Barbaroi!
石原吉郎 810520 |
今、北アイルランドで
いかなる美味な餌にも心まどわされることなく、いかなる残虐な鞭にも屈伏することなく、なおかつ自分の＜位置＞にこだわりつづけざるを得ないとしたら、それほどまでに固執せざるを得ない彼の＜位置＞とは何であろうか？ また、いったい何がそれほどまでに彼を衝き動かさないではおかないのであろうか？ たんなる知性や意志でなし得るしわざとは思えない。いわば「怨念」のごときものが彼を駆り立てているとしか思えない。
先日、久しぶりに新聞なるものを見たぼくは、深い闇の奥から噴き上げる怨念の炎を眼にする想いだった。――
死のハンストさらに440人 北アイルランド獄中の全員が方針
［ロンドン9日］
北アイルランドのカトリック系過激派組織IRA（アイルランド共和国軍）は、メイズ刑務所に服役中のIRAメンバー440人全員が「死のハンスト」を続ける方針を明らかにした。
この方針に基づいて、さる5日に死亡したサンズ氏の代わりに、4人目のハンスト者として、14年の刑で服役中のジョー・ヌクドメル氏（30）が9日、新たにハンストを始めた。
一方、サンズ氏に続いて同じ刑務所でハンストに入っていた3人のうち、56日目を迎えたフランシス・ヒューズ氏（25）は、衰弱で目が見えなくなるほど弱っており、死期が近づいているが、彼が死ねば、また新たなハンスト者を「補充」する方針といい、政治犯扱いが実現するまで、IRA服役者全員が命をかけて、ハンストを続けていくという。云々
ロバート・サンズ氏（27）が昏睡状態に陥る直前、母親のロザリーンさん（47）は涙をこらえながら語った――「私だって一般の母親と同様、息子を愛しています。でも息子から、昏睡状態になっても決して医療措置を受けさせないことを約束させられました。約束は守ります」
フランシス・ヒューズ氏は、5月12日に絶命。
［ロンドン14日］
……サッチャー首相は14日の英下院でアイルランド共和国軍（IRA）過激派服役囚について「彼らは殺人者であり、目的を達成するまで暴力を行使し続ける人たちなので、彼らの要求する政治犯としての扱いをするわけにはいかない」と述べ、従来の強硬姿勢を堅持していく方針を示した。
アイルランドでは、紀元前500年ごろから、ヨーロッパ大陸のケルト文化（ラテーヌ文化）の影響が顕著に現れ、少なくとも1世紀初頭には、先住民文化と融合してゲール文化とよばれる文化圏が成立した。
5世紀には聖パトリックによってキリスト教化されたが、ゲール文化の特質を多く宿し、アイルランドの教会はローマ教会と対比してケルト教会と呼ばれたほどの特異性を持っていた。
12世紀、イギリス王ヘンリー2世はアイルランド征服に乗り出し、石造りの堅固な城を築いて支配の拠点とした。その後、テューダー王朝の出現とともにイギリスに絶対王制が確立すると、アイルランドに対するイギリスの支配も強化され、16世紀から17世紀にかけての征服と植民によって、アイルランドは名実ともにイギリスの植民地となった。
そして、イギリス地主対アイルランド小作人という関係をつくりだしただけでなく、アイルランド人の伝統的なカトリック地域社会のただなかに、それとはまったく異なるイギリス人のプロテスタント移民の地域社会を成立させたのである。ここに、今日の北アイルランド紛争にまで持ち越されている宗派的対立の始点が置かれたと言える。
その後の血なまぐさい独立闘争の結果、アイルランド南部26州は1922年に自治領として独立し、37年には事実上共和制に移行し、49年には英連邦から離脱してアイルランド共和国と称している。
これに反し、北部6州（アルスター）はプロテスタント系の対英協調主義が強く、そのため「北アイルランド」として分離され、英本土の統治下に残ってしまった。
カトリックの公民権デモに対する警察のあまりにも苛烈な弾圧が世界の耳目を驚かせたのは、1968年10月のことであった。以来、宗派的衝突が地域闘争化し、あたかも内戦のごとき観を呈した。紛争に直接基因する死者の数は、1978年までで1880人の大きに達している。
その後、私服のゲリラ対策特別警察による監視網の整備と、IRA幹部活動家の大量逮捕とによって、武力闘争は沈静化の方向に向かっていると、英国政府は宣伝していたのだが……。
われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を……
（石川啄木）
「亜無亜危異」を聴いて