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back.gif第12弁論・解説


Lysias弁論集



第12弁論






[1]
  困難だと私に思われるのは、おお裁判官諸君、この告発をどう始めるかということではなく、語るのをどうやめるかということである。彼らのしでかしたことは、大きさといい多さといい、あまりに甚だしいため、虚言しようとしても実際よりも恐ろしくは告発し得ず、真実を言いたいと望んでも、すべてを言うこともできず、告発者の疲労困憊なり時間の不足なりを来すに違いないほどなのである。

[2]
 ところで、われわれはこれまでとは正反対の状態におかれているように私には思われる。なぜなら、以前は、被告たちに対していかなる敵意があるか、これを告発者たちは証明しなければならなかった。ところが今は、被告たちから、彼らが国に対していかなる敵意を有し、何のためにかかる過ちを国に対して敢えて犯したのかを聞き知らなければならないのである。もちろん、こんなことを私の言うのは、私がみずからの敵意や災禍を持たないからではなく、私的な事由ないしは公的な事由で、怒ることが万人にとって有り余るほどあるがゆえである。

[3]
 そこで私としては、おお裁判官諸君、自分自身のことはもちろん、他人のことでも事を構えたことはないのに、今、出来事のせいでこの男を告発せざるをえなくなった。そのため、しばしば大いに気後れに陥ったのである。――兄弟や私自身のために告発を行うには、私は無経験なために、無資格・無力ではないか、と。だがそれにもかかわらず、あなたがたに初めから可能な限り手短に説明するよう努めよう。

[4]
 我が父ケパロスは、ペリクレスに説得されてこの地にやってきて、住み着いて三十年になるが、未だかつて誰に対しても、私たちも父も裁判沙汰を起こしたことも起こされたこともなく、民主政体制下での暮らしぶりは、他の人たちに対して過ちを犯したことも、他の人たちによって不正されたこともないというふうであった。

[5]
 しかるに、「三十人」は、邪悪にして告訴屋であって、権職に就くや、不正事から国家を浄化し爾余の市民たちを徳と正義をめざして方向転換させなければならないと称して、そういったことを言いながら、それとは正反対のことを敢行した。これは、初めに私が私自身のことについて述べ、次いであなたがたのことについて想起させるべく努めるとおりである。

[6]
 すなわち、テオグニスとペイソンは「三十人」の前で居留民についてこう発言したのである。――この国制に憤慨しているやつらがいる。それゆえ、報復しているように思わせてこれを口実として、実際には金儲けをするのが最美である。何はともあれ、国家は貧しく、政権には財源が必要である、と。かくして彼らを聞き手たちを難なく説得した。

[7]
 人を殺すことを何とも思っておらず、財源の取得を重視していたからである。そこで彼らには、十人を逮捕したら、そのうち二人は貧者を逮捕するのがよいと思われた。それは、他の者たちに対して彼らが次のように弁明できるためであった。つまり、こんなことをするのは財産目当てではなく、国制に役立つことが生じるためである、と。あたかも、その他の何をとっても自分たちのしてきたことは道理にかなっているかのように。

[8]
 かくして、彼らは分担して家々を訪問し始めたのである。さて、私はといえば、客友をもてなしているところに彼らは来あわせて、客たちを追い出すと、ペイソンに私を引き渡した。そして、その他の者たちは奴隷人足たちを登録しようとして、製作所に出かけていった。そこで私はペイソンに、金品を受け取ったら私を救う気があるかどうか尋ねた。

[9]
 すると彼は、多額ならばと承諾した。そこで、銀で1タラントン与える用意があると私が言った。すると彼はそうしようと同意した。もちろん、彼が神々をも人間をも信じていないということを承知していたが、しかしながら、状況からして、彼から約束を取りつけるのはまったくやむを得ないことのように私に思われたのである。

[10]
 そこで、彼は自分自身と自分の子どもたちとへの呪咀にかけて、1タラントンを受け取ったら私を救ってやると誓ったので、私は寝室に入っていって貴重品箱を開けた。するとペイソンはそれと感づいて入りこんできて、中身を見ると手下の二人を呼んで、貴重品箱の中にあるものを取るよう命じた。

[11]
 ところで、彼が取ったのは、同意しただけの額ではなく、おお裁判官諸君、銀貨3タラントンと400 スタテールのキュジコス金貨と100スタテールのペルシア金貨と銀製の盃4枚だったので、路銀を私にくれるよう彼に懇願したが、彼は私に、身命が助かっただけでも歓べと言った。

[12]
 そこで私とペイソンが外に出たところに、メロビオスとムネシテイデスが製作所から帰って来て出くわし、ちょうど戸口のところで引き止めて、どこに行くのかと尋ねた。そこで彼は、ほかならぬ私の兄弟のところへ、その屋敷にあるものをも調べるために〔行く〕と言った。すると彼らは、彼には行くよう、だが私には自分たちといっしょにダムニッポスの家について来るよう命じた。

[13]
 するとペイソンが私に近づいてきて、〔私に〕黙っているように、また、自分もそこに行くつもりだから、元気を出すようにと励ました。さて、私たちはそこへ行って、テオグニスが別な人たちを見張っているところに行き合わせた。これに私を引き渡すと、再び彼らは行ってしまった。さて、かかる事態に立ち至って、少なくとも刑死はもはや必定であるから、危険を冒すのがよいと私に思われた。

[14]
 そこでダムニッポスを呼んで、彼に向かって私は次のように言った。「あなたは私の縁故者にほかならず、たまたまあなたの家にやってきたのだが、私は何ら不正していないのに、財産のために破滅しかかっている。そこであなたは、こんな目に遭っている私に対して、私の救済のためにあなたの力をどうか貸していただきたい」と。すると彼がそうしようと引き受けてくれた。彼にはテオグニスに話をつけるのがよりよいと思われた。というのは、銀を与えさえすれば、やつは何でもするだろうと考えたからである。

