title.gifBarbaroi!
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創作



夜道





 ボクは、お腹の白いピパ族の、ルクレルクと言うカエルです。ガガンボ池の南の方に住んでおります。

 このごろのボクときたら、お腹がむしゃくしゃするものですから、こうやって酒ばかり飲んでいるのです。それにまた、この居酒屋の名前が、今のボクの気持にぴったりなのです。店は、酒場「墓地見晴し亭」という名前です。ボクは、この居酒屋の名前が、とっても気に入っているのです。

 むこうの隅で、さいぜんからぶつぶつ言っているのは、亭主のソムムメルというイボガエルです。そんなに気味悪がらなくとも、ようございます。なに、あんな顔をしてはいますが、あれでなかなか気のいいやつなんですよ。

 酒場「墓地見晴し亭」は、小高い丘の上にあって、このとおり眺めは非常にいいのですが、店のきたなさもこのとおりなもんですから、客なんて来っこありません。それがまたボクの気に入っているところなんてすが、享主のソムムメルにとっては、頭痛の種子であるようです。ソムムメルの口から、不平の聞かれない時はありません。

 「お客さん。あっしの店は、どうしてこうも不景気なんでがしょう。あっしはいつも考えておりやすが、どうも店の名前が悪いんでがしょう」

 亭主のソムムメルは、客をつかまえてはそう言うのです。もっとも、客といっても、いつもボクぐらいのもんですが。

 そのたぴに、ボクは居酒屋の亭主をなだめてやるのです。これ以上にいい名前はどこの世界に行ったってありゃしないよ、と言ってね。でもソムムメルは、どうしても納得しません。最近では、どうやら店の名前を改める決心をしてしまっているようてす。措しまれてなりません。

 ああ、あれですか。あれは亭主の癖なんです。鼻の頭にできものがあるでしょ。よっくごらんなさい。さもなきゃ、他のイボと区別できっこありませんからね。あのできものが気になるもんだから、亭主のソムムメルは、いつもああやって鼻をほじくっているのです。気になさることはありません。イボガエルなんて、野卑な癖の一つやニつ、きまって持っているものなんですから。

 それにしても、スカンポ酒の強いことといったら、ボクは少しぱかり飲みすぎたようです。何と言ったらいいか、まるでボクの魂は、夢の国をさまよっているみたいです。夢の国というのは、青い青い海の底のようで、ただそれだけのことなんですが、気の遠くなるような金属音が、ボクをひどく苦しめるのです。そして赤いスカンポ酒のグラスが、津波のようにボクを襲ったり、ソムムメルの鼻の頭のイボが、まるでノクス山のように大きく見えたり、そんなふうに世の中が歪んで見える時に、ああ自分は夢の国に居るのだなって気づくわけなのです。これは、どうやら、スカンポ酒の特徴のようです。しかしボクときたら、酔っていない時でさえ、やはり世の中が歪んで見えるのです。ああ、何というさみしさでしょうか。いつも夢の国に生きているボクは、そこがどんなにさみしい国か、ひしひし身にしみて感じるのです。

 コアクス、コアクス。さきほどボクは、ピレネ通をのそのそ歩いておりました。たそがれ時でした。ボクと同じ部族のカエルも、たくさん歩いておりました。

 たそがれは、どことなくさみしくて、声高にしやぺることさえ、何となく気がとがめる時刻です。そのくせ、何となくあわただしい気分にもなります。カエルたちは、ひそやかに話し合いながら、いそいそと歩いておりました。ガガンボ池で、今年最後のコロスがあるということでした。

 夕もやの中で、ボクはポスト氏を見つけました。赤い顔をして、間のぬけた口をぽかんと開けたポスト氏は、何やらわびしそうな表情をして、いつまでも路傍に立ちつくしておりました。

