1974年に「トスカーナのチェントロ/史的都市形態論」と題して12回、 SD誌上にフィールドワークの成果の一部を報告した。 そこで私は繰り返しストック型都市の魅力を力説した。 建築と都市のデザインにストックの言葉を使ったのは私が最初ではなかったかと思う。 編集者に理解してもらうのにかなり苦労した記憶がある。 ついでに言えば都市の類型学というものの存在をこのときに紹介した。 ストック型都市のデザインと類型学による都市の読み取りは一対のものである。
1)物理的なストック
2)文化と生活スタイルの継承
70年前半までイタリアの歴史の都心の居住人口は年々減少していた。 街にはどこも空家が目立っていた。 それにもかかわらず彼らの生活行動に占める歴史の都心への求心力は強かった。 それを常に実感した。
今そこに行くと歴史の都心の住まいはきれいに手入れされた住まいとして甦っている。 その当時のイタリアは都市政策の転換期に当たっていた。 歴史の都心の重要性を再認識し、 それまでの郊外地の住宅建設を抑制して歴史の都心への人口回帰を計り始めていたのだ。 その成果が目に見えて現れ始めたのは1970年代後半のことである。
歴史の都心への投資が進んだ結果、 一部の都市では不動産の価格が上昇し、 そのことが人口回帰を鈍らせる事になるという、 いわゆるジェントリフィケーション現象がおきるなどことは単純ではないが、 歴史の都心が求心力を失うことは無いという事実をこの30年間見続けてきた。 ストックが彼らの文化を支えているのであり、 彼らのアイデンティティがそこにある事をみんなが認めている。
1)省資源
イタリアMERCATELLO S/Mの建築修復プロジェクト
京都造形芸術大学
井口勝文
トスカーナのチェントロ/チェトーナ(1971)
トスカーナのチェントロ/チェトーナ(1998)
メルカテッロ・スル・メタウロ(ガリバルディ広場)
■ストック型都市との出会い
1970年から72年にかけて中部イタリア、 トスカーナ州のチェントロ・ストリコ(歴史の都心)のフィールドワークに没頭した。 そのときストック型都市の魅力の深遠を覗いてしまった。 それ以来、 ストック型都市の魅力からは逃れられない。
■ストック型都市とは何か
このときに私がイメージした「ストック型都市」の意味するところは幼稚なものであったがその魅力の本質は掴んでいたと思う。 それは次の2点に集約できる。
建築物をはじめとする都市の物理的資産を継承していく事。 そのことを前提とする経済のシステムがあり、 技術の継承と開発がある。
物理的な資産を継承することの背後には、 自らの文化に対する強固なプライドがある。 チェントロの存在は彼らのアイデンティティの拠り所なのだ。 彼らは生活のスタイルもストックする。
■メルカテッロで再びストックを考える
1993年にメルカテッロ・スル・メタウロの歴史の都心で廃屋を手に入れた。 その家屋の修復プロジェクトを通じて多くのことを学んだ(前出、 「メルカテッロ・スル・メタウロ/歴史の都心の地区詳細計画」参照)。 ストック型都市の意味するところはそれまで考えていたよりもさらに深く広い。 私は前記の2点に加えてさらに次の6点が重要と考えている。
一度つくったものを出来るだけ長く使おうとする社会であるから当然省資源である。 それに加えて建て替え、 修復に際して古釘一本といえども粗末にせず再利用するというリサイクルの常識とそれを支える社会的システムがある。 そして古い物を上手に使うことがデザインの美学として定着している。
トスカーナの田園 |
3)コミュニティ経済
ストック型都市では長年の社会のシステムが今も生きている。 そこでは人が住むことで経済活動が成立するという事実を原点に据えることが出来る。 生活必需品にとどまらず、 かなりの買回り品、 高度の文化的欲求も満足される生活圏を形づくっている。 人々の生活のクオリティに対する要求が高いことが、 これらの経済活動の水準を高いものにしている。 家族経営、 地縁的経営といわれる中小企業の経営がしばしば国際的に高い評価を得るような品質の製品を生み出す。
4)市民参加
地方分権と情報公開の徹底が市民参加の機会を多様なものにしている。 都市計画の決定には公開の議論を重ね、 計画は何度も、 何年も代案が検討される。 ここでは計画やデザインもストックの対象になっている。
5)省エネルギー
ストック型都市が省エネルギーに貢献するものであるかどうかはよく分からない。 コンパクトな都市はエネルギー供給の経路が短く総体としてコンパクトであり、 その建設費もエネルギーロスも少ないだろう。 ストックの都市では建設工事に関わる生産エネルギーも比較的少なくて済むだろう。
分からないのはランニングコストである。 最新の技術によれば暖房のエネルギーコストは今のシステムよりずっと少なくて済むように思われる。 加えて移動のエネルギーコストである。 イタリアは日本の2倍に近い自家用車保有率である。 車社会のエネルギーコストと郊外電車社会のエネルギーコストの比較はどうなるのだろうか。
6)耐震建築・建築の安全性
イタリアは日本と同じ地震国である。 しばしば地震に見まわれそのたびに死者も出る。 石と煉瓦を積んだ歴史の都心は地震には弱い。 それでもこれを耐震構造の建築物に建て替えようという話は聞いたことが無い。 もしそうゆうことになればイタリアの歴史の都心は壊滅する。 一方。 日本ではイタリアとは比較にならないほどに丈夫な建築物を壊してさらに丈夫な新新耐震建築物に建て替えようとする動きが盛んである。 結局ストック型都市が成立するかどうかは、 命に代えても守りたいだけの生活と文化のストックを我々が持っているかどうかということになるのだろうか。