[15]
 そこで彼がテオグニスと対話している間に(私はたまたまこの家のことをよく知っていて、出入口が二つあるのも知っていたので)これを利用して自助してみるのがよいと私に思われたが、その際に思いを致したのは、もしも気づかれなければ、助かるであろうし、捕まっても、私の考えでは、もしテオグニスがダムニッポスによって説得されて金品を受け取れば、やはり放免されるであろうし、さもなければ、いずれにしろ殺されるであろうということである。

[16]
 こういったことを考えたあげく、彼らが中庭の扉のところで見張りをしている間に私は逃げた。じじつ、三つの扉があって、これを通過しなければならなかったが、たまたまどの扉も開いていたのである。さて、回船商人のアルケネオスの家に行き着くと、私は彼を市にやって、兄弟の消息を尋ねさせた。だが帰ってきて言うには、エラストテネスがこれを路上で捕まえて牢獄へ連行したとのことであった。

[17]
 かくして、私はこういったことを聞き知ったので、その夜の間に、メガラに渡航したのである。ところで、ポレマルコスには、「三十人」がやつらの時代に通例であった布告、つまり、毒人参を飲むべしとの布告を発令したのであった。いかなる罪状によって処刑せんとするのかを言う以前にである。それほどまでに、彼は審理されることも弁明することもまったくなかったのである。

[18]
 しかも、牢獄から屍体となって運び出されても、私たちには屋敷が三つあったにもかかわらず、そのどの一つからも葬礼を出すことをやつらは許さず、小屋を借りてこれを安置させたのである。さらに、着物も多くあったのに、懇願しても、埋葬のために一枚も与えてくれず、結局は友たちが、或る者は着物を、或る者は枕をと、各人がそれぞれ有り合わせのものを、彼の埋葬のために与えてくれたのである。

[19]
 さらに、やつらは私たちの盾700 張りを取りあげ、あるだけの銀と金、さらには銅器や装身具や家具調度や婦人用着物を、これだけ所有できるとは夢にも思ったこともないほど取りあげ、そのうえ奴隷人足120 人のうち、最善の者は取って、残りは国に引き渡し、あまりの貪欲さと強欲に陥ったあげく、自分たちの性格がいかなるものかを立証したのである。というのは、ポレマルコスの妻の黄金製の耳飾り、これを彼女はたまたま身に着けていたのだが、屋敷に踏みこむなり真っ先に、メロビオスは両耳からひったくったのである。

[20]
 そして私たちは財産の最少の部分さえも彼らの憐憫に与かることはなかったのである。それどころか、財産が原因で彼らが私たちに対して過ちを犯した様たるや、他の人たちなら大きな不正事に対して怒りをいだいた時にするがごとくであったが、少なくとも〔私たちは〕国家からそんな目に遭わされるいわれはなく、それどころか、あらゆる合唱隊奉仕を務めてきたし、多くの臨時財産税も寄付してきたし、私たち自身を規律正しく律して、義務をも果たしてきたし、誰一人敵を持ったこともなく、アテナイ人たちの多くを敵国人たちの手から〔身代金を払って〕解放してきてやったのに。ああいった目に遭わせるのが相応しいと彼らは考えた。私たちが居留民として務めを果たしてきた仕方が、彼ら自身が市民として務めを果たしてきた仕方とまったく異なっていたものだからである。

[21]
 すなわち、彼らは市民たちの多くを敵国人たちの方へ追放し、多くを不正に殺しながら埋葬拒否し、多くの市民権所有者たちを市民権喪失者と定め、多くの人たちの娘たちが嫁ごうとするのを妨害したというわけである。

   ♂この箇所における弁論術的技法については、 A Glossary of Rhetorical Terms with ExamplesのAnaphoraの項を参照。

[22]
 そして厚かましさの極みにも、弁明しようとしてここにやってきて、こう言うありさまである――悪いことは何も醜いことさえしたことはない、と。できることなら、彼らの言うことが真実であることをどんなに望んだことか。それが本当なら、私もその善に大いに与かり得たであろうから。

[23]
 ところが実際は、国家に対しても、そういったことは彼らの柄ではなく、私に対しても然りである。なぜなら、私の兄弟を、先ほども言ったように、殺したのはエラトステネスだからである。自分が私的に不正されたからでもなく、国家に対して過ちを犯しているのを目撃したからでもなく、彼自身の違法性に献身的に仕えて。

[24]
 そこで、彼に登壇してもらって尋ねたい、おお裁判官諸君。なぜなら、次のような考えを私は持っているからである。すなわち、この男の利益のためなら、彼について別な人と対話することさえ涜神的行為であると私は信ずるが、この男を害するためなら、彼本人と対話することさえ敬虔で敬神的なことだと。だから、どうか、登壇して、私があなたに質問することに答えてもらいたい。

[25]
 あなたはポレマルコスを連行したのか、否か。

 支配者たちに命じられたことを恐れて執行したのだ。

 では、あなたは評議会場にいたのか、われわれに関する論議があった時に。

 いた。

 いったい、殺すべしと命じる者たちに賛同したのか、それとも反対したのか。

 反対した、あなたがたが死刑にならないようにと。

 私たちが不正事を蒙ると考えてか。

 不正事を。

[26]
 そうすると、おお誰よりも惨めな者よ、あなたは救わんがために反対し、殺さんがために逮捕したのか。そして、あなたがたの大部分が私たちの救済の決定者であった時には、私たちを破滅させようと望む者たちに反対したとあなたは主張するが、ポレマルコスを救うも救わないもあなた独りに掛かっている時には、牢獄へ連行したのか。そうすると、抗弁したが何の役にも立たなかったという点では、あなたの主張どおりとして、それをもって有為の士と認められることをあなたは要求するが、それなら、逮捕して殺したという点では、私やここにいる人たちに償い〔申し開き〕をしようとするのではないか。

