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2022年1月1日
 昨年はコロナに悩まされました。多くの事故・事件に巻き込まれ、いまだ失意から立ち直れない方々もいらっしゃると思います。今年こそコロナの終息を、また平穏年でありますようにお祈りします。「境界の詩歌」「遠望」の著者、内藤惠子氏詩集・第二部を刊行予定です。

2021年12月2日                                                 
  ある新聞に、「フランス人のお供に「BENTO」 環境問題、コロナ禍背景に人気定着 」とありました。確かに、お弁当箱にご飯を詰めれば、環境にも優しい。 かつて、あるお年寄りがどこに行くにもお弁当箱とお箸を持ち歩かれた。外食しても 食べきれない時、持参したお弁当箱に詰めて。お箸は今ではマイ箸といわれるほど普及してきましたが、数十年前は、私も含め、そんなことまでしなくても、と 恥ばかり考えていました。これからお弁当箱だけを持参して外食する人やお昼、職場で食べるものを通勤途中のパン屋さんでマイ弁当箱に詰めるような人が多く なるかもしれません。 

2021年8月20日                                                   この暑さにすっかりまいってしまった私たちに元気を見せて、去る夏を惜しむかのように必死に鳴く蝉、夕方には消え入るような虫の声。秋の気配をじホッとしています。しかし、増え続けるコロナ感染者、大雨による土砂災害に被られた方々にはお見舞い申し上げます。 8月3日、『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』の著者、高木和子氏が逝去されました。「発達」という視点を幼児や青少年だけに限定するのではなく、生涯にわたって見つめることの大切さをご著書で述べられています。ご冥福をお祈りします。

2021年7月12日                                                 
  田中優子元法政大学総長が、朝日新聞「語るーー人生の贈りものーー」の中で、1970年、大学に入学後、言語社会学という特別講座を受講した時に出会った チョムスキー、ソシュール、バルトを通しての言語と人間についての議論が刺激的だったと語っています。その頃読まれていたソシュールは、バイイ・セシュエ 編『一般言語学講義』(小林英夫訳)ではないかと思います。しかし、元学習院大学教授の小松英輔氏はそれらの解釈に疑念を持ち、直 接ソシュールの講義を聞き記録した生徒のノートを掘り起こし活字化しました。弊社の日本語訳はそれが原本です。小松氏がなぜそれまでのソシュール言語論に 疑念を抱いたか、その経緯は小松英輔著『もう一人のソシュール』を読むとよくわかります。

2021年7月1日                                                 
  職場接種といっても、それらの大学も企業も大組織ばかりです。その接種される人たちがなぜか特権階級に見えてしまいます。どこにも所属しない、したくない人が接種できる ところは自治体しかありません。社会のあぶれもののような気持ちになっている人がいるのではないかと思います。また、介護者であったり介護専門職 の人たちがまだワクチンを打てずにいて不安に思っています。なぜ、職場摂取を優先させるのかわかりません。ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学第二回講義』『一般言語学第三回講義』の電子書籍版は左の欄内にありますように、iBook, Kindle,,楽天Koboからお求めいただけます。

2021年5月13日                                                  コ ロナワクチン予約では混乱が今でも続いているそうです。終戦前に生まれた人は75歳以上、戦後電話が各家庭に置かれるようになったのは1960年代。高校生になってからです。電話から知人の声 が聞こえるのが不思議で、電話機を裏返したりコードをひねったりした人たちもいました。機械から出る声に逃げ回ったという人もいたそうです。テレビ、冷蔵庫、洗濯機はスイッチをひねれば動く便利さに小躍りし て喜んでも、やっと慣れた電話が携帯に変わり、一つの携帯で多くの機能を持つと、もうどうしていいかわからず、ガラ系のままでいる人も多いようです。年齢 を追うにしたがって、いくつもの機能を操るのは難しくなります。そうした高齢者の能力を知らないと、ラインはできない、電話は繋がらないからと不安になり、直接聞きに行くのを笑えません。混乱はまだ続いているようですが、高齢というのはどういうことか、どうしたらその不安 を解消できるかとまず考える必要があるのではないでしょうか。内藤恵子著『境界の詩歌 3』「遠望』に感想が寄せられました。内藤恵子さんが添え書きにされたポール・ゴーギャンの絵の下には、Die Kunst ist der Spiegel der innersten Seele と書かれ、「芸術は魂の奥底をうつす鏡」と内藤さんの訳が添えられていました。

