。ただちに現場に急行します!」
 誰も所在を知らない南海の孤島の秘密基地。その一室では、あまり首の座っていない初老の紳士が、不必要に手を振り回しながら息子のひとりに指令を出している。どこからともなく流れてきたテーマ曲のティンパニの連打が、いやが応にも緊張感を盛り上げる。
「バージル!」
 オフィスには家族の肖像画が飾ってあり、あまり歳の離れていそうにない男の子ばかりが五人である。このおやじもずいぶんとがんばったものだ。次男と三男の肖像画の目玉が不気味に光っている。どうやら通信機になっているらしい。
「日本の山本さんに松をふたつだ。わさび少なめで頼む」
「はい、パパ」
 いつも新奇な寿司を考案するブレインズという板前が握った寿司が、ベルトコンベアに乗って整然と飛行艇の格納庫のほうに流れてゆく。日本の回転寿司を応用した最新技術だ。次男のバージルはといえば、飛行艇の操縦室と直結している滑り台を、仰向けになって頭から滑り降りてゆく最中である。日本の流しそうめんを応用した最新技術だ。どうせ途中で向きを変えるのなら、最初から足を下にして滑り降りていけばいいと思うのだが、これは出前持ちの精神を回転寿司と一体化させるための儀式なのだ。“出前迅速! 回転寿司・国際救助隊”は、ただ寿司を売るのではなく、心を売るのである。
 バージルが乗り込んだサンダーバード2号の下を、巨大な冷蔵庫になっているコンテナがいくつも流れてゆく。扉には「松」「竹」「梅」などと大書してある。やがて「松(わさび少)」のコンテナが2号の真下に停止。サンダーバード2号は支持脚を収納しながら降りてくると、しっかりコンテナと合体する。
 山肌がぽっかりと口を開き、急いでいるわりにはゆっくりと姿を現すサンダーバード2号。滑走路脇の竹矢来がばたばたと外側に倒れる。むかしは椰子の木を植えていたのだが、寿司屋にもCIは必要なのだ。2号が停止すると、直下の滑走路がせりあがって傾斜しはじめ、発射台となる。
 エンジン音がいっそう甲高くなったかと思うと、アフターバーナーの噴射を垂直に受け止める形に下から板がせり上がってくる。JRのフットレストを応用した最新技術だ。最高速度マッハ6.6、全長76メートル、翼長54.9メートル、高さ18.3メートル、自重180トン、最大積載量120トン[*1]、“回転寿司・国際救助隊”が誇る超高速出前ビークル・サンダーバード2号、轟音とともに発進である。発射台から飛び出した直後に少しふらついているように見えるが、たぶん気のせいだろう。
 一方、山本さんのお宅。
「弱ったなあ、大宮のおじさん、急に来るんだもんなあ……あのおじさん、寿司出さないと機嫌悪いんだよなあ」
「ここらは寿司屋も一軒きりだしねえ。大将が里帰りしてるんじゃあねえ」
「しかし、イエローページってのは意外と役に立つな」
「“出前迅速!”ってほんとかねえ」
「信用するしかあるまいな……」
「なんだか、外が騒がしいよ――とっ、父ちゃん!」
「なんだ、ボヤかなんかか?」
 窓から乗り出した山本のおっちゃん、黒山の人だかりにびっくり。ビデオカメラを持ってきているやつもいるが、なにやらカメラの調子がおかしいようだ。
 見物人の視線を追いかけて上空を見上げた山本のおっちゃんは、あんぐりと口をあけた……。
 半年前に“にわとこ荘”から改名した“シャトー・ニューアルカディア”の真上に、なにやら巨大なものがホバリングしている。下から見ると、濃緑色のオバQのようだ。そいつが町中に響き渡る大音量で告げた。
「山本さん、山本さん、松をふたつ、わさび少なめでお持ちいたしました。1分後にパラシュートで投下します。お勘定は、スイス銀行へのお振り込みか、NIFTY-Serveの“回転寿司・国際救助隊”送金代行サービス[*2]にてお願いいたします」

……なあんてことに、なるわきゃないか(しかし高そうな寿司だなあ)。
 おっと、面白いので調子に乗って書いていたら、なんの話だったかわからなくなってしまった。
 そうそう、だから、個人の才能や組織の潜在力というのは、どこでどう役に立つかわからないものなのである(あまり説得力のないたとえ話であったな……)。
 というわけで、今年はほんとにたいへんな学生のみなさん、「これこれこういう勉強をしてきたんだから、私の入る会社はあそこしかない!」なんて悲壮な考えかたしないで、ちょいと畑ちがいの世界に飛び込んでみる気はありませんかね? 意外なところで意外な人が、あなたの知恵や技術を欲しがってるかもしれませんよ。どっちみち、不況だからって学生を冷遇するようなところは、もともと経営基盤が脆弱なんだから、案外、塞翁が馬ってこともありうるしね。もっとも、こんなこと言ってても、終身雇用なんてものが崩壊したいまとなっては、すでに就職しているわれわれにだって、同じような意識変革が必要なんですけどね……。


  「君は何度も死を免れた、君のことを理解する時にもっとも安易なのは、君
  がスパイであると決めることだ、君は何も喋らず、疑問そのものとなって行
  動した、わたしが何を言いたいかわかるかね?」
   小田桐は首を振った。
  「死なないように、それだけを考えて行動したのだ、(中略)死なないよう
  にとそれだけを考える、つまり生きのびることだけを考える、それがどうい
  うことかわかるかね?」
   小田桐はまた、わかりません、と首を振って、お茶を一口飲んだ。
  「それがゲリラの本質だ」
                    (村上龍『五分後の世界』幻冬舎)


 サラリーマン・ゲリラ化時代の到来というわけです。



[*1]このスペックは、資料によってけっこうちがっていたりするのだ。サンダーバードおたくの方は、突っ込まないように。
[*2]まだまだインターネットで金を払うのはなんとなく怖い。

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