福音は語られているのか


 教会で福音が解き明かされているとして、

 イエス・キリストの十字架の死による贖いのわざ(あがないのわざ)という出来事の内容と意味とが解き明かされているのなら。

 では、福音の何が問題なのか・・・・。

 福音が語られているのなら、

 福音の何が問題なのかも明らかにされていなければ、

 何がどうして受け入れられないのかが明らかになって初めて、

 クリスチャン人口がいまだに1パーセント未満という理由も、

 そこから導き出されるはずです。

 福音が日本の社会の中へ広く語られているのなら、

 どうして受け入れられないのかという反応も明らかになっているはずです。

 福音が届いていますか、と、問う前に、

 福音は語られているのか・・・という問いに答えなければなりません。

 まずクリスチャンに問いましょう。

 福音とは何ですか・・・・と。

 クリスチャンがその問いに答えることができて初めて、

 日本の社会がなぜ福音を受け入れられないのかが明らかになることでしょう。

 もしも福音について答えることができなければ、

 やっとスタート・ラインに立つことができるのです。

 福音について答えることができれば、

 何からの救いなのかという問いにも明確に答えることができます。


 「 ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。

 聞いたことのない方を、どうして信じられよう。

 また、宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。」

 (新約聖書・ローマの信徒への手紙・10章14節・新共同訳聖書)


北白川 スー

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Wrote up on 17 June 2011.