[27]
 いや、それどころか、次の点でも、つまり、抗弁したと主張しているけれども、仮に彼の言うのが真実とすれば、彼に下命されたという点でも、彼を信じられないのは尤もなことである。なぜなら、まさか、彼らは居留民たちの問題で彼の信頼性を試したのではあるまいからだ。それに、下命されないのが尤もな者は、少なくとも、本当に抗弁して考えを表明するような人物以外に、誰がいたろうか。いったい、あの者たちが実行されることを望んでいた事柄に奉仕しないのが尤もな者は、これに抗弁する者以外に、誰がいたろうか。

[28]
 さらにまた、他のアテナイ人たちになら、出来事の責任を「三十人」に帰するのには充分な理由があるように私に思われる。だが「三十人」自身が、自分たち自身に帰するとしたら、どうして、あなたがたが受け入れるのが尤もなことであろうか。

[29]
 たしかに、この国に何らかのより強力な権力が存在し、これによって正義に反して人々を破滅させるよう彼に下命されたのなら、おそらく、あなたがたが彼を容赦するとしても尤もであろう。ところが実際は、いったい全体、誰にあなたがたは償いをさせればよいのか、――「三十人」によって下命されたことを実行したのだと「三十人」が言うことが許されるとしたら。

[30]
 さらにまた、屋敷の中ではなく路上で、彼〔ポレマルコス〕をもこの連中の決議をも守ることができたにもかかわらず、逮捕して連行したのである。ところで、あなたがたは怒るはずである、――誰であろうと、あなたがたの家に侵入して、あなたがたなり、あなたながたの一族の誰かなりを探索するような者に。

[31]
 しかしながら、自分たちが助かるために他の人たちを破滅させたような者たちを容赦しなければならないとするなら、あなたがたがその者たちを〔容赦しても〕まだしも義しいであろう。なぜなら、派遣されても侵入せず、行き会っても〔取り押さえることを〕拒否するのは危険だったからである。しかるに、エラトステネスには、出会わなかった、さらには、見つからなかったということもできたのだ。なぜなら、それは糾問も拷問もされることがなく、それゆえ、敵対者たちが望んでも、糾明されることができなかったからである。

[32]
 だから、あなたは、おおエラトステネスよ、いやしくも有為の士であったのなら、むしろ不正に死刑にされそうな人たちのための通報者にこそなるべきであったのだ。不正に破滅させられる人たちを逮捕することよりもはるかに。しかるに実際は、あなたの行いたるや、事態を憂慮する人のそれではなく、喜ぶ人のそれであること明らかとなったから、

[33]
 したがってここなる人たちは言葉によってよりはむしろ行いに基づいて票決を下すべきである。周知の事実を、かつて言われたことの証拠として採用して。言われたことに関して証人を立てることはできないのだから。なぜなら、私たちには出席することが許されなかったばかりか、自分たちの家にいることさえも許されなかったので、これに加えて、連中にとっては、国家に対してあらゆる悪事を働いてきたにもかかわらず、自分たちについてどんな善い事でも言うことができるのである。

[34]
 しかしながら、この点について私は逃げるつもりはなく、あなたに同意してもよい、――お望みなら、抗弁したと。だが、私は驚くであろう、――抗弁したと称しながら、ポレマルコスを殺したあの時に、もしも賛成していたなら、あなたはいったいどんなことを実行したであろうかと。
 では、さあ、どうか、――あなたがたがたまたま彼の兄弟なり、あるいは息子なりだとしたら。あなたがたは無罪票決するであろうか。というのは、おお裁判官諸君、エラトステネスは二つのうちのどちらか一つを証明しなければならない、――彼を連行しなかったというふうにか、あるいは、それをしたのは義しかったというふうにか。しかるにこの男は、不正に逮捕したと同意したのだから、自分に関するあなたがたの票決を容易なものにしているのである。

[35]
 しかも、市人(astos)たちも外国人(xenos)たちも、多くの人々が、この件に関してあなたがたがいかなる考えを有するのかを知ろうとして、ここにやって来ている。その或る者たちは、あなたがたの同市民たちであるが、学んで立ち去ることになろう、――彼らは犯した過ちの償いをすることになるのか、それとも、めざした目的を実行しさえすれば国の僣主となれるが、失敗してもあなたがたと平等を得ることになるのかを。他方、外国人として在留しているかぎりの人たちは、知ることになろう、――「三十人」を自国から追放布告するのは不正であるのか、それとも、義しいのかということをである。何となれば、ひどい目に遭わされてきた〔悪く蒙ってきた〕当の本人たちが、捕まえておきながら放免するのなら、彼らとしては、必定、あなたがたのために自分たちが監視するのは骨折り損と考えるであろうから。

[36]
 そうなると、恐るべきことではないか。――海戦して勝利した将軍たちの方は、嵐のせいで将兵たちを海から引きあげることができなかったと主張した時に、あなたがたは死刑をもって罰したが、それは、死者たちの徳に対して彼らに償いをさせなければならないと考えてである。しかるに、この者たちの方は、私人である時には海戦に敗北するよう可能なかぎり活動し、権職に就くや、市民たちの多くを裁判抜きで殺すことに進んで同意する――、いったい、この者たちとその子どもたちは、あなたがたによって極刑をもって懲罰されるべきではないのか。

[37]
 そういうわけで、私は、おお裁判官諸君、告発さるべきことは充分であると思ったのだが。なぜなら、告発しなければならないのは、しでかしたことが彼にとって死罪に相当すると思われるところまでであると私は信ずるからである。つまり、それこそが私たちが彼らから受け取ることの可能な最後の償いなのである。したがって、このような連中を長々と告発しなければならない理由が、私はわからない。為された所業の一つの廉に二度ずつ処刑されても充分な償いをしたことにはなり得ないような連中を。

