title.gifBarbaroi!
back.gif「亜無亜危異」を聴いて
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パパラギ




◇初めてサモアに渡来した白人の宣教師は白い帆舟に乗っていた。遠くに浮かぶ白い帆舟を見て、サモアの島の人たちは、それを天の穴だと思った。白人がその穴を通って彼らのところへやって来た。白人は天を破って現れた。 パパラギとは、天を破って現れた人のこと、見知らぬ人のこと、すなわち白人のことである。

◇「はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」という長い副題を持った書物『パパラギ』を読んだ。どこまでも青い海と空―― その一面の青の中にポツンと現れた白い帆舟を見て、天の穴だと発想することのできる人々の存在を知って、ぼくはすっかり圧倒されてしまった。それだけでも、この書物との出会いの価値は充分にある。

◇宣教師たちの現れた多くの土地においてそうであったように、サモアの島の人たちも彼らを「兄弟として認め、兄弟として扱い、彼らに私たちの国を閉ざすことなく、同じ父から生まれた子として、すべての果実、すべての食料を彼らに分け与えた」。そして彼ら宣教師たちの伝えたキリストの教えに心開かれ、福音の光をもたらしてくれたことを喜び、感謝しさえした。
 しかしながら、「パパラギはキリストも神も愛も、ただの言葉として口にするだけだ。舌をたたいて、うるさい音を立てるだけ。そして彼らの心と愛は、神さまにではなく、ただいろいろの「物」に、丸い金属と重たい紙に、快楽の思いや、いろいろの機械の前にひざまづいている。そして彼らの心に光はなく、時間をむさぼる野蛮な貪欲さと、職業として彼らが犯す馬鹿馬鹿しさが、彼らの中にあふれている。神さまのところへ一回行くよりは、まやかしの暮らしのある場所へ十回も行きたがる。神さまはもう遠くへ遠くへ行ってしまわれた」。
 パパラギの「行く手は闇に閉ざされ、大こうもりの不気味な羽ばたきと、ふくろうの叫び声が聞こえるだけ」。
 だから「私たちが踏みとどまり、すばやく動いて人をだますパパラギの舌に、私たちが打ち負かされることのないように。もし白人が近づいて来たら、これからは手を前に伸ばしてこう言ってやろうではないか。「大きな声を出さないでくれ。おまえの言葉は、くだける波の音、ヤシの葉ずれのざわめきだ。おまえの顔が喜びと強さにあふれ、おまえの目が輝かないかぎり、そしておまえの姿から、神さまのお姿が太陽のように射して来ないかぎり、おまえのおしゃべりはもうたくさんだ」 私たちはさらに誓いを立て、彼らに呼びかけよう。私たちに近づくな。おまえたちの喜びと快楽を持って私たちに近づくな。腕にも、頭にも富を求め、かき集めてきた野蛮な掠奪物を持って私たちに近づくな。兄弟よりも豊かであろうとする貪欲さ、たくさんの無意味な行い、むやみやたらに手を動かす物作り、好奇心だけでものを考えて、何にも知らない知識、そういうがらくたを持って私たちに近寄るな。……」

◇『パパラギ』は次のような章から成り立っている。
 「パパラギのからだをおおう腰布(衣服)とむしろ(布団)について」
 「石の箱(家屋)、石の割れ目(道路)、石の島(都市)、そしてその中に何があるかについて」
 「丸い金属(貨幣)と重たい紙(紙幣)について」
 「たくさんの物がパパラギを貧しくしている」
 「パパラギには暇がない」
 「パパラギが神さまを貧しくした」
 「大いなる心は機械よりも強い」
 「パパラギの職業について――そしてそのために彼らがいかに混乱しているか」
 「まやかしの暮らしのある場所(映画館)について・束になった紙(新聞)について」
 「考えるという重い病気」
 「パパラギは私たちを彼らと同じ闇の中に引きずりこもうとする」

◇酋長ツイアビはヨーロッパを視察し、文明なるものの病根をたちまちのうちに見破ってしまった。そして、その病気に感染しそうな島の人たちに向かって、「明敏なるわが兄弟よ」と呼びかける。その観察力の鋭さ、イメージの豊かさに、ぼくは見も知らぬツイアビという酋長に敬服してしまった。偉い人間というものはどこにでもいるものだ。

 上の引用文は『パパラギ』の最終章から採ったものだが、 諸君にとってはあるいは最も面白くない章かも知れない。しかし、非道な植民地政策、その尖兵の役割を果たした宣教師たちの活動、彼らを兄弟として迎え入れた原住民たちの善良さ……アメリカでもアフリカでもアジアでも、世界的規模で行われたこの残酷劇の構造を思うとき、ぼくは心中穏やかでなくなる。パパラギから野蛮人・未開人とさげすまれた彼ら――いったいどちらが野蛮で未開であったのか。そして現代では後進国といわずに発展途上国などというが、そもそも発展とは何なのか。
 ぼくたちが疑いもしない「文明」なるものについて、根本的に「否」をつきつけるこの『パパラギ』をぜひとも一読してほしい。
                  (立風書房 定価580円)
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