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back.gif女たちの勇徳(2/3)


プルタルコス

女たちの勇徳

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〔第21話〕ストラトニケー

 さらに、ガラティアは、デーイオタロス*の妻ストラトニケーと、オルティアゴーン**の妻キオマラという、記憶に値する二人の女性を生んだ。
 *前1世紀初期のガラティアの四箇師団長。
 **前189年、ローマがガラティアに侵攻した当時の、ガラティアの3人の王子の一人。

 ストラトニケーの方は、王位継承のために嫡出の子どもたちを夫が欲しがっているのがわかったが、自分は生めないので、夫が別の女によって子づくりをして、それを自分の子としてすり替えるのを黙認するよう説得した。デーイオタロスは、かつは、その発案に驚嘆し、かつは、万事彼女の意のままにさせたので、〔ストラトニケーは〕槍の穂先にかかった女たちの中から、名をエーレクトラという器量のよい乙女を手配して、デーイオタロスといっしょに閉じこめ、生まれた子どもたちを自分の嫡子のように慈しみ深く、雅量をもって養育したのである。




〔第22話〕キオマラ

 他方、オルティアゴーンの妻キオマラの方は、他の女たちといっしょに槍の穂先にかけられた者となり果てたのは、ローマ人たちとグナイオス*とが戦争でアジアのガラティア人たちに勝利したときであった。そこで彼〔グナイオス〕は、彼女をとらえて、師団長として、その幸運を軍人らしく活用して凌辱した。当然、彼は快楽や黄金も大好きなだらしない人間であって、やはり、愛銭欲にまけて、この女性のために合意を見たおびただしい身代金で、彼女を人質解放するために引率した。そこは境界を成すある河の真ん中である。やがてガラティア人たちが渡河してきて黄金を彼に与え、キオマラを引き取ったが、彼女は一人の男に目配せして、自分に別れを告げ親愛の情を示しているそのローマ人を討ち取るよう下命した。その男が了解して、その首を切り落とすと、彼女はそれをつかみ上げて懐に包み隠して逃げ去った。そして、夫のもとにたどりついて、夫の前に首を投げ出したので、彼は驚嘆し、かつ、称讃して、「おお、妻よ、信義の美しさよ」。「ええ」と彼女が言った、「でも、もっと美しいのは、わたしと情を交わした男で、生きているのがたったひとりだということですわ」。
 *Gnaeus Manlius Vulso。ローマの将軍、前189年の執政官。

 この女性についていえば、サルディスで言葉を交わしたとポリュビオス*は主張している、――その心意気とその識見に驚いた、と。
 *メガロポリス出身の有名な歴史家。前200頃生-前118(?)没。




〔第23話〕ペルガモン*の少女

 また、ミトリダテース**はガラティア人たちの中の最善者たち〔貴族階級〕60人を友としてペルガモンに呼び寄せたが、横暴・主人ぶったふるまいと思われて、〔ガラティア人たちの〕みなが憤慨したとき、エポレードリクス――身体剛健で、精神も人並みすぐれた人物(トシオーポス人たちの四箇師団長でもあった)――が、ミトリダテースが体育所の演壇で訴えの聴取をするときに、これを演壇もろともいっしょにひっつかんで、峡谷に突き落としてやると請け合った。ところが、何らかの偶然によって、くだんの日には彼は体育所に登ってゆかず、ガラティア人たちを自宅に呼び寄せたので、〔エポレードリクスは〕勇気を出すよう、そして、同じ場所に落ち合ったときに、四方八方から飛びかかって、相手の身体を八つ裂きにして潰滅させようと励ました。このことにミトリダテースが気づかぬはずはなく、密告が起こり、ガラティア人たちを一人ずつ、処刑される者として〔処刑吏に〕引き渡した。そのうち、どうしたわけか、器量といい美しさといい、同年輩の者たちをはるかに凌駕した若者のことを思いだし、悲嘆にくれて心変わりし、苦悩すること歴然たるものがあった。初めの方で亡き者にされたと思ったからである。が、それでもやはり人を遣って、もし生きているとわかったら、放免するよう命じた。その若者は名をベーポリタノスと言った。そして、ある驚くべき運命が彼を見舞った。というのは、彼は美しく高価な衣装を身にまとったまま逮捕された。処刑吏は、それを自分のために血のつかない綺麗なまま守り通したいと望んで、その若者に〔衣装を〕そろそろと脱がせているとき、王からの使者たちがこちらに駆けつけながら、若者のその名も同時に呼ばわっているのを目にしたのである。かくして、ベーポリタノスを思いがけなくも救ったのは、多くの人たちを破滅させる愛銭心であったのだ。
 *小アジアの西岸、レスボス島の対岸の都市。
 **ミトリダテース6世エウパトル、ポントスの王、在位、前120-63年。