[38]
 言うまでもなく、この国では慣例となっている手を使うのも彼にはふさわしくない。つまり、告発された事柄に対しては何ら弁明せず、自分たち自身については、そのつど別なことを言ってだます――自分たちは善き将兵であるとか、三段櫂船指揮官となって敵国人たちの多くの艦船を捕獲したとか、敵対的な諸国を友邦にしたとか、あなたがたに明示して。

[39]
 しからば、明示するよう彼に命じられるがよい、――〔自分たちが殺した〕市民たちの数と同じほどの敵国人たちを殺したのはどこであったのか、あるいは、艦船を、自分たちが売り渡したと同じほど捕獲したのはどこであったのか、あるいは、国家を、あなたがたの国家を隷属させたように属領にしたのはどの国家であったのかを。

[40]
 たしかに、彼らは敵国人たちから武器を剥ぎ取ったが、少なくとも同じくらいあなたがたから奪い取ったのであり、たしかに彼らは城壁を奪ったが、それは自分たちの祖国の城壁を彼らは掘り崩したのである。アッティカを取り巻く城砦までも引き倒したような連中である、彼らがあなたがたに明らかにしたのは、ラケダイモン人たちが下命した時に、彼らはペイライエウスをも除外しなかったことばかりか、そういうふうにすれば自分たちの支配はより確実なものになると彼らは信じた、とうこともである。

[41]
 それゆえ、彼のために発言しようとする者たちの厚顔さには、私は何度も驚いてきたのである。ただし、いかなる悪事でも働く者はまた、そういう者たちを称賛しもするのであって、それは同一人物のすることだということに、思いを致すならば話は別である。

[42]
 すなわち、彼があなたがた大衆に反対なことを実行するのは、今が初めてではなく、「四百人」時代にも軍陣において寡頭制を樹立しようとし、三段櫂船指揮官でありながら、艦船を置き去りにして、ヘレスポントスから逃亡したのである。イアトロクレスその他といっしょにだったが、連中の名前を私が言う必要は何もない。そして当地に帰着するや、民主制の存続を望む人々に反対なことを実行したのである。それでは、このことの証人たちをあなたがたに立てよう。

証人たち


[43]
 さて、この〔「四百人」から「三十人」までの期間の〕彼の人生は省略しよう。だが、あの海戦と国難が生じた後、まだ民主制が存続していた時に、内乱が始まったのだが、そのきっかけは五人の人物が監督官(ephoroi)としていわゆる同志(hetairos)の力によって就任したことにあり、彼らは市民たちの糾合者である一方、一味徒党の支配者であり、また、あなたがた大衆に反対のことを実行する連中でもあった。その中にエラトステネスと クリティアスがいたのである。

[44]
 そして、この者たちは、各部族あてに部族指揮官(phlarchoi)を任命すると同時に、挙手採決すべき事項は何か、支配者になるべきは誰かを指示し、他の何かしたいと望むことがあれば、彼らが決定者となった。かくして、敵国人たちによってのみならず、同市民であるこの者たちによってまでも、あなたがたは謀られたのである、――あなたがたが何一つ善いことを票決しないように、多くのものを欠いているようにと。

[45]
 なぜなら、次のことは彼らのよくよく承知していたことだからである。すなわち、他の場合には自分たちが優越することはできまいが、悪く為せば〔ひどい状況にあれば〕〔優越することが〕可能であろう、と。そうすれば、あなたがたは目前の諸悪から解放されることを欲して、将来のことには思いを致さないようになるだろう、と彼らは考えていたのである。

[46]
 それでは、彼が監督官たちの一員であったことについて、あなたがたに証人を立てよう。当時、行動を共にしていた者たちではないが(それは私には出来ない相談であろうから)、エラトステネスその人から聞いた者たちを。

[47]
 もちろん、彼らがもし思慮分別のある者たちなら、連中に反対証言し、自分たちの罪過の教師たちを大いに懲罰するであろうし、宣誓をも、もし彼らに思慮分別があるなら、市民たちに害悪を加えるためには守るべきものと見なすということはないであろうし、国家に善事をもたらすためには、易々と踏みにじるということもないであろう。とにかく、この人たちにはこれだけのことを言って、〔廷吏よ〕どうか、証人たちを呼んでもらいたい。それでは、〔証人たちよ〕あなたがたが登壇しなさい。

証人たち


[48]
 証人たちからはお聞きになったとおりである。結局は、権力の座に就くや、彼は善いことには何一つ参加せず、そうでないことには多く参加したのである。もちろん、もしも彼が善き人であったなら、彼は先ず第一に違法に支配しないようにし、第二にあらゆる弾劾裁判に関して、評議会に対する通報者となるべきであったろう。――それらは虚偽であり、バトラコスやアイスキュリデスは真実を通報しておらず、「三十人」によってでっちあげられ、市民たちを害するために捏造されたことを弾劾しているのだ、と。

[49]
 ところで、おお裁判官諸君、あなたがた大衆に悪意をいだいていたかぎりの者たちは、沈黙することで何の損もしなかった。なぜなら、国家にとってこれ以上大きな悪事は生じ得ないような悪事を発言したり実行したりする者たちは、別に居たからである。それなのに、〔民衆に〕好意を持っていたと称しているような者たちが、どうしてその場で態度表明しなかったのか、――自分たちが最善のことを発言もし、過ちを犯している連中に思いとどまらせもして。

[50]
 だが、おそらくは、恐ろしかったのだ彼は言うことができようし、あなたがたの中の幾たりかには、それで充分であろう。しからば、彼が言葉で「三十人」に反抗したことが判明しないようにせよ。さもなければ、そこから明らかとなるのは、その程度のことで彼が満足していたばかりか、反抗しても彼らによって何一つ悪を蒙らないほどまでに彼が有力であった、ということである。しかし、彼がその熱意を傾けるべきであったのは、あなたがたの救済のためであって、テラメネス、――あなたがたに対して多くの過ちを犯したあの男のためではなかったのである。