 「こんばんわ。今日もおセンチな夜が来るようですね」
 ポスト氏はボクに話しかけました。

 「おセンチかどうかは知りませんが」とボクが答えました。「とにかく今日も夜は来るようてす。新しい詩でも作れそうですか」

 ボクは、ポスト氏が詩人だってことを知っているのです。だってポスト氏は、いつもしやれた赤いベレー帽をかぶっているじゃないですか。

 「だめですね」ポスト氏の声は絶望釣てした。「わたしは、気が遠くなるほど長い間、ここにこうやっ立っているのですが、いくら待ってもイメージというやつが湧いてこないのですよ。それにわたしは、人間の言葉っていうのを、毎日それは嫌になるほど食べなければ生きてゆけないのですが、あれは詩的精神にとってよくないようです。言葉がイメージを食い殺してしまうのです。とくに人間の言葉というやつは、悪意と嘘とに満ちていますからね。人間はよくもまあ平気な顔をして、あんなに嘘がつけるものかと感心させられますよ。人間には言葉があっても詩情がないようです。カエルみたいに平気な顔をして生きていますよ」

 こう言いながらポスト氏は、ボクの顔を見て、しのびやかにケケケケと笑ったのです。

 「何がおかしいのですか」
 「いえ、あなたの眼は、ほんとうに人間とそっくりですね。人間というのは、執念ぶかくて意地悪そうな眼をしているのですよ」
 「なに、あなただって。あなたのお腹の中は、その悪意と嘘とに満ちた人間の言葉というやつで、それこそいっぱいなんでしょ」
 「でも、それがわたしの宿命なんですから」
 ポスト氏は顔を赤らめて、もうそれっきり黙ってしまいました。そして前よりもいっそう悲しそうな表情で、ぽかんと口を開けて立ちつくしておりました。

 ごらんなさい。ノクス山の上に、今日も大きな月が出ました。ぼんやり赤い月が。お盆にのせたリンゴのように。

 あれを見ると、ボクは悲しくなってしまうのです。ほら、もう今にも涙が出そうです。

 「ブレケケケ、ごらんなせい。ノクス山に赤い月が出ただ。あいつが出た日にや、きっと何かよくねえことがあるだ」。享主のソムムメルが、ぼそぼそつぶやいています。つまらなさそうに鼻をほじくりながら。

 ノクス山に赤い月が出る日には、ボクたちピパ族の誰かに、きっと何かよくないことが起こるに違いないのです。去年の夏、ボクの兄さんのガビラが、ヤマカガシに喰われて死んだ日にも、やっぱり赤い月が出たのでした。

 ガビラ兄さんは、たいへんなニヒリストでした。「少年は死に憧れていた」というのが、兄さんの大好きな言葉だったのです。だから兄さんがヤマカガシに喰われた一件についても、それは兄さんがホタルとヘビの眼とを間違えたためだと主張する者と、それはガビラが自分からヘビの口に飛び込んだのだと主張する者とに分かれたほどです。しかし結局「真相は不明」ということになってしまいました。

 御存知ですか。ヘビの眼は、月の夜など、ホタルのように光るのです。氷のような眼をした伊達男のヤマカガシのやつは、ボクの兄さんを呑みこんてしまいました。それも頭からゆっくりゆっくり。そのためにガビラは、とても長いあいだ苦しがって、アッカーラ、アッカーラと叫んでおりました。ヘビに呑みこまれて死んでゆく力エルが、どんなに悲しい鳴き声をあげるかは、知らないものには想像もできますまい。ボクたちはみんな、葦の葉陰から、ガビラ兄さんの最期を覗き見していました。

 ガビラ兄さんの叫び声は、ガガンボ池のむこうまてとどいたということです。これはもぐらのタルパ氏も証言しておりました。その時のヤマカガシの無表情といったら、とてもこの世のものとは思えないほどでした。

 そうしてガビラ兄さんは、白いお腹のところまで呑みこまれた時、とうとうぐったりと動かなくなってしまったのです。

  アック・タハラ・ボボボ・ラ・ビオ

これが兄さんの最期の言棄でした。ボクの耳には、ガビラ兄さんの最期の言葉が、今でも響いて来るのです。かあいそうなガビラ兄さん。その夜ボクたちは、月に向かって、アッカーラ、アッカーラと泣いたのです。今から考えると、別に兄さんのために泣いたのではなく、とにかく何が何でも泣くということが、ボクたちには素敵なことなんだという、ただそれだけのことだったようです。だから、ガビラ兄さんと全然無関係な者たちまで、やはり月に向かってアッカーラ、アッカーラと泣いておりました。