2021年5月7日                                                     京都府の緊急事態宣言は11日に解除の予定でしたが、延長されるようです。宣言が発令中、街中は静かだったようですが、郊外や自然の中などに行く人が多 かったようです。長岡京市は昨日9時からワクチンの予約開始。電話は難しいと思い、LINEで申し込もうとしましたが、途中で、手続きもストップ。焦って 「次はどうしたら いいのですか」と文字で打ったのですがすぐ既読になったものの、「いま、なんておっしゃいましたか」とか「いまのはすこしわかりにくかったです」「すこし いいかえていただけませんか」」という返答ばかり。ようやくすべてを終了し、予約ができたのは2時間近くたった11時ごろでした。昼頃、予約済みという連 絡と市長の謝罪があり、予約殺到で問題が生じていたということがわかりました。ワクチン接種予約は全国的にこのような混乱した状態 だったと思いますが、一人暮らしで誰の助けもない高齢者でしたら、電話は繋がらない、LINEなど知らないという場合、どうなるのでしょうか。 ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学第二回 講義』『一般言語学第三回講義』の書籍版、電子書籍版が好評です。

2021年4月21日                                                   歌舞伎や宝塚が好きで、東京はもちろん宝塚、京都まで通っていた中学時代の友人がいました。父親は戦死、母親は病気がちで寝込むことが多く、優秀な兄は勉 強、彼女は介護と家事をしていたそうです。小学生の頃から帰宅するとすぐ夕飯の支度などに追われていたと。クラスで問題が起こると姉御タイプの彼女がまと めていたことはよく知っていましたが、姉御の姿の背後にそんな生活があったのです。5歳の頃から、近所の「おばちゃん」が歌舞伎に誘ってくれたそうです。 目黒から歌舞伎座まで電車を乗り継いで観に行った近所の「おばちゃん」と幼子の姿を思い浮かべながら、歌舞伎、宝塚は、母親が寝ている暗い狭い部屋からま ばゆいばかりの美の世界への誘いだったのでしょう。彼女の生い立ちを知ったのは亡くなる1年前、関西に遊びに来た時でした。もう10年が過ぎました。
 今、「ヤングケアラー」が注目されています。私の通う小学校も中学校も決して豊かではない家庭の子が多かったのですが、親の介護をしていた級友がいたことをその時初めて知りました。時代と歴史を重ねながら亡き友達を思い出しています。

2021年4月9日                                                   桜の花が散り、若葉が目を楽しませる季節となりました。花を、若葉を見ているかぎり、その下ではコロナが蔓延していることを忘れてしまいそうですが、道ゆ く人たちが口元をマスクで覆っている姿に見えないコロナに気付かされます。一体いつまで続くのでしょうか。「歴史」をとりあげた番組から、疫病を沈めるた めに作られた仏像とか祈りをこめて始められた祭りとかを知ると、疫病は昔からあり、多くの人が苦しみ、多くの人が死んだことを改めて知り、しかし不思議に 今まで人間の歴史は絶えることなく続いてきたのだと思うと、いつかコロナ感染も終息すると信じてやみません。 ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学第二回 講義』『一般言語学第三回講義』の書籍版、電子書籍版が好評です。

2021 年3月11日                                                  東日本大震災から10年が経ちまし た。あの3月11日の午後、書斎のパソコンをい じっていますと何か気持ち悪い揺れに気づきました。天井からぶら下がっているランプの紐が小刻みに左右に揺れています。嫌な予感に、別室のテレビをつけま した。阪神淡路大震災以後、おかしいと思ったらテレビをつけるようにしていたからです。やはり勘があたり、テレビの中では言いようのない状況が映し出され ていました。続く原発の大惨事。あれから10年。ここ長岡京市では、午前中、緊急速報メールが入りました。もちろん訓練です。しかし、どうした行動をとれ ばいいか考えるよい訓練。思いつくままを行動に移しました。東北の方達、また避難などで他に移られた方達、またその関係者でいまだ苦しまれている方達にお 見舞い申し上げます