 これに対してエポレードリクスの方は切り殺され、埋葬されぬまま遺棄され、友たちの誰ひとりも敢えて近づこうとはしなかった。ところが、ペルガモンの一少女が――その器量ゆえに彼の存命中、このガラティア男の知己であった――、危険を承知で埋葬するため屍体を覆いで包もうとした。が、番兵たちが感づいて逮捕し、王の前に引き立てた。ところがミトリダテースは、彼女を眼にして、その小娘があまりに若く無邪気なように見え、何かに打たれたと言われている。そのうえ、どうやら、動機が恋情であることに心を動かされたらしく、自分の持ち物の中から衣装や装身具をとらせ、屍体を収容・埋葬することを認めたのである。




〔第24話〕ティモクレイア

 テーバイ人テアゲネース*は、エパメイノンダス**やペロピダス***や最善者〔貴族階級の者〕たちと同じく、国家のために大望をいだいていたが、カイローネイアでヘラス共通の運命につまずいた****。自分に対抗配置されていた敵勢をすでに制圧し、追撃に移っていたにもかかわらずである。「どこまで追撃してくるのか?」と悲鳴をあげた相手に対して、「マケドニアまで」と答えたのは、すなわち彼だったのである。
 *前338年、カイロネイアの戦いのおりのテーバイ方の将軍。
 **テーバイの将軍、為政者。前371年のレウクトラの戦いで勇名を馳せる。前362年のマンティネイアの戦いで斃れる。
 ***テーバイの将軍、為政者。エパメイノンダスと同様、レウクトラの戦いで勇名を馳せる。前364年、テッタリアのキュノス・ケパライで、ペライのアレクサンドロスを攻撃中、戦死。
 ****前4世紀後半、マケドニア王国が北方に台頭、中央ギリシアへと進出。これに対してアテナイとテーバイとが同盟を結んで戦ったが、ボイオティアの北西部カイローネイア近郊で敗北。ギリシア諸都市は、事実上、独立を失った。

 戦死した彼には妹が生き残っていて、家柄と自然本性との徳(卓越)性によって彼もまた偉大で輝かしい人物であったことを証言した。もっとも、彼女には、徳の有する有用性を享受することができたので、彼女に降りかかったような共通の不運を持ちこたえるのは容易なことであった。

 すなわち、アレクサンドロス〔大王〕がテーバイ人たちを征服し〔前335年?〕、各部隊が思い思いに襲いかかってこの都市を蹂躙したとき、たまたまティモクレイアの館を占拠したやつは、すぐれたところのない、まして育ちもよくなく、暴慢・無知のやからであった。この男はトラキアの騎兵部隊を指揮し、〔アレクサンドロス〕大王と同名であったが、似ても似つかない男であった。なぜなら、その女性の生まれも身分も畏れることなく、酒に飲み飽きると、夕食の後、彼女に夜伽をするよう命じたのである。しかも、それでおしまいではなかった。黄金をも銀をも、何か彼女によって隠されたものがあるかどうか探索した。かつは、脅し、かつは、生涯妻の地位に据えようなどと称してである。彼女は、相手が手がかりを与えてくれたのをとらえて、「生きるよりは」と彼女は言った、「今夜の前にわたしは死んだらよかった。そうすれば、何もかもが破滅したとしても、少なくともこの身は凌辱を体験せずに守れたものを! でも、出来てしまったことは出来てしまったことですから、あなたを保護者・主人・夫と考えなければならないのでしたら、それが精霊のお与えになることなのですから、あなたのものをあなたに隠しだてしてはなりません。なぜなら、わたし自身が、何なりとあなたのお望みどおりに扱われるのをわたしは見ましたから。じつは、わたしはいくつもの瓶(ekpoma)の中に装身具や銀を持っておりましたし、〔その中には〕いくらかの黄金や貨幣もありました。でも、この都市が陥落するとき、侍女たちに命じてすべてを集めて捨てました、というよりはむしろ、水の涸れた井戸の中に保管しました。その井戸は多くの人たちにはわかりもしないでしょう。なぜなら、蓋がかぶせられていますし、まわりには影濃き樹木が生い茂っているからです。これをあなた様が首尾よく手に入れてくださいますよう、そうしてわたしにとっては、この家の繁栄と輝かしさをあなたに対して証拠立て知らしめるものとなりますように」。