[51]
 いや、あの男ときたら、国家は敵、あなたがたの敵こそが友であると信じていたのであり、その両方のことを私は多くの証拠によって立証するつもりである。内部対立が生じたが、それは、それ〔国家は敵、民衆の敵こそ友〕を実行して国家を支配するのはいずれの派の者たちかという対立であって、あなたがたのためではなく、自分たち自身のためであったということをも。

[52]
 なぜなら、もし不正を受ける人たちのために彼らが党争したのなら、権職に在る人物にとっては、自分の好意を示すに、トゥラシュブウロスがピュレを占拠した時以上の好機がどこにあったろうか。ところが、この男は、ピュレの砦にいる人たちに、何かの申し出をしたり善いことを実行したりする代わりに、権職に在る同僚といっしょにサラミスとエレウシスに向けて進撃して、市民300人を牢獄に連行し、ただ一度の票決で彼ら全員に死刑を有罪票決したのである。

[53]
 だが、私たちはペイライエウスに進撃し、政治的混乱が生じた後で、和解に関する交渉が持たれていたので、両派が表明したとおりに私たちはお互いに対し得ると、それぞれに大いに希望を持っていた。というのは、ペイライエウス派の人たちは優勢であったけれども、相手側に退去を許した。

[54]
 他方、市内に進撃した人たちは「三十人」を、ペイドンとエラトステネスを除いて追放し、執政官としてはあの者たちに最も敵対的な人たちを選んだ。それは、「三十人」が憎まれるのも、ペイライエウス派の人々が愛されるのも、義しいのは同一人物によってだと考えたからである。

[55]
 ところで、その中にペイドンがおり、ヒッポクレス、ラムプトラ人エピカレス、その他、カリクレスやクリティアスや彼らの結社とは正反対の立場にあると思われていた者たちも属しており、この者たちが権職に就いたので、はるかに大きな党争と、ペイライエウス派の人々に対する戦闘を市内派の者たちによって開始したのである。

[56]
 この戦闘によって彼らが実に公然と見せつけたのは、ペイライエウス派の人たちのために党争したのではなく、不正に破滅させられかけている人々のためでもなく、また彼らを苦しめていたのも、死者たちでもなく、死にかかっている人たちでもなくて、より大きな権力を握った者たちや成り金たちであったということである。

[57]
 要は、彼らは権職と国家を手に入れるや、いかなる悪事でも働いた「三十人」たちと、あらゆる悪事を蒙ったあなたがたと、その両方と戦っていたのである。しかも、万人に明らかであったのは、前者の亡命が義しければ、あなたがたのそれは不正であり、あなたがたのそれが義しいなら、「三十人」のそれは不正だということであった。なぜなら、彼らが国から追放されたのは、別の行いではなく、まさにその行いの責任を取ったのだからである。

[58]
 したがって、激怒すべきは、ペイドンが、あなたがたを和解させ復帰させるために選ばれたにもかかわらず、エラトステネスと同じ行動をとり、同じ考えを持って、自分たちよりも勝れた人たちに対しては、あなたがたを利用して悪く為す〔仇を成す〕用意があり、不正に亡命のやむなきに至ったあなたがたに対しては、国家を引き渡すことを拒んで、ラケダイモン人たちのもとに赴いて出征するよう彼らを説得したことである。〔わが〕国はボイオティア人たちのものになるだろうと中傷し、他にも特に彼らが信ずるだろうと思うことを言って。

[59]
 だが、それはうまくゆかなかった。神事が妨げになったからにせよ、彼らが望まなかったからにせよ。そのため、彼は100 タラントンを借金して傭兵を雇い、リュサンドロスに指揮をとるよう要請したのである。寡頭制には最も好意的であるが、我が国には最も悪意を有し、とりわけペイライエウス派の人たちを憎んでいる男に。

[60]
 かくして彼らは、国家の破壊のためにありとあらゆる人間を雇い、また国々にも援助を求め、あげくの果てに、ラケダイモン人たちおよび可能なかぎりの同盟諸国を説得して、わが国を和解させるのではなく破滅させることを企んでいたのである。善き人たちのおかげがなければ〔破滅させられていたことであろう〕。その善き人たちに対して、あなたがたは敵たちに償いをさせることによって、彼らにもお礼を返すことを明らかにしてしていただきたい。

[61]
 しかし、以上のことはあなたがたご自身もご存知であり、証人を立てなければならないとも思わない。とはいえ、やはりである。私は休憩する必要があるし、あなたがたのうちのある人たちには、同じ話をできるだけ多くの人たちから聞くのが快いのであるから。

証人たち


[62]
 それでは、どうぞ、テラメネスについても、できるかぎり手短に説明させていただきたい。そこで、私自身と国家のために聞くようあなたがたにお願いする。また、誰もこんなこと、つまり、〔争訟の〕危険を冒しているエラトステネスなのに、私がテラメネスを告発するのは不当だとは、思いも寄るまい。なぜなら、彼が次のように弁明しようとしていると聞き知っているからである。つまり、自分はあの人の友であったし、同じ行動に参加もしたのだと。

[63]
 もちろん、私が思うに、彼がテミストクレスといっしょに為政していたなら、城壁が建設されるように行動したと大いに言い立てたことであろう。現に、テラメネスといっしょになって〔城壁が〕破壊されるように〔行動〕したのだから。いや、彼らが等価値だとは私には思われない。なぜなら、前者はラケダイモン人たちが不承不承であるのにそれを建設したのであるが、後者は市民たちを騙して破壊した。

[64]
 そのおかげで、この国にとって尤もな状態とは正反対の事態が結果した。だからこそ、テラメネスの友たちも、彼とはたまたま正反対なことをした者を除いては、続けて破滅したとしても当然であったろう。ところが今は、見るところ、弁明はその根拠を彼に帰し、彼との交際者たちは誉められようと努めている。あたかも、彼が多くの善事の原因であって、大きな悪事のではないかのように。