2021 年2月17日                                                  生物学者中村桂子 が『生 きものとして生きるということ 』で、次のようなことを言っています。少し長いですが、引用します。「私はわからないことが増えるのが楽しい。だって、全部わかってしまったら怖いでしょ う? もしも自分が生まれてから死ぬときのことまでがぜんぶ書いてある本があったとしたらお読みになります?わからないことがあるということくらい生きてる意味 はないじゃないですか。勉強 するほどわかないことは増える。3歳のときよりも1年生の方が、中学校よりも大学に入った方がわからなくなる。それを楽しいと思う人が学者になるんで すけど、わからないことを大事にするのはどの世界でも必要なのではないかと思います。今はわかってるということをあまりにも大事にし過ぎてる。技術はど んどん進んできましたから遠くの方とオンラインでお話をするとかコンピューターを使って世界を広げていくのが悪いことだとは思わない。でも、それを やってるが故に思考方法までもがマルかバツかになってしまうのは駄目でしょう。コンピューターの中にあるのはすべて既知のことです。でも自然の中を少し 歩いたら未知のことだらけですよ。私たちはもともと未知の中に暮らしてるんです。生物学なんて何か質問されたらほとんどがまだわかってません。38億年前 に最初の細胞が生まれた。そのことはいろんな状況証拠があるから言えますけど、じゃあ、いつどこで生まれたのかっていうのはわかってない。 生きもののことはまだ99%はわかってはいません。一つわかるというのは、わからないことが100出てくるってことです。10わかると、今度は1万わから なくなる。研究というのは、やればやるほどわから ない世界が広がっていくんです。私たちは歳をとると、経験にたより、それが一番だと思ってしまいます。知ら ないということを知らない。」と。内藤恵子著「遠望」の感想が再び寄せられました。とてもよい感想です。ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学 第二回 講義』『一般言語学第三回講義』の書籍版、電子書籍版が好評です。

2021 年1月15日                                                 1月8日の1都3県の二回目の緊急事態宣言の続いて、13日に京都府を含む7府 県、さらに愛知、岐阜、福岡、栃木などに緊急事態宣言が出ました。用事で京都市内まで行かなければならず、せっかくなので書店に寄りました。カゴを持った 人が本を探していました。きっとまとめ買いして自粛期間中に本を読むのではないかと思います。近くの図書館でも借りる人が並んでいました。宣言の発令には 精神的に追い込まれることもありますが、動きようのないこのような時、本を読む機会でもあると思います。また、このような機会だからこそか、詩に感動し、 感想を寄せてくださる方もいらっしゃいます。ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学第二回 講義』『一般言語学第三回講義』の書籍版、電子書籍版が好評です。秋津伶著『割れた鏡面: ー裏側にNの署名を持つ七つの短編ー』電子書籍版を出しました。上記のように、内藤惠子著『遠望』にあらたに感想が寄せられました。

2021 年 1月7 日                                                                                                   
  『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で考えたことの続きです。著者(ブレイディみかこ)の中学生の息子が期末試験の問題で「エンパシーとは何か」というテーマで書けといわれ、それを知った母親(著者)は考えます。
 「シンパシーのほうは、かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力 をしなくとも自然に出てくる。だが、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだと思えない立場の人々が何を考えているだろうと 想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるかもしれない。」と。
 自分と様々な点で違う人々を「想像する」ことは一見簡単なようで難 しいことです。想像は豊かでもそれを自分のこととして感じなければ、なかなか理解できません。しかし、イギリスのその中学校では、「エンパシー」という問 いを与えることで、その先を、その奥を子供達にまずは考えさせるということではないでしょうか。 ソシュール『一般言語学第一回講義』『一般言語学第二回 講義』『一般言語学第三回講義』の書籍版、電子書籍版が好評です。
秋津伶著『割れた鏡面: ー裏側にNの署名を持つ七つの短編ー』電子書籍版を出しました。内藤惠子著『遠望』に感想が寄せられました。

2021 年 1月1日                                                                                                   
 新年おめでとうございます。という言葉がむなしく感じます。昨年の年明けには想像もしなかったコロナ感染に苦しみ、翻弄される日々。感染が世界中に蔓延し、多くの人が自粛を心がけながら、とうとう年が明けてしまいました。今年こそはコロナの収束を願ってやみません。

2020 年11月19日                                                                                                   
 外国の教育に関連する書籍に目がいくようになりました。一体外国の学校ではどんな教育をしているのか。日本とどう違うのか。教育によって人はどう育って いくのか。私自身の答えはまだ出ていません。しかし、中島さおり著『哲学する子どもたち バカロレアの国 フランスの教育事情』」『ブレイディみかこ著 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んで、考えさせられることがたくさんありました。 これらの書物から印象に残ったことすべてを語ることはできませんが、まず感心したのはフランスの「歴史」の授業です。日本の中学・高校では、歴史というと 古代から中 世、近世には十分時間をかけますが、近代になると受験の準備もあるのか、かなり駆け足です。しかしフランスでは、「中学最終学年の歴史は一年かけて20世 紀を勉強する」そうです。フランスと日本の「歴史」に対する認識の差は、「近代史」こそ重要というフランスと日本の「歴史」への姿勢が関係するのではない で しょうか。