 これを聞いてそのマケドニア人は、昼日中を待つことなく、ただちにその場所に出かけた。案内したのはティモクレイアである。そうして、誰にも気づかれないようその森苑を閉鎖するよう命じると、着物(chiton)ひとつで〔井戸の中に〕降りていった。案内したのは、〔井戸の〕上縁に立っていたティモクレイアのための報復者たる、あのおぞましいクロートー*であった。やがて、声で下に着いたことがわかるや、彼女は多くの石を運び落とし、さらに、多くの大きな石を侍女たちが転がし落とし、ついに彼を撃ち倒し〔井戸を石で〕あふれ返らせるにいたった。しかし、マケドニア人たちの知るところとなり、彼らはその屍体を収容して、――テーバイ人たちの誰ひとり殺してはならぬとの布令がすでに出されていたので――彼女を逮捕して大王のところに引き立て、いかなる不敵な所行がなされたかを届け出た。しかし大王は、顔の表情にも悠揚迫らぬ歩きぶりにも、相当な身分の高さと高貴さを見抜いて、先ず、女たちの中の何者かと彼女に質した。すると彼女はまったく臆することなく、毅然たる態度で言った、「わが兄はテアゲネース――カイローネイアに出征し、あなたがたと戦って斃れましたが、それはヘラス人たちの自由のため、わたしたちが何もこのような目に遭わないようにするためでした。しかるに、わたしたちは生まれに不相応な目に遭ったのですから、死刑を逃れる気はありません。なぜなら、あなたがこのようなことをやめさせないかぎり、生きながらえて別の夜を体験することのないのが、おそらくは、よりよいことでしょうから」。
 *運命の女神モイラたちの中の一人。Klothoは運命の糸を紡ぐ「紡ぎ手」の意。

 すると、居合わせた人たちの中で最も公正な人たちは涙を流したが、アレクサンドロスには、この女性は同情されるよりももっと偉大なことを実行したと思って、彼女を憐れもうとは思いもよらず、その勇徳と言説――すこぶる彼を感動させた――に驚嘆し、統治者たちには、令名高き家系にかかる暴挙が二度と生じることのないよう心を注いで守護するよう申しつけ、ティモクレイアに対しては、彼女自身と、生まれの点で彼女と血が繋がっているとわかったかぎりの全員とを放免したのであった。