[65]
 彼は、先ず第一に、先の〔411年の〕寡頭制の最高責任者であって、あなたがたが「四百人」時代の国家体制を選ぶよう説得した張本人である。また、彼の父も先議委員(probouloi) の一人として同じことをしたのであるが、ご当人の方はこの体制に最も好意的な者と思われて彼ら〔「四百人」〕によって将軍に選ばれた。

[66]
 そして栄職にある間は、自分が国家にとって信頼にたる者であることを示したのである。だが、ペイサンドロスやカライスクロスやその他の者たちが自分よりも先んじた者になるのを見、しかしあなたがた大衆はもはや彼らの言うことを聞き入れるのを望んでいないのを目にして、その時には早くも彼らに対する妬みと、あなたがたからもたらされる恐怖とが原因で、アリストクラテスの活動に参加したのである。

[67]
 そして、あなたがた大衆によって信頼にたる人物と思われることを望んで、アンティポンとアルケプトレモスを、自分の友であるにもかかわらず告発して殺し、彼の陥った悪徳たるや、彼らに対する〔民衆の〕信頼を利用して、あなたがたを隷属させたと同時に、あなたがたに対する〔彼らの〕信頼を利用して、友たちを破滅させるありさまであった。そして、栄職にあって最大の価値を認められていたため、国家を救うと自分から公言しながら、自分で破滅させたのである。

[68]
 重大で大いに価値のある方法を見つけ出したと称してであるが(〔これによって〕人質を与えもせず、城壁を破壊もせず、艦隊を引き渡しもせずに、平和を実現できると彼は請け合ったのである)。だが、それを誰にも言うことを拒み、自分を信じるよう命じた。

[69]
 そこで、あなたがたは、おおアテナイ人諸君、アレイオス・パゴスの評議会が救済に努め、テラメネスの反対者たちが多くいたにもかかわらず、しかも、他の人たちなら敵国人たちに対して機密を保持するのに、この男は、敵国人たちに向かって言うつもりの当のことを、自分の同市民たちの前で言うことを拒んだ、ということも知っていたにもかかわらず、それでもやはり、あなたがたは祖国も、子どもたちも、妻女も、あなたがた自身をも、彼に委ねたのである。

[70]
 しかるに、この男は、請け合ったことは何ら実行せず、国家は弱小にして非力にならねばならないというふうに思い決めていたので、敵国人たちでさえ誰ひとり口に出したこともなく、市民たちも誰ひとりとして希望したこともなかったこと、これをあなたがたが実行するよう説得したのである。ラケダイモン人たちに強要されてではなく、みずからが彼らに言いつけて。――ペイライエウスの城壁を取り払い、現存の国家体制を解体するように、と。彼はよく知っていたのである、――あなたがたはあらゆる希望を奪われてしまわないかぎりは、たちまち彼に報復するであろうということを。

[71]
 そして、結局のところ、おお裁判官諸君、やつら〔ラケダイモン人たち〕に言われた好機が彼によって注意深く待ち構えられるようになるまでは、民会がもたれることを彼は許さず、リュサンドロス麾下の艦隊をサモスから呼び寄せる一方、敵国人たちの陸上部隊は〔市に〕駐留したのである。

[72]
 さて、事情かくのごとくであった時に、そしてリュサンドロスやピロカレスやミルティアデスが臨席する中で、国家体制について彼らは民会を開催した。それは、提案者が誰ひとり彼らに反抗も脅迫もせず、あなたがたが国家にとって役立つことを選ぶのではなく、彼らによいと思われることをあなたがたが票決するためである。

[73]
 そこでテラメネスが立ち上がって、あなたがたが「三十人」に国家を委ね、ドラコンティデスが表明した国家体制を採用するよう命じた。だが、あなたがたは、そういう状況にあったにもかかわらず、そんなことをするつもりはないと騒いだ。あなたがたは悟ったからである、――奴隷状態か自由かをあの日に民会議論しているのだということを。

[74]
 ところが、テラメネスは、おお裁判官諸君、(これについてもあなたがた自身を証人として立てよう)こう言ったのである、――自分にはあなたがたの騒ぎなど何ら気にならない、アテナイ人たちの多くは自分と同じことを実行すると知っているからであり、リュサンドロスやラケダイモン人たちによいと思われることを言っているのだからと。さらに、彼に次いでリュサンドロスが立ち上がって、他の多くのこととともにこう言った、――おまえたちを違約者と看做すと。また、おまえたちに関係があるのは、国家体制の問題ではなく、助命の問題である、テラメネスの命ずるところを行わないかぎりは、とも。

[75]
 そこで、民会に出席していた人たちのうち、善き人々は、企みと必然〔の成り行き〕を知って、ある者はそこに留まって静観したが、ある者は退出し去った。少なくとも、国家にとって悪いことは何も票決すまいと自分たちの心に決めて。これに反して、少数の者たちは、邪悪でもあり悪く策謀してもいた者たちは、下命された内容を挙手採決した。

[76]
 すなわち、彼らにはあらかじめ指令されていたのである、――10人はテラメネスが指示する者たちを、10人は、すでに就任していた監督官たちが命じる者たちを、10人は出席者たちの中から挙手採決するようにと。というのは、彼らはあなたがたの非力を目の当たりにし、自分たちの権力もよく承知していたので、民会で問題となることをあらかじめ知っていたのである。

[77]
 これを信ずべき根拠は、私にあるのではなく、彼にある。というのは、私によって述べられたことはすべて、評議会で彼が弁明して言ったことだからである。つまり、彼は亡命していた人たちを非難して、彼らが帰還できたのは自分のおかげであって、何らラケダイモン人たちの配慮によるのではないと言い、また国家体制に参加している者たちを非難して、私の先述した仕方で為されたことすべては自分のおかげであるのに、こんな目に遭っている、――多くの確証を行いによって彼らに与え、そいつらからの誓約をとりまとめてきたのに、と言っているのである。