2020 年11月4 日                                                                                                   
  本の売れ行きを見るために時々書店周りをしていました。残念ながら現在はコロナ感染を避けて中断しています。何年か前、ある書店に行った時でした。『それで も、日本人は「戦争」を選んだ」が平積みにされていました。タイトルに惹きつけられてすぐ買ってしまいました。著者は現在問題になっている加藤陽子氏でし た。ーー普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?高校生に語るーーという副題がありました。私も不思議でし た。すぐ隣にいる善良な人たち、温厚な夫たち、優しい兄たちがお国のためにといって戦争に出向き戦った。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ」を読 んで、なぜという問いの答えを見つけられたか、わかりませんが、少なくとも「考え」が深まりました。高校生と深く考えることを促した著者がなぜ政府に否定されたか。 書店で平積みにされたということは高校生以外にも読まれると書店は判断したからです。そして、読まれているはずです。 新刊『母の切り抜き』を作りました。詳細は左の欄から直接リンクしてご覧ください。

2020 年10月27日                                                                                                   
「パ ンがなければケーキを食べればいい」ルイ16世の妃マリー・アントワネットが言った言葉として有名です。アントワネットが言ったかどうかわかりませんが、 裕福な王朝の施政者の妃が、飢えに苦しんだ農民が蜂起した時に放たれた言葉として有名です。「いい考えを思いついたわ、ケーキよ、パンがなければケーキが あるじゃない」 と答える屈託なさ。 問い詰められて話をはぐらかすことは子供によく見かけます。叱られまいと咄嗟に言ってしまう。ちゃんと尻尾がみえているのに。しかし、この象徴的な言葉の 中には重要な意味が含まれています。糾弾してくる問いをかわすために「ケーキという考えもあるわ、ケーキを食べればいいじゃない」と。象徴的に言い伝えら れた言葉はもちろん後者です。問題になるのは施政者が言うからです。糾弾され ないように論点をずらす。しかし施政者は相手の要求を知っています。知っていて受け入れたくないからこそ問題をすり替える のです。

2020 年10月22日                                                                                                   
 暑いと思っていたら、いつの間にか木々が色づき、朝晩寒くなってきました。体は寒い、しかしついこの間まで暑かったという意識の差にバランスが悪くなった人も多いと思います。
毎日コロナ感染者の統計を見て、一喜一憂。感染経路不明と思うと、人の通らない道でもマスクをしています。少し息苦しくなって、誰もいないとそっと顎まで ずらして歩くのですが、通り過ぎる人があわててマスクを掛け直すと、私も同じように口元までひきあげる。しかし、お互いに相手に感染の危険を感じてマスク を掛け直すのではないという風に。見知らぬ人にもこのような配慮を感じています。

2020年8月5日
 コロナ感染者が全国に広がり始めました。自粛からようやく解放され、go to トラベルもあり、人の移動が盛んになったからでしょうか。
来週からお盆。コロナ感染に恐れを感じて自粛をすればするほど、それと相反するように解放されたい気持ちが移動をますます促進させます。人の心理は複雑です。
さて、長岡京市は「新しい生活様式応援券」一人五千円が配布されました。日頃食べられない高級料理店に行くとか、うなぎを食べに行く、子供のいる家庭では 焼肉、とネットでは楽しい想像が飛び交っています。確かにコロナ感染、自粛などとストレスを抱えている中で、一番ストレスを発散させる方法は近場で楽しめる 食事かもしれません。感染への用心は怠らず、おそらく頭の片隅にコロナ、コロナと言い聞かせながら。それでも楽しみは減ることはないと思います。
内藤恵子著『遠望』に感想が寄せられました。「出版案内」→「遠望』でご覧になれます

2020年7月5日
 全国、緊急事態宣言が解除されました。コロナ感染が終息したわけで はなく、第二波を予感しながら、それでも少しずつ活気が戻ってきたように思います。昨日は取次さんからも連絡があり、業界も動き始めたとほっとします。おそらく書店さんもきっとコロ ナ感染への用心を怠りなく営業をはじめていると思います。『ソシュールのパラドックス』に感想を寄せてくださった方の感想を該当 ページ掲載します。ご覧ください。

