生物多様性をめざすまちづくり
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1 ニュージーランドの国土と歴史

 

■ニュージーランドの国土と体制


 私どもの兵庫県立大学と淡路景観園芸学校は、大学院の修士課程と園芸療法、生涯学習の地域づくりリーダーの養成(一般社会人向け)などの講座を設けています。そこで毎年最初に学生に見せていたのが、ニュージーランドの美しい花と緑のまちづくりの様子です。町なかをボランティアのみなさんが花と緑で飾って、おもてなしの気持ちを見せるまちづくりのビデオです。そのうちに、学生さんの中にはそれを実際に見に行った人も現れて、私に「本当に綺麗だった」と感心しながら報告してくれる人もいましたが、私自身はその頃はまだニュージーランドに行ったことがなかったのです。初めて行ったのが2004年のことです。それ以来、頻繁に訪れるようになりました。

 昔、テレビで兼高かおるさんがリポーターを務めていた海外の旅行番組を覚えていらっしゃるでしょうか。世界中、回った後に兼高さんが「一番綺麗な街は、ニュージーランドのクライストチャーチだ」と言われていたことを今でも覚えているのですが、兼高さんが歩かれた美しい街並みを私も歩いてみました。でも、美しい街並み以上に感動したのが、美しい街並みを超えて新しいいろんなウエーブがあったことです。それを生み出す仕組みや法律などを街の人びとが考えながら、新しいうねりを作っている過程を目の当たりにして、私はニュージーランドの取り組みにすっかりはまってしまうことになりました。それから何回も通って、そこで見たこと、聞いたことを、いつかまとめたいと思っていたのですが、今回ようやくこの本で報告することができました。

 また、なぜニュージーランドなのかについて言うと、結構日本と共通点が多いことも参考になるのではないかと思ったからです。地形、気候もよく似ていて、北海道がない日本という感じです。人口こそ400万人あまりと日本に比べたら少ないのですが、その大半が大都市に集中していることも似ています。そこには高層建築も多いし、住宅のスプロール化も進んでいます。それでも神戸ぐらいの規模が一番大きな都市です。郊外には見渡すかぎりの牧草地、森林が広がっています。

 1980〜90年にかけてイギリスがEUに加盟したために、ニュージーランドは経済的な最恵国待遇を失うことになってしまいました。それがきっかけで経済情勢が非常に悪化し、そのために、いろんな論議を経て思い切った行政改革を行うことになったのです。例えば、ニュージーランド航空が国営化から民営化され、それからまた国営化などという混乱した状況もありました。この背景を見ていると、今の日本の経済的に閉塞した状況と似ているのではないかと思います。

 また、行政改革では日本でいう建設省にあたる大きな官庁が解体されています。それまで持っていたいろんな権限を全部地方に移譲し、国はシンクタンク的な役割を果たすという形態になりました。地方行政も大きく変わっています。県に当たる州政府の役割がものすごく小さくなって、市や郡に権限を委譲しています。国の官庁でも環境省や公園を管轄している保全省は残ったのですが、大規模な建設を行うような部署はなくなって、開発に関わるようなプロジェクトはどんどん地方に移譲されています。そういう国造りがいま進んでいます。


■ニュージーランドの歴史と国土

 もともとはイギリスからの移民によって1850年前後に作られた国がニュージーランドです。その前はマオリ族が住んでいました。しかし、彼ら自身も13世紀に移住してきたポリネシア系の人々です。そのマオリ族とイギリス系の人びとが国を形成しています。

 私がニュージーランドに心惹かれた理由の一つが、元々住んでいたマオリ族と、後から来たイギリス系の人びとが共生しながら生きているということです。もちろん全くイコールとは言い切れないとは思うのですが、オーストラリア、アメリカ、日本が少数民族を排除しながら国造りをしてきた歴史と比べるとずいぶん違うと思いました。例えば、1840年にニュージーランド最初の条約として締結された「ワイタンギ条約」では、マオリ族の土地や文化の権利や継承が保障され、その代わり統治はイギリス女王が行うという内容でした。この条約も実はいろんな解釈があって揉めている事案も多いのですが、他の国々の少数民族の扱われ方と比べると共生型の社会を目ざしたと言えるのではないでしょうか。


■南島、北島

 首都はウエリントン、20万人の都市です。オークランドが一番人口が多くて130万人ぐらい、ちょうど神戸ぐらいの規模です。クライストチャーチは宝塚ぐらい、中小規模の都市です。それ以外は「緑豊か」という形容がぴったりの国で、羊の数が人の10倍ぐらいいると言われています。今日はこの中でもエコロジカルなコミュニティづくり、ガーデンシティの新しいランドスケープデザインに焦点を当てて話を進めていきたいと思います。


■移民のまちの歴史

 ニュージーランドでは1850年代からいろんな土地の開発がされ、住宅地が出来ていきました。これは女王の許可を得たいろんな民間の会社が行ったのですが、その一つにウエイクフィールドが興した会社があり、クライストチャーチやオークランドなどの都市でグリーンベルトや拠点施設となる大きな公園を作るという都市計画のスタイルを確立しました。この時代はアメリカでセントラルパークが完成した時代でもあります。ウエイクフィールドの都市計画は後のハワードの田園都市論に影響を与えており、ハワードの本の中にも彼らの名前が挙がっています。

 ニュージーランドの街は緑豊かで花が咲き乱れているというイメージを私たちは持っているのですが、そのイメージを作り上げたのがウエイクフィールドの都市計画でした。

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