 いつの日のことだか、ボクは友人のボメスと、北の方にある教会に行ったことがあります。ここから見ると、ほら、かすかに教会の尖塔が見えるでしょ。あすこてす。

 しかし、別にお祈りをするために行ったんじゃないのです。神様なんて信じているカエルは、めったに居ませんからね。あの教会の裏庭にあるヤツデの葉っぱは、居心地が非常によいという、ただそれだけのことだったのです。

 あれは、濡れるような闇とでも言うのですか、そんな表現がぴったりの夜でした。大きなヤツデの棄の上に、ボクの友人のボメスと長いこと寝そぺっておりました。

 ひっそりとしておりました。ヤツデの葉たちも、こころなし頭を垂れて、瞑想にふけっているみたいでした。その静けさを乱すようなものは、何もなかったのです。たとえ少しの騒音が伝わって来たとしても、それらはすぺて、全くの別世界のもののように思われました。

 その時、ボメスが、ボクをちょっとこつきました。そして教会の中を黙って指さしたのてす。

 輝く灯光が、大きな窓いっぱいにあふれておりました。しかも黄色い光のあふれる大窓は、濡れるような暗闇の中に、ぽっかりと浮かんでいるみたいでした。ボクとボメスとは、ヤツデの葉の先までにじりよって、身体をすり寄せるようにしながら、教会の窓をのぞいて見ました。

 そこは礼拝堂なんでしょう。長い机がいくつもきちんと並んでおりました。飾りのない壁を、明るい光が大理石のように輝かせていました。しかし、それがかえって、部屋の中をわびしくさせているようにボクには思えました。

 ボメスがボクに指さしたのは、礼拝堂の中に座っている一人の人間の少女でした。礼拝堂には、その少女が独りきりで、頭を垂れてお祈りをしていたのです。

 ボクとボメスとは、闇の中から、独りぼっちの少女を包んだ、黄色い光に満ちた礼拝堂を見つめていました。ヤツデの葉の上から、闇に浮かぶそのがらんとした空間をのぞきこんでいたのです。それはまるで、黄色い色と独りの少女を閉じこめた、透明なガラスの球を見ているようでした。

 それからしぱらくして、ボクたちは少女の祈りを邪魔しないよう、ヤツデの葉っぱからそろそろ降りて、そして帰ったのてす。

 ボクたちは、長いあいだ黙って道を歩きました。とくにボメスは、何か深い感動を受けたみたいに、腕を振り回しながら、ぴょんぴょんはねていました。ピレネ通の例の所で、ポスト氏がつまらなさそうに立っているのにも気づかないくらいでした。

 ポスト氏「こんぱんわ。奇妙な二人がそろってどちらへ」
 ボク「ガガンボ池へ帰るとこです」
 ポスト氏「そちらのボメスがたいへん興奮しているみたいですけど」
 ボク「彼はなかなかの感動家ですからね。ブレケケケ」
 ポスト氏「ピパ族のかたに感動家が居るなんて、これは新しい発見ですね。あなたがたは、いつもブレケケケと笑っているものだとばかり思っていましたよ。何か感動的な光景でもありましたか」
 ボメス「お前さんは感動がどういうものか、知らないようだね。感動の裏を返せぱ冷淡と同じようなものさ。ところでお前さんは信仰心というものを持っていますかね」
 ポスト氏「信仰心も感動もさして変わりないでしょ」
 ボメス「ところが大違いさ。感動するのはあくまで傍観者で、詩人は感動する自分に満足しているだけなのさ。たからお前さんが詩人だってことを、オレは否定しないさ。しかし信仰するものは不断に努力するのさ」
 ポスト氏「努力しても、別にどうということはない、というのがわたしの考えなんですけれど」
 ボメス「だからオレは、はっきり言わせてもらうなら、お前さんが嫌いなのさ。お前さんは不真面目だ。別にどうということもない、だと。その通りさ。どうなるか解ったもんじゃない。しかし、だ。オレはこの*しかし*を後生大事に守って生きてゆこうとしているのさ。お前さんとオレとの違いはその一点なのさ。とにかく、この世には光の世界と闇の世界とがあるってことを、オレは今から信仰するのさ。では、さようなら、だ。お前さんはいつまでも、間抜け面をしてそこに立っているがいいのだ」