〔第25話〕エリュクソー

 バットス*は「幸福者」と添え名されていたが、その息子アルケシラオス**は性格面でその父親に少しも似ない人物であった。というのも、父存命中、その父親に館を攻城壁で包囲され、1タラントンの罰金を払わされたのである。そして父親が命終すると、ひとつには性本来の乱暴者であるゆえ(それがまた彼の添え名でもあった)、ひとつには邪悪な友ラアルコスとの親交を通して、王となる代わりに僭主となった。しかしラアルコスは、僭主制に対して策謀し、キュレーネー人たちの中の最善者たちを追放したり殺害したりして、その責任をアルケシラオスに転嫁した。そして最後には、海ウサギ***を飲ませてこれを消耗性の難病に陥らせて片づけ、自分は彼の子のバットス****を守ると称して支配を手にした。ところで、この子は跛ゆえに、また若年ゆえに蔑ろにされたが、彼の母親には多くの人たちが心ひかれた。というのは、彼女は慎み深く、人間愛豊かで、多くの権勢のある家族を有していたからである。そこでラアルコスもまた彼女を喜ばそうとして求婚し、彼女と結婚することでバットスをわが子とし、支配の共有者たることを実証することを要求した。だがエリュクソー(これがすなわちこの女性の名前であった)は兄弟たちと相談して、自分はその結婚を受けるつもりであるかのように、兄弟たちに会いに来るようラアルコスに命じた。そこでラアルコスが兄弟たちに会いに来たが、彼らはわざと話をはぐらかせ、追い返し、その彼のもとにエリュクソーは侍女を遣って、自分からの伝言を伝えさせた――今は兄弟たちが反対しているが、交際が成立すれば、彼らは異議申し立てをやめ、同意するであろう。だから、もしお望みなら、夜、あなたがわたしのもとにやってきてほしい。いったん始まってしまえば、残りのことも美しく運ぶでしょうから、と。
 *キュレーネー王バットス2世。アルケシラオス1世の子。在位、前583-560(?)。
 **キュレーネー王アルケシラオス2世。バットス2世の子。在位、前560-550年。
 ***一種の魚。その毒は人を死に至らせるという。
 ****キュレーネー王バットス3世。アルケシラオス2世の子。在位、前550-530年。

 このことはラアルコスにとって喜ばしいことで、婦人の情愛にすっかり舞い上がって、彼女が命じるときに出かけると同意した。こうしたことをエリュクソーは最年長の兄弟ポリュアルコスと実行した。そうして、落ち合う日取りが決められると、ポリュアルコスは妹の私室にこっそりと導き入れられた。両刃剣を帯びた二人の若者を連れてである。この若者たちは、父親の殺人者に復讐をはたそうとしていた。その父親は最近、ラアルコスが殺害したのであった。

 さて、エリュクソーが彼〔ラアルコス〕を呼び寄せたので、彼は槍持ちたちを連れずに忍び込み、かくして若者たちが彼に襲いかかったので、両刃剣で撃ち倒されて死んだ。そうしてその屍体を城壁の上に投げ捨て、バットスを押し立てて、父祖の血を引く王として宣明し、そしてポリュアルコスは古来よりの国制をキュレーネー人たちに引き渡したのである。

 ところが、アイギュプティア〔エジプト〕王アマシス*のおびただしい将兵が駐留していて、ラアルコスはこれに信を置き、彼が市民たちに恐れられたのは、そのために他ならなかった。その連中がアマシスに向けて、ポリュアルコスとエリュクソーとに対する告発者たちを派遣した。そこで王は怒って、キュレーネー人たちと戦争しようと思案しているときに、母親が命終し、その埋葬を執り行う間、アマシスからの使者たちがやってくるという事態になった。そこでポリュアルコスには、弁明に出かけるのがよいと思われた。しかし、エリュクソーも後に残ろうとはせず、随伴してともに危難に身を挺することを望み、母親クリトラもまた、老体であったにもかかわらず、後に残ろうとしなかった。この女性の身分は最高であった。「幸福者」バットスの妹だったからである。こういう次第で、一行がアイギュプトスに到着すると、他の人たちは彼らの行為を褒めそやし、アマシスもまた、その女性〔エリュクソー〕の慎み深さと勇ましさを並々ならず褒めそやした。そして、贈り物と王者に対するようなもてなしとによって讃えた上、ポリュアルコスと婦人たちとをキュレーネーに送り返したのであった。
 *在位、前569-525年。




