かたちと関係の風景デザイン
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御堂筋

(株)環境開発研究所 岸田文夫

 

山本

 御堂筋は皆さんよくご存じの大阪を代表する街路です。 どちらかというと「ビジネス街」といった冷たいイメージがありましたが、 人々で賑わう通りづくりへの取り組みが近くの企業グループによって行われています。

 それではよろしくお願いします。

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完成直後の御堂筋
岸田

 御堂筋は梅田から難波まで約4km、 幅員44mの大阪のメインストリートと呼ぶにふさわしい通りです。 秋には銀杏の美しい通りになります。

 関一市長の時代に計画された事はよく知られていますが、 建設には結構時間がかかり、 全線完成したのは昭和12年です。

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高さ制限
 万博前の高度経済成長期には淀屋橋〜本町間で建設ラッシュが起こりました。

 その後31mの高さ制限が無くなった後も、 淀屋橋〜本町区間では高さを守るよう指導が行われていたために、 最近までこのような風景が守られていたのです。

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新しい高さ制限
 平成7年に「御堂筋まちなみ誘導制度」ができ、 壁面を4m後退することで50mまで建てて良い事になりました。 これが第一号のビルですが、 軒がそろっているかどうかという議論がさんざんあったあげく、 このような姿になったのが現状です。

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淀屋橋〜本町/閑散とした休日や夜間
 御堂筋と一言で言ってもエリアによって随分性格が違います。

 梅田〜淀屋橋間は百貨店や飲食店があり、 商業地域の景観です。

 淀屋橋〜本町間では、 大阪を代表する企業が軒を連ねており、 言わゆる御堂筋としてイメージされるエリアです。

 しかし休日になるとこのエリアは閑散とした状況で、 業務地に特化している事が問題になっています。

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本町〜心斎橋/ブランドショップの進出
 本町より南には高さ制限が無かったため、 比較的高い建物がバラバラに建っています。 本町〜心斎橋間には昭和50、 60年代に建った建物が結構多く、 近年は1階部分へのブランドショップの進出が目立っています。

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心斎橋〜難波/盛り場性
 心斎橋〜難波では、 御堂筋といってもかなり盛り場的な景観が生まれています。

 この辺りでは特に放置自転車と違法駐車が大きな問題となっています。

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銀行の閉鎖(98年〜2002年)
 最近、 御堂筋が話題になっているのには、 銀行の統廃合による閉鎖で一階部分の用途が変わってきたからです。

 この地図の赤丸は98年当時1階部分に銀行があった所をプロットしたものです。 そのうち現在までに閉鎖したり上の階に移転したものを調べると、 非常に多くの銀行が閉鎖されたことがわかります。

 例えば、 本町界隈では軒並み銀行が無くなっています。

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沿道用途の変化
 銀行が抜けた後にはブランドショップやカフェ、 レストラン、 インテリアショップやショールームなどの店舗が進出してきて、 今までの御堂筋には無かった景観を演出しています。

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景観形成の取り組み
 さて、 大阪市では御堂筋についていろいろな景観形成の取り組みをしています。

 まず一つは土佐堀通〜中央大通の区間で実施している「御堂筋まちなみ誘導制度」で、 4mの壁面後退と50mの高さ制限をしているものです。

 それ以外の区域についても「建築美観誘導」があり、 広告物などについて指導を受けなければなりません。

 また総合設計制度のガイドラインがあったり、 都心中央部の景観形成地域というものも指定されています。

 最近では「御堂筋地区地区計画」があります。 これは土佐堀通〜長堀通までの沿道街区で地区計画によって用途制限をしようとするものです。 銀行が抜けた後にパチンコ屋等が入るのを防ぐ意味もあると思われます。

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御堂筋プロムナード/梅田〜大江橋

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御堂筋パークアベニュー/千日前通〜難波駅前
 それ以外に歩行者空間についても、 あまり実感されていないかもしれませんが、 様々な整備がされています。

 梅田〜大江橋間では昭和57年に側道が廃止され、 歩道が広げられています。 また最近も植栽マスの整備などを少ししています。

 同じように千日前〜難波の新歌舞伎座の前の区間でも昭和63年に側道が廃止され、 分離帯の銀杏の木を一列伐採して歩道を広げました。 しかし、 そこまでして歩道を広げたにもかかわらず、 巨大な駐輪場を作ってしまったという結果になっています。

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御堂筋彫刻ストリート/土佐堀通〜長堀通
 その他にも梅田新道の交差点に「御堂筋ギャラリー」という「たまり」の空間が設けられています。 また、 土佐堀通〜千日前通間では国土交通省によって「御堂筋ルネッサンス構想」が策定され、 平成4年から舗装等の整備がされています。

 それに合わせて、 大阪市でも平成4年より「彫刻ストリート」事業を開始し、 沿道企業の寄付によって26体の彫刻が設置され、 文化の香る街を創ろうという試みがされています。

 こういった試みの成否を言う立場にはありませんが、 それ以外にもソフト面での活性化の試みとして「御堂筋パレード」があります。

 これは御堂筋だけではなく大阪の活性化につなげようと、 20年以上続られています。

 バブル期からは冬に「銀杏のイルミネーション」をやっています。 神戸のルミナリエと比べられるのは少々酷なことです。

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オープンテラスin御堂筋
 最後になりましたが、 3年前から心斎橋の大丸百貨店の前の側道で「オープンテラスin御堂筋」というイベントが行われています。 これは側道を通行止めにしてイスやテーブルを出し、 人々にくつろいでもらおうというものです。

 こういったまちづくり活動が、 例えば淀屋橋〜本町間の沿道企業による「御堂筋まちづくりネットワーク」という組織や大阪市・関経連・大商が一緒になって協議会を設けるなど官主導、 大企業主導で行われていることも御堂筋の特徴です。 しかし、 最近の沿道店舗の動きなどを見ていますと、 民間の動きの方がどんどん進んでいるという状況にあることが感じられます。

 簡単ですが、 以上で発表を終わりたいと思います。

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