 あの日から、ボメスはガガンボ池から姿を消してしまいました。ノクス山に登るのを見たと言う者も居ます。亭主のソムムメルに言わせれば、彼もボメスをよく知っているのですが、ボメスは「全くの狂人」で、「カエルとしてあるまじき」存在だというのです。

 おや、まだこんな時間ですか。それにしても時間というやつは、おそろしく単調で、しかも無感動に満ちているものです。ボクはひどく退屈しております。

 ピパ族のコロスも始まったようです。ガガンボ池から聞こえて来るでしょ。まるで夜の底のようなガガンボ池から。

 酒場「墓地見晴し亭」の、享主のソムムメルのぶつぶつ声は、一向におさまりそうにもあリません。さいぜんよりもひどくなったみたいです。どうやら亭主も音楽会に行きたがっているようです。あんなに非音楽的な顔をしてはおりますが。

 ゲゲゲゲ。こんな声をソムムメルがあげたら、くれぐれも用心しなけりゃなりません。それこそ火のように襲ってきますからね。御存知ないかもしれませんが、彼の身体のイボは毒を出すのです。スカンポ酒には、その毒がちょっぴり混ぜられているという噂です。

 ボクの母さんは、ボクたちがまだ小さいころ、なぜか気が狂って死にました。そしてボクたちは、親切なカプレ小母さんに育てられたのです。

 養い親のカプレ小母さんは、ボクたちに昔話をよくしてくれました。

 その昔、月はあんなぐあいに、高い空にかかってはいなかったのだそうです。ボクたちのずっと遠い先祖が、月と呼んでいたものは、もっと小さくて、数もたくさんあって、ピパ族のカエルたちはみんな、めいめい一つずつ月を持っていたのだそうです。

 ピパ族のカエルは、円いぴかぴか光る月というものを、手にしっかりと握って産まれたのです。そして、その月の真ん中に銀の糸を通して、首からぶらさげたそうです。そのおかげでピパ族のカエルは、暗い夜道を歩いても、誰ともぶつかり合う心配はなかったのです。

 ボクたちの先祖は、そのことを大へん誇リにしておりました。まるで勲章のように月を首からぶらさげて、ボクたちの先祖は、お腹をつき出すようにしながら、暗い夜道を歩き回っていたのだそうです。そして他の種族のものに出会ったら、誇らしそうに自分の月を見せてやり、仲間と出会ったら、月の輝きぐあいを競いあったのでした。

 ボクたちのお腹がこんなに白いのは、そのころの月の光が、まだいくぶん残っていて光るからだそうです。

 ところで、カプレ小母さんの話では、高貴なテルシテス大王の御代のこと、王様はうっかりしていて、寝室で月をなくされたのだそうです。ピパ族にとって月をなくすということは、自殺したり気が狂ったりすることよりも不名誉なことでした。

 王様は寝台のあちらこちらと月を探し回られたのですが、どうしても見つかりません。王様はすっかり困ってしまわれました。

 「かくなる上は」と王様はおっしゃいました、「コクランの知恵を借りずばなるまいて。コクランめ、もしよい知恵をひねり出さぬなら、その時は殺すまでじゃて」

 コクランというのは、ピパ族の中で最も有名な学者でした。

 テルシテス大王は、コクラン先生をこっそり御自分の寝室に呼びつけられて、こうおっしゃいました。

 「昨夜のことじゃ、余は悲しい夢を見た。それは、余がガガンボ池を歩いておると、まだいたいけな子供を、皆して責めておるのじゃ。いかがしたと尋ねたところ、その子供が池に月を落としたと申すのじゃ。のう、コクラン。余はこの夢に胸が痛んで、今朝はこの寝室からよう出ぬのじゃ」

