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back.gif人生の味覚
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FREEZE ROOM




☆前に、小説を書く練習をしたが、その作品の中に、すばらしいものがあったので、ここで紹介しておきたい。

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   FREEZE ROOM
                   加地弘佳

 プリュームは一階の書斎で本を読んでいた。二階の一室では、二匹の獣が人間の肉を食らい、その血をすすっている。窓の外では、一匹の蟻が冬の冷たい風にさらされ、こごえ死んでいる。

 プリュームの家を白蟻がかじっている。その音が、プリュームの部屋の静かな空間に、やけにうるさく響きわたる。プリュームの部屋の壁はとても冷たい。ベッドもとても冷たい。だから、プリュームはいつも外へ出てみる。

 ドアの外には、だだっ広い平野がつづいている。平野にはぽうぽうと雑草が生えている。遠くの方に高い壁がたたずんでいる。プリュームはその壁に向かって、大急ぎで走って行く。

 高い高い壁が、プリュームの眼の前に、のしかかるようにそそり立っている。プリュームは、その壁の向こうの景色がどんなだか知りたく思う。だが、その高い壁を乗りこえてゆくだけの勇気はない。プリュームは、《壁の向こうをのぞいたら、きっと自分の見たことのない新しい世界、きっと自分の部屋よりもあたたかい世界が広がっているにちがいない》といつも思う。

 プリュームは、ふたたび、冷たいベッドのある、冷たい壁に囲まれた、静かに冷たい自分の部屋に帰る。そして、窓の外でこごえている蟻を見やりながら、《明日こそはきっとあの壁の向こうの景色を見よう》と心に誓う。そうすると、自分の部屋がいくぶん暖かくなっていくような気がするから。

 蟻の頭の上に青ざめた月が転がり落ちてきた。白蟻は、まだうるさくプリュームの家をかじっている。

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☆今、君たちにとっては、進路のことが問題である。ところで、ぼくの高1時代を振り返ってみるならば、進路のことなんてほとんど考えたことがなかった。教師は教師で、進路のことで面談するなんてこともなかった。だいたい、品行方正なぼくは、高校3年間を通じて、教師と面談したという記憶がない。授業ボイコット事件の首謀者とみなされて補導部(今でいう生活指導部)に呼び出されたことが1度あるぐらいのものだ。高3になって大学受験を目前にひかえたとき、廊下で行き会った担任の教師が「キミ、どこを受けるの?」と言うから、「xx大学です」と答えたら、「そりゃムリだよ」と教えてくれた――これが、まあ、面談と言えば言えなくもない。

 高校時代のぼくは、クラブを中心とした毎日の生活が面白くてたまらず、その日一日を生きることが精一杯で、2年も3年も先のことなど考えてられっかァという気分だった。そんなぼくが、今、進路・進路と君たちの尻を叩いている。これは社会風潮というやつに毒された結果ではないかと、いささか馬鹿らしい気分にひたっておる。

☆なぜ進路のことがそんなに問題になるのか? それは、君たちの志望が可能なかぎり実現するように、今から目標を明確に定め、それに向かって努力向上するようにさせるためだ。――この理由に間違いは何もないのだが、にもかかわらず、ぼくは今何かしらすっきりしないものを感じている。それでは、まるで、眼の前にニンジンをぶら下げられて走る馬のようなものじゃないか。そのニンジンを食べることができるのかどうか知らないけれども、たとえ食べることができたとしても、後にはいったい何があるのだろうか。ニンジンなんて食べなくったって生きてゆけないわけじゃなし、それに、路傍には美味そうな野の草がたくさんあるのではないか。

☆今、二人の男が道を歩いているとしよう。一人は、はるか遠くの山の頂上だけに眼を注ぎ、ひたすら歩いてゆく。そして、道の遠さ・単調さにぶつくさ不平をこぼすこともある。しかし、そんなことをしていたら後れをとると思いなおして、今の自分の生活についてはできるだけ考えないようにしている。ところで、山の向こうには何があるのだろうか。今よりも険しい道が続いているにすぎない。しかし、そんなことを考えていたのでは気力が出ないから、できるだけ考えないようにしている。

 この男に対して、もう一人の男は、道端の草がきれいだと言っては足をとめ、石ころを見つけては遠くに投げてみ、空の雲を見てはいろいろな空想にふけってみたりする。そして、遠くの山を眺めては、「俺だって」と心を引きしめたりもするが、わかれ路にさしかかると、どちらの道に行こうかと自分なりに考えてみたりもする。

 君たちは、いったい、どちらの男の生き方をとるのだろうか。

 もちろん、ぼくの言いたいのは、進路なんてどうでもいいということでは決してない! そうではなくて、自分の足許を、自分の「今」をもっと大事にせよ、と言いたいのだ。ぼくの言うことは、いつもこの一点にすぎない。
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