〔第26話〕クセノクリテー

 ところで、キュメー*女クセノクリテーを、僭主アリストデーモス**に対する所行ゆえに歓愛する人は決して少なくないであろう。この僭主には、「浄福者(Malakos)」という添え名があったと思っている人たちがいるが、その真意をその人たちが知っているわけではない。じつは、彼が「浄福者」と添え名されていたのは、異邦人たちによってなのであるが、これは〔彼らの言葉では〕「子どもじみた者」の意であって、彼はほんの若造であったにもかかわらず、まだ長髪の同年輩の者たち(これを「カラス使い(koronistes)」***と彼らが名づけたのは、どうやら、その長髪のせいであるらしい)を引き具して、異邦人たちとの戦争において、世に知れた輝かしい者となった――大胆不敵さや、手ずからの勲功によってのみならず、識見と予見性において明らかに傑出していた――からである。ここからして、同市民たちに驚嘆されて最大の権職に従事し、ローマ人たちのために援軍を率いて派遣された。〔ローマ人たちが〕タルキュニオス・スウペルボス****を王として帰還させようとしたテュレーノイ人たちに戦争を仕掛けられていたからである。この出征は長引いたが、その間に、出征している市民たちの機嫌をとるためにすべてを委ね、そして、将軍であるよりはむしろ民衆指導者となって、彼らを説得して評議会攻撃と、最善者階級および最高権力者階級の追放とに協力させた。そして、これによって僭主となり、女たちや自由人の子どもたちに対する不正行為について言えば、〔それまでの〕自分とは比べものにならないくらい邪な者となった。すなわち、記録されているところでは、男の子たちには、長髪にして黄金の装身具を身につけるよう仕込み、女の子たちには、髪を短く刈り込んで、切りつめた着物(chitoniskos)の下に騎乗服(chlamys)を着るよう強制したという。しかし、それにもかかわらず、クセノクリテーにぞっこん惚れこんで、彼女は亡命者の父を持っていたにもかかわらずこれをそばに置き、その父親を帰還させることなく、まして説得もせず、どういうわけか、この処女は自分との交わりを歓愛しているのだと考えていた、――彼女が同市民たちによって羨望され浄福視されていたからである。だが、このことが彼女を満足させることはなかった。婚約なき結納なき同棲を遺憾として、この僭主によって憎まれる人たちの誰にも劣らず、祖国の自由を渇望していたのである。
 *Chalkidike Kyme。ラテン名はCumae。イタリアのカムパニア地方にあるカルキディケー人たちによる植民都市。
 **在位、前502-492(?)年。
 ***カラス(korone)を連れて物乞いの歌をうたってまわる浮浪者。
 ****第14話参照。

 おりもおり、アリストデーモスは都市のまわりにぐるりと堀をめぐらせたが、この作業は必要なものでも有用なものでもなく、市民たちを労苦と多忙さとですりつぶし疲弊させることを望んでのことに他ならなかった。すなわち、各人にある数量の土を運び出させたのであった。〔……ある女が〕アリストデーモスが近づくのを眼にして、道をよけて着物(chitoniskos)で顔を隠した。そして彼が行き過ぎると、若者たちがあざけって、冗談で尋ねた、いったいどうして、羞恥からアリストデーモス一人をよけたのか、他の男たちに対しては何もそんなことをする気にならなかったのに、と。ところが彼女は大真面目に答えた。「だってさ」と彼女は言った、「キュメー人たちの中でアリストデーモス一人が男だからね」。

 口にされたこの文句は、すべての人たちにまとわりつき、高貴な人たちを恥じ入らせて、自由のために尽力することに発奮させさえした。さらにまたクセノクリテーもこれを聞いて、自分も、アリストデーモスといっしょに扶養やこれほどの権力に与るよりは、父がここにいれば、そのために土地を献じたいのに、と言ったと伝えられている。そしてこのことは、アリストデーモスに対して謀反を起こした人たち――これを嚮導したのはテュモテレースであった――を勇気づけた。かくて、クセノクリテーが進入路と、アリストデーモスが丸腰・無防備であるのが確実な時とを彼らに保証したので、難なく闖入して彼を潰滅させた。こういうふうにして、キュメーの人たちの都市が自由になったのは二人の女の勇徳によってであり、一人は彼らに行動の思いつきと衝動をかき立て、もう一人は目標に向かって手助けをしたのであった。

 さらに、諸々の名誉と大きな特典がクセノクリテーに申し出られたが、彼女はすべてを断り、たったひとつ要請したのは、アリストデーモスの身体を埋葬することであった。そこでこれも彼女に認められ、また、彼らはデーメーテールの女神官に彼女を選んだ。この女神に嘉せられるほど彼女にふさわしい名誉はあり得ないと考えたからである。