 コクラン先生は心の中でニンマリとしたのですが、そこはしかつめらしい顔をして、王様に調子のよい演説をしたのです。

 「コアクス。ありがたいお心づかいでござります。かかる月を持っておりますことは、われわれピパ族の誇りとするところではござりますが、それがまたわれわれに害を及ぼしておるのでござります。誇りが今や高ぶりとなり申して、ピパ族は高慢なりとの悪評さえ聞かれまする。またこの月たるや、使用に際してはぶらぶらと定めなく、まことに不便。更には小さきが故に紛失のおそれあり、紛失したるものは己が命を以て購うという悲劇も生じておりまする」

コクラン先生は、ここでちょっと言葉を切って、そして再び続けました。

「ブレケケケ。ありがたいお心づかいでござります。いかがでござりましょうか、全ピパ族の有する月を一つにこねあげまして、太陽のごとく空に吊しておくということにいたしましては。さすれぱこのいと大なる月は、大きいが故に紛失のおそれなく、たとい紛失すといえども見つけやすきことは火を見るより明らか。また首なぞにかけて苦労する必要もなく、月くらべなんぞという愚かなる争いもなくなると存じまする。ことに夜の太陽として四方を照しますからには、ひとりピパ族のみならず他の種族の喜びとするところとなり、且つかかる大偉業をなしたるテルシテス大王の名声たるや、永遠に消ゆることはござりますまい」

 もちろんテルシテス大王は、コクラン先生の言うとおり、全ピパの民の月を一つにこねあげるよう命令なさいました。

 それは大変な仕事だったそうです。もっと大変なのは、こねあげられた巨大な月を、ノクス山の天辺まで引っぱりあげることでした。大人も子供も、男も女も、その月を引っぱったのですが、何度も何度も転がり落ちたそうです。そしてそのたびに、多くの仲間が踏みつぶされて死んだのです。その数は一万三千二百匹だったそうです。ごらんなさい。月の中に影のようなものがあるでしょ。カプレ小母さんの話では、あれは月に踏みつぶされて死んだカエルの跡だそうです。月がノクス山の天辺に引きあげられた時、それは死んだカエルたちの血で赤い色になっていたということです。

 その月が、どうしてあんなに空高く、手のとどかないところに飛んで行ったのかは、いまだに解けない謎とされています。

 それから、これはずっと後になって解ったことですが、テルシテス大王のなくされた御自分の月は、実はホタルが王様の寝室から盗んだのだそうです。それが証拠には、ホタルは今も小さな月を、まるで自分のものであるかのような顔をして、皆に見せびらかせているではありませんか。それが解ってからというもの、ホタルとピパ族とは永遠の宿敵になったのです。

 「ホタルなんて軽蔑しておやり」カプレ小母さんはボクにいつも言うのです、「でも、取って食べてやろうなどと思ってはなりませんよ。ガビラ兄さんみたいになるからね」

 コアクス、コアクス、ブレケケケックス。そのカプレ小母さんも、つい先日なくなってしまいました。カプレ小母さんは、石に打たれて死んだのです。どこからか小石がびゆっと飛んで来て。

 もぐらのタルパ氏の話では、その小石は人間の子供たちが投げたものだということでした。ガガンボ池のいちぱん遠くまで、誰が小石を投げられるか競争しようとして。むごい話ではありませんか。人間たちにとっては遊びでも、ボクたちカエルにとっては死なんですから。

 カプレ小母さんは、ピパ族の中ても、お腹の白い上品な婦人でしたのに、その死にざまはみじめでした。一言もいわずにぺしやんこになってしまった姿は。でもカプレ小母さんは、常々こう言ってました、「おまえ、死ぬってことは恐ろしいことでも恥しいことでもないのだよ。ただその日のために、この白いお腹をもっともっと白くしておくのだよ。汚いお腹をして死ぬのは恥しいことだからね」

