会員の皆さんが自分の都心居住のイメージ、 あるいは都心居住はこうあるべきだということを示すキーワードを選び、 3点の写真と短い文章で文章で解説したものです。
それは、 その人にとっての都心のイメージ、 あるいは都心居住のイメージというものを示していていると思います。
わたしもいくつかこの中に書きましたので、 それを見ていただきながらお話をしたいと思います。
都心ではビルや百貨店、 スーパーなど大きな建物がどんどん増えています。
先ほど鳴海先生からお話がありましたが、 インナーシティーはもともと非常に小さな施設が集まってできている市街地です。
その小さな施設はお店であったり、 モノを作る所であっても良いのですが、 そういう小さな施設と住まいが一緒になって、 職住一致、 職住近接のインナーシティー、 あるいはわたしはそれをマチナカと呼んでいますが、 そういう構造を作っていたと思います。
そういうマチナカのミセはひとつひとつ工夫を凝らして、 自分たちの商売とか自分たちの訴えたいことをマチに投げかけています。
それがマチナカの都市美だということをここでは書いております。
現代の都市は、 大通り、 幹線道路には高層の建物が建っています。
ビル、 マンションとかいった高い建物が大通りに建って、 その裏側のもう少し細い通り、 これをまち通りとここでは名づけていますが、 そういう所は建物の高さが少し低くなっています。
大阪都心部の業務地域ではそういう所でも高い建物が集まっていますが、 少し南へ下った一帯や京都の都心などの、 こういう大通りから一歩入ったアンコと呼んでいる所をうろうろしますと、 いまさっきいったようなお店がぱらぱらとあったり、 あるいはずっと続いていたりします。
そこは今でもモノを作ったり、 作ったモノをすぐその場で売るお店があり、 そしてまた人が住んでいる一帯です。
もう一度マチナカを言い換えればそういうことだとわたしは考えています。
つまりインナーシティーとはマチナカ、 あるいはマチナカ都市という言い方ができるんじゃないかということを考えているのです。
つまり今の都市はサラリーマン都市と都心地域のふたつの地域からなっていると思います。
そこでわたしは「フォーラム資料」で次のように書きました。
現在の都市は今わたしが言ったサラリーマン都市と都心地域を併せてひとつの都市域を形成しているといってよいでしょう。
しかしこれが、 ひとつの統合的な住み・働く場所となっているかというと、 なっているとは思えません。
働く場所が都心にあって、 住む場所が郊外にある。
それはそれでいいのかも知れませんが、 その時に都心地域のほうで作られたもの、 あるいは商売の対象とされることやもの、 そういうものがきちんと都心に確保されていて、 さまざまな仕事を生み出しているかという問題があります。
都市域に必要なものを都心で生み出し、 コントロールし、 そして郊外に住む、 という連関的構造ができ上がっているかというと、 現代の大都市はそうはなっていません。
今、 都心地域の仕事のありようを見てみますと、 たとえば工場が外に出ていっています。
それも東南アジアのほうに出ていく。
そして都心は海外で生産されたもののコントロールの場所になっている。
そういう傾向が強まってきています。
あるいは従来の都市と農村の構造が崩れて農村の人口がほとんど都市へきている。
その結果都市圏が広がって、 その中心である大都市は広域的な都市圏のコントロールセンターといった機能に偏っていく。
要するに、 都市以外のところで稼ぎのネタをつくり、 儲けてきて、 それを情報としてコントロールする、 そういう場所に都心は変わってきています。
都市域というものが住み働き、 そして遊ぶという一体的な機能以外の都市機能に変わってきているということであります。
その状況をわたしは「フォーラム資料」で「多層複合的でない現代都市」という言い方で示しています。
そういう構造はこのままずっと続いていくのだろうかということを考えると、 どうもそうでないような気がするのです。
今の都市は賑やかで活力があります。
それは在来のインナーシティー的、 マチナカ的な構造がまだ残っているからです。
それがまだ勢いを持続させているからだと思います。
これがどんどん先ほど申しましたような方向で、 海外あるいは都市圏外のコントロール的機能だけを拡大していくと、 都市としての勢いを無くしていくのではないかと思います。
そういう形で都市機能が拡大していきますと、 マチナカ的インナーシティー型の都市が貯えてきている、 生産あるいは商業業務的な役割がしぼんでいく、 そういう恐れがあります。
そこで、 どのようなことをこれから考える必要があるのかということですが、 先ほど言いましたマチナカ的な構造を力を入れて盛り返していく仕組みを考えなければいけないのではないかということに思い至ったという感じです。
やはりモノを創造していく心、 エネルギー、 知恵だと思います。
都市のなかでそういった創造性を維持していくためには、 現在の大都市型の大規模な研究施設、 大企業の研究所だけではなく、 いわゆるベンチャー的な小さな個人規模の知恵を生かす仕組みが必要です。
一日中頭を回転させて何かものを考えている、 あるいは何か新しいアートを作っている、 そういう人びとを生かす仕掛けがインナーシティー的な産業を作っていくのだと思います。
そういった仕掛けは、 郊外に住んで都市の研究所へ通勤をするという形ではどうもまずいのです。
やはり、 ものを考えそしてその近くで寝るということが必要です。
だからこそ職住の近接という状況をもう一度作り出すなかで、 再度インナーシティー的な構造を組み立て直すことができるし、 またしなければならないのではないかと考えています。
「キーワード集」の56ページでは「24時間型の環境」が個人の頭脳を刺激し研究に没頭させるということ、 言い換えれば仕事場の近くに住むということが、 創造的行為から創造的な産業までを支えるのだということを書いております。
インナーシティー型の都心居住をもういちど見直さなければならないのです。
そうしないと都市が持つべき創造性がどんどん衰退し痩せ細っていく。
今自分たちの住む場所のためじゃなくてどこか遠い所にいる人のために働くことになっていくと思うのです。
「キーワード集」94ページの下に図がありますが、 大通りに沿ってサラリーマン都市から通ってくる人びとを対象にした都心地域を貼りつける。
そしてその裏側はマチナカ的な都市構造をきちんと維持し再生していくという、 都市のなかで都心地域と下町的な都市を重ね合わせることを考えなければならないのではないかとも考えています。
もうひとつの問題として「キメ細やかな環境デザイン」という切り口を示しておきたいと思います。
いろんな仕事を持ち、 いろんな趣味を持つ人々が混じりあって住みあって町ができていく。
そこでは人間関係や人と町の関係が非常に緊密で、 コミュニケーションが緊密に取られているでしょう。
そういったところでこそ、 きめ細やかなデザインの仕組みがあろうと考えています。
これについては時間の関係もございますので「フォーラム資料」を参考にしていただきたいと思います。
ありがとうございました。