2020年5月26日
 
2 月28日、北海道が新型コロナウィルス感染・緊急事態宣言を発令。そのスピーディな独自の決断に驚きました。そして3月19日解除。その頃はまだ都市の繁 華街は いつも通りでした。私もマスクをかけていたとはいえ用事で電車を使い出かけていました。4月7日 、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県に非常事態宣言が発令。4月16日、上記7都府県に加え、北海道、茨城県、石川 県、岐阜県、愛知県、京都府の13都道府県が「特定警戒都道府県」と指定され、また他県も緊急 事態 宣言。対象期間は5月6日までだった。しかし感染収束の見通しがたたず緊急事態宣言の解除は延期。5月14日、47都道府県のうち38県が解除。5月21 日、大阪府、兵庫県、京都府が緊急事態宣言解除。5月25日、北海道、埼玉、千葉、東京、神奈川の5都道県の緊急事態宣言が解除。翌5月26日、愛知県が 独自の緊急事態宣言解除。

非 常事態宣言また解除も独自に行っている地域もあり上記の期日に間違いがあるかもしれませんが、とりあえずまとめてみました。解除宣言については、京都府は人の行 き来から見ると県境が明確ではなく、大阪府や兵庫県と足並みを揃えて解除は5月21日となったようです。1ヶ月半とはいえ、非常に長い自粛生活でした。 この自粛の中で、得体のしれないコロナウィルスの正体がわかり始めたり百年前に世界中に蔓延したスペイン風邪は日本をも襲い、父がたの祖父はそれで 亡くなったのではないかと変に疫病を身近に感じ、疫病はいつの時代にもあり人間を襲ったのだ気づき、それによって経済ばかりでなく人の心も痛みつけると感 じ たり、様々のことを考える時間でもありました。自分が感染する(というより人に感染させてしまうという不安から)ことを免れたとなぜかホッとしたことは確 かですが、絶望が終わらない人たちを思い浮かべながら、迫り 来る第二波に不安を感じています。

2020年5月9日
 
「一般言語学第三回講義」に続き「一般言語学第一回講義」の電子書籍版をアマゾンKindle、アップルiBooks、楽天ブックスから販売しました。紙の書籍は書店、ネットショップで販売中です。コロナ ウィルス感染では、この数日、感染者が減少したということですがまだまだ安心できません。おろらく来週火曜日以降に出たデータにより感染の広がりがどの程 度か、収束しつつあるかわかると思います。「正しく恐れよ」という言葉をいつも考えています。「正しく」とはどういう意味なのでしょう。科学的根拠を考え るということでしたら、いつもその根拠が変わってしまって理解に苦しみます。では、「正しく」はどういうことか。なにもかもを恐れていたら過剰な自己防衛 で他者を攻撃してしまうということでしょうか。新型ですから経験のないウィルスの実態を把握するのは難しいということでしょうか。今までの感染症か ら考えられた研究機関がいくつか作られていたそうです。それが今回に応用できていないのは何故なのか。未知のものに過剰に恐れるのは当然のような気がしま す。そもそも恐れとは科学的には判断できないものではないでしょうか。

2020年4月28日
 
コロナウィルスが全国に猛威を振るっています。本来なら、春には一度、東京や関西圏だけですが、書店回りをして書店員さんにご挨拶に伺うところですが、非常事態宣言が4月7日の7都道府県に続き、京都府も宣言されました。大 阪府といえばすぐ隣、また兵庫県も一跨ぎという距離。それでも他府県の境界は越えない方がいいと思っていて今は電車さえ乗ってい ませんので、書店員さんにご挨拶もできません。時間の短縮はあるものの書店はいまでも行なっていますから書店員さん も働いていらっしゃると思います。普段とは違い現在どれほどのお客様がいらっしゃるかわかりませんが、書店も病院と同じで、 院内感 染ならぬ書店内感染も心配と思います。本好きの方は書店に立ち寄らなければ落ち着かないということもあります。 書店員さんも本好 きな方もどうかお気をつけください。

2020年4月8日
 昨日4月7日、コロナウィルス感染拡大防止のため、7都道府県に緊急事態宣言がなされました。
 日頃の疲れの気晴らしになっているイベントなどが取りやめになりました。また多くの店舗が閉めはじめました。しかし、そこで働いていた人たちはどうなるのでしょうか。
  小規模の事業者である店が、たとえコロナウィルス感染が終息しても再び開業、復帰できなくなることもあるのではないかと思います。そこで働いていた人たち は、職を失い生活ができなくなり、まして自粛せざるをえない状況では家に閉じ込らざるをえなくなる、そんな光景が見えてきます