 プレケケケックス。笑っているのではありません。ボクは泣いているのです。ボクは死んだカプレ小母さんを背中にしょって、光る道を歩いたのてす。せめて立派なお墓でも作ってあげようと思って。

 まだ小さな妹のピパラが、何も知らずにボクの後からついてきました。歌なぞうたいながら。その歌といったら、どこで憶えたのかは知りませんが、まるでもう火事みたいでした。

 そうして妹のピパラは、まるで男の子みたいなロ調で、「よう、兄ちやんよう。どうして今日のお月さま、あんなに赤いの。よう」って聞くのです。

 「カプレ小母さんが死んだから、お月さんも悲しいのだよ」とボクは言ってやったのです。
 「死ぬってどういうこと。よう」ピパラはボクを後ろに引っぱって尋ねるのです。
 「もうお返事しなくなることだよ」
 「嘘だよう。兄ちやんの嘘つき。ピパラは知ってるよだ。死んだら兄ちやんの背中におんぶしてもらうことだよう。ピパラも死んじゃう」

 そう言って、妹のピパラは、地面にぺたりと座りこんでしまったのです。

 ボクはピパラのくりくり頭をなぜてやりました。ピパラは不思議そうな顔をして、ボクを見上げておりました。ピパラのちょこんと低いお鼻が、ボクにはかわいくてしかたないのです。

 月が、死んだカプレ小母さんを背負ったボクの長い影と、ピパラのぴょんぴょんはねる小さな影とを、闇に光る道の上に投げかけておりました。

 「こんばんわ。お待ちしておりました」

 ビロードの長衣をすっぽり着たもぐらのタルパ氏が、人待ち顔を地面から出しておりました。タルパ氏はなかなかの学者で、そのうえ非常な金持でしたが、職業は葬儀屋でした。

 「わたしは、あなたがたを待ちながら、さいぜんからあの月を眺めておったのです。こういう夜は、何かしらしみじみとさせられますねえ」
 タルパ氏は、眼をほちほちさせながら言いました。
 「あなたのような小さな眼でも、ものがよく見えるのですか」
 「さあ、そこなんてす。長いあいだ暗いところで本ぱかり読んでいるもので、わたしはあらゆるものがぼんやりとしか見えないのですよ。あなたがたの顔もね。だからもう少しこちらへ来てくれませんか」
 「とんでもありません」ボクは一プース飛ぴのいて叫びました、「あなたの大食ぶりを知らないものは居ませんからね」
 「いや、ご心配には及びません。誰にも信じてはもらえないのですが、わたしは菜食主義を修練しているのですよ。脳にはあれが一等いいようですからね。だからもう少しこちらへ」
 「いえ、ここでけっこうです」

 ボクは、一プース以上は決してタルパ氏には近よりませんでした。何の恐れも知らない妹のピパラが、タルパ氏のビロードの長衣を引っぱりに行こうとするのには、ボクもほとほと困ってしまいましたが。

 「わたしとあなたがたとを隔てているものといえぱ」とタルパ氏が悲しそうに言ったのです、「たったの一プースですが、しかしその一プースが、心においては実に無限の距離になるんですからね」

 「でも、しかたのないことです。あなたは大食家のもぐらで、ボクたちはカエルなんですから」

 ボクたちの通話はそこで途切れてしまいました。ボクはカプレ小母さんの死体をタルパ氏に頼むと、妹のピパラの手を引いて、月の夜道をガガンボ池に帰ったのです。みちみちピパラは、再び大きな声で歌をうたっておりました。

 おや、もうずいぶんつまらないことを話してしまいました。亭主のソムムメルも、早く帰れと言いたげな眼でこちらを見ています。何て意地の悪い眼なんでしょうね。イボガエルってやつは。それじや、ボクはふらりふらりと帰ります。ガガンボ池で、妹のピパラも待っていることですから。ボクには似合いませんが、詩でも吟じながら。

  おのが影と二人して
  月夜の道を歩めかし
  誉れ高きピパの子らは
  汝と共に悲しみ歌わん

(1969.1.)

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