[78]
 そして、別の悪行も醜行も、以前のも最近のも、小事も大事も、これほどのことの責任者であった、その彼の友であると彼らは敢えて自己表明しようとしているのである。テラメネスが処刑されたのは、あなたがたのせいではなく、自分の邪悪さのせいであったが、そして、寡頭制下において償いをしたのは義しかったが(これをすぐに解体したのが彼だったから)、民主制下においても〔償いをするのは〕義しいであろう。なぜなら、二度、あなたがたを隷属させたからである。今ある体制を蔑ろにし、今はない体制を欲求して、しかも、これに〔救国という〕最美の名前を使いながら、最も恐るべき所業の教師となって。

[79]
 さて、テラメネスについては、私によって告発されたことで充分である。そこで、しかるべき好機があなたがたには到来しているのである。つまり、容赦や憐憫があなたがたの考えの中にあってはならず、エラトステネスと共に権職に在った彼の同僚たちに償いをさせるべきであり、また、戦闘の際には敵国人たちに勝つのに、票決の際には仇敵たちに負けるというようなことがあってはならない、その好機が。

[80]
 また、彼らが将来なすつもりだと称することについて、彼らに大いに感謝するのではなく、むしろ、彼らが現に為したことに怒るべきである。また、「三十人」がここにいなければ策謀するが、ここにいれば放免するということがあってもならない。また、運命がこの者たちを国家に引き渡してくれたのだが、その運命よりも拙悪だというようなことがあってもならないのである、あなたがたが自助すべき時に。

[81]
 ところで、エラトステネスばかりか、彼の友たちに対してまでも告発することになったのは、この者たちを彼が弁明の依り拠にしようとし、この者たちとともに以上のことが彼によって為されてきたからである。しかしながら、この争訟は国家とエラトステネスとでは対等になっていない。なぜなら、後者は自分自身が、審判される人々に対する告発者であると同時に裁判官でもあったことがあるのに、私たちの方は、今、「〔原告による〕告発・〔被告による〕弁明」制度のもとに立たされているからである。

[82]
 しかも、この者たちは、何ら不正していない人々を裁判なしに死刑にしたが、あなたがたの方は、国家を破滅させた者たちでさえ、法にしたがって審判することを要請するのである。この連中に償いをさせることを、たとえ違法に望んだとしても、彼らが国家に対して不正したその不正事相応の償いをさせることは不可能な相手であるにもかかわらず。いったい、いかなる目に遭えば、彼らは行い相応の償いをしたことになり得るのであろうか。

[83]
 はたして、あなたがたが彼らとその子どもたちを処刑したなら、彼らによって父を息子を兄弟を裁判なしに処刑された人々の殺害の償いを私たちは充分に受けることになるのであろうか。あるいは、あなたがたが目に見える財産を没収したなら、彼らに多くを奪い取られたままの国家にとっても、家を掠奪された私人たちにとっても、美しいことになるのであろうか。

[84]
 要は、何をしようと、あなたがたが充分な償いを彼らから受けることは不可能であるからには、いかなる償いであれ、人がこれらの者たちから受けることを望む償いをなおざりにすることが、どうしてあなたがたにとって恥ずべきことでないことがあろうか。
しかし、何でも言いかねないように私には思われる、――裁判官たちは余人ならぬ 悪く蒙った〔ひどい目に遭わされた〕当の本人たちであるのに、この男の邪悪さの証人たち当人を相手に弁明せんと今やってきているような人物なのだから。それほどまでに、彼は相も変わらずあなたがたを蔑ろにしているか、他の者たちを信頼しているかなのである。

[85]
 どちらの可能性にも意を払うことが大事である。次のことに思いを致して。――すなわち、他の者たちが同調しないかぎりは、彼らもあのようなことを実行することはできなかったであろうし、その同じ連中によって救われるだろうと思わないかぎりは、今また出頭しようとすることもなかったろう。そして、その連中がここにやってきているのは、彼らを助けようとしてではなく、もしも最大の悪事の元凶をあなたがたが捕まえておきながら放免するようなことがあれば、為されてきたことのみならず、将来にわたって何でも望みのことを実行することの大いなる免罪が自分たちにあるだろうと考えるからだ、ということにである。

[86]
 それにしても、彼らのために弁護せんとする者たちには驚きに値する。はたして、この連中は、美にして善なる者として懇願して、自分たちの徳は彼らの邪悪さよりも多大な価値があると表明しようとしているのか(望むらくは、この連中が、国家を破滅させる〔に熱心であった〕ほどに、国家を救うことに熱心であったら、よかったのだが)、それとも、語るに恐るべき者として弁明し、彼らの所業を大いに価値あることとして表明しようとしているのか。ところが、あなたがたのためには、彼らの誰一人として、未だ義しいことを述べようと企てた者はいないのである。

[87]
 いや、この証人たちは一見に値する。連中は彼らのために証言することで自分たちを告発しているのだが、それは、あなたがたのことを甚だ物忘れのいいお人好しだと看做しているからなのである。あなたがた大衆のおかげで、おそれげもなく「三十人」を救えると考えているからには。エラトステネスや権職に在った彼の同僚たちの手前、死者たちの葬儀に赴くことさえ恐るべきことであったのに。

[88]
 しかも、彼らは救われたら再び国家を破滅させることができる。ところが、彼らに破滅させられたあの人たちは、生を終えているのだから、もはや仇敵たちに対する報復に無縁なのである。それゆえ、怪しむほどのことではないのである、――不正に処刑された人たちの友たちの方はいっしょに破滅させられ、国家を破滅させた張本人たちのところには、これほど多くの者たちが援助を画策しているからには、定めし、葬儀の時には多くの人たちがやって来ることになるとしても。

[89]
 いや、それどころか、はるかに容易なことだと私は考える、――あなたがたが蒙ったことのために〔この者たちに〕反論することの方が、この者たちが為しっぱなしにしてきたことのために〔この者たちを〕弁明することよりも。しかるに、「三十人」の中で、エラトステネスによってしでかされたままの悪事は最少であったというふうに言い、それゆえに、彼は救われるべきであると要請している。しかし、その他のヘラス人たちの中では、あなたがたに対して彼が犯してきた過ちは最多なのに、彼は破滅させられるべきだとは思わないのであろうか。