〔第27話〕ピュテース*の妻

 さらに、クセルクセス**の同時代人ピュテースの妻も、知恵と雅量のある女だったと言われている。すなわち、ピュテース本人は、どうやら、金鉱を見つけたらしく、そこから得られる富を歓愛し、その程度たるや程々ではなく、飽くことを知らぬ極端なもので、みずからそのことに従事したのみならず、市民たちに強要して、みな見境なく金の採掘・運搬・精選をするよう強制し、他には何も働きも、商売さえもさせなかった。そのため、多くの者たちが亡くなり、全員が疲弊しきったので、女たちがピュテースの妻の門前にやってきて、嘆願の枝を置いた。すると彼女は、彼女たちを立ち去らせ、元気を出すよう呼びかけ、自分は、黄金細工師たちの中で、自分が最も信を置いている連中を呼んで、閉じこめ、黄金製のパンや、とりどりの焼き菓子や、果物や、ピュテースが副食や主食として一番喜ぶことを彼女が知っているかぎりのものを作製するよう命じた。そうして、すべてが出来上がったとき、ピュテースが外国からもどってきた。たまたま外遊していたからである。そこで妻は、夕食を催促する彼のために、黄金製の卓をしつらえたが、そこに載っているのは、食べられるものは何もなく、すべてが黄金製の品物であった。初めのうちは、ピュテースはそれらの模造品を喜び、その光景に満足したうえで、食事を催促した。しかし彼女は、何でも彼が渇望した当のものの黄金製品を差し出した。これには彼も立腹して、腹が減ったと吠えたてると、「でも、あなたなのです――こういったものの恩恵を」と彼女が言った、「他のものの恩恵は何ひとつ実現なさらないのに、わたしたちのためにたっぷりと実現なさったのは。というのも、交易や手工業はみな遠ざけられ、耕作する者は誰ひとりおらず、種まきも植え付けも大地の育成もわたしたちは後ろに置き去りにして、無用なものを掘り起こし、探し求めているのです、自分たち自身も市民たちをもすり減らして」。
 *リュディアの富豪、アテュスの子。プリュギアのケライナイに住んでいたと考えられる。ヘロドトス『歴史』第7巻27-39参照。
 **クセルクセス1世、在位、前486-467年。

 このことがピュテースを動かし、金鉱への従事をすべてやめたのではないが、市民たちの5分の1には順番に働くよう命じ、残りの者たちは農業や手工業に振り向けたのである。

 さて、クセルクセスがヘラスに攻め下ったとき〔前480年〕、〔ピュテースは〕そのもてなしと贈り物の点で最も輝かしい者となって、王からの返礼を要請した――自分には多くの子どもたちがいるので、そのうちの一人を従軍から免除して、自分の養老役として後に残してほしい、と。するとクセルクセスは激怒して、相手が引き渡しを願った当人は、これの喉をかき切って二つに切り分け、その真ん中を軍隊が通り抜けるよう命じ、その他の子どもたちは〔大王が〕引き連れて出陣し、戦闘で全員が亡くなった。

 こういう次第で、ピュテースは意気阻喪し、悪人たちや愚か者たちの多くと同じことを体験した。すなわち、死を恐れる一方、生きることに苦悩したのである。そして、生きることを望まず、さりとて生を手放すこともできず、都市の中に大きな塚があって、河――これを彼らはピュトポリテースと名づけていた――が貫流していたので、その塚の中に霊廟をこしらえ、河の流れを引き込んで、河が塚の中を通って、その墓に接するようにし、これらが出来上がると、自分はその霊廟に降りて行き、妻には支配と都市全体を委ねたうえ、命じた――自分には近づかないよう、しかし、自分の食事は毎日〔彼女が〕小舟に乗せて、その小舟が手つかずの食事を乗せたまま墓のそばを通過するときまで、送り届けるよう、しかしそのときになったら、自分は死んでしまったものとして、送るのをやめるよう、と。こういうふうにして、彼は余生をすごし、妻の方は支配に美しくたずさわり、諸々の害悪からの変革を人々にもたらしたのであった。

1999.3.22 訳了

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