[90]
 それなら、あなたがたの方で、この件についていかなる考えを持っているのかを示していただきたい。なぜなら、あなたがたが彼を有罪票決するならば、あなたがたが為された事柄に怒っているということが明らかとなろう。だが無罪票決するなら、あなたがたはこの者たちと同じ所業の熱望者であると見られることになろう。そして、こう言うことはできなくなるであろう、――「三十人」によって下命されたこ とを為したのだとは。

[91]
 なぜなら、今は誰一人あなたがたがあなたがたの考えに反して票決するよう強要していないのだから。したがって、私は忠告しよう、――この者たちに無罪票決することで、あなたがた自身に有罪票決することのないようにと。また、票決は秘密のままになると思ってもならない。あなたがたは国家に対してあなたがたの考えをおのずと表明することになろうから。

[92]
 それでは、市内派の人たちとペイライエウス派の人たちと、双方の人たちに少しばかり言及してから私は降壇することにしたい。それは、この者たちのせいであなたがたに生じた災禍を手本として、あなたがたが票決を下すためにである。そこで、先ず第一に、あなたがた市内派の人たちが考察すべきは、この者たちによってあまりに過酷に支配されたおかげで、あなたがたは兄弟や息子や市民たちを相手に戦うよう強いられたが、その戦いたるや、負ければ勝利者たちと対等を有し、勝利すればこの者たちに隷従するというような戦いであった。

[93]
 しかも、この者たちは事変のおかげで私的な家産を大いに増やしたが、あなたがたは相互の戦いによって少なくしたのである。なぜなら、彼らはあなたがたが共に益されることを認めず、共に中傷されるよう強制し、いかほど高慢に陥っていたことか、――善事を共有してあなたがたを信頼すべき相手として所有するのではなく、非難を分かち与えて好意ある者と思っていたとは。

[94]
 かくのごとき状況とは異なり、あなたがたは今、安心な状態にあるのだから、可能な限り、あなたがた自身のためにもペイライエウス派の人たちのためにも、報復すべきである。これら邪悪きわまりなき者たちによって、あなたがたは支配されていたのだということに思いを致し、しかし今は、最善な人たちと共にあなたがたが為政し、敵国人たちとも闘い、国家に関しても評議しているのだということに思いを致し、傭兵たちのことを想起して。これを、彼らは自分たちの支配とあなたがたの隷従の番人として、アクロポリスの上に据えたのだということを。

[95]
 さらに、あなたがたに向かっては、まだ述べるべき多くのことがあるのだが、発言は以上に留めておこう。他方、ペイライエウス派のあなたがたは、先ず第一に、武器のことを想起すべきである。あなたがたは多くの闘いを他国で闘ったが、敵国人たちによってではなく、この連中によって、平和時であるにもかかわらず、武器を剥奪されたのだということを。第二に、あなたがたに父たちが引き渡した国家から、あなたがたは布告によって追放され、亡命したあなたがたを彼らは国々に引き渡し要求したということを。

[96]
 このことに対してあなたがたは、かつて亡命していた時のように怒るべきであり、他にも、あなたがたが彼らによって蒙った諸悪を想起すべきである。ある者を市場から、ある者を神殿から、力づくで引きずり出して殺し、ある者を子や親や妻女から引き割いて自殺者となるよう強制し、しきたりの埋葬にさえ与かるを許さず、自分たちの支配が神々からの報復よりも確実だと考えていた彼らに。

[97]
 他方、死を免れたかぎりの人たちは、多くの場面で危険な目に遭い、多くの国に放浪し、至る所で追放布告され、必需品にも事欠く者となり、子どもたちを、ある者は祖国の敵意の中に、ある者は外地に残し、多くの者たちが敵対する中、あなたがたはペイライエウスに進撃したのである。そこで、多くの大きな危険が実際に起こった中で、あなたがたは善き人〔勇士〕となって、或る人たちを自由にし、或る人たちを祖国に復帰させた。

[98]
 もしも、あなたがたが不運に見舞われてこれに失敗したら、以前にも蒙ったようなことを蒙るのではないかと恐れて、あなたがた自身は亡命したであろうが、これらの者たちの性格から推して、神殿も祭壇も、不正を受けるあなたがたには役立たなかったであろう、不正者にさえ救いをもたらすのだから。他方、あなたがたの子どもたちは、当地にいるかぎりの者は、これらの者たちによって凌辱され、外地にいる者たちは、援助者たちから孤立して、わずかな借金のために奴隷となったことであろう。

[99]
 いや、私は将来起こるであろうことを話したいのではない。これらの者たちによって為されたことさえ能く述べ得る者ではない。なぜなら、それは一人や二人の告発者の仕事ではなく、多くの〔告発者たちの仕事〕であろうから。とはいえ、私の熱意には何ら欠けるところはなかった。神殿のためにも。――これをこの者たちは、或る部分を売り払い、或る部分を侵入して汚したのである。国家のためにも。――これを彼らは弱小化したのである。造船所のためにも。――これを彼らは破壊したのである。また死者たちのためにも。――これをあなたがたは、彼らが生きている間には庇護することができなかったのだから、せめては死んでからでも助けるべきである。

[100]
 そこで私は思う、――彼ら〔死者〕は私たちに耳を傾け、あなたがたが票決を下すのを見守るであろうと。つまり、あなたがたがの中で、これらの者たちに無罪票決する者あらば、それは自分たちに死罪を有罪票決する者とみなし、この者たちに償いをさせる者あらば、自分たちのために報復をはたしてくれる者とみなしながら。
 告発はここで留めよう。あなたがたは耳にし、目にし、身にしてこられ、手にしておられる。審判を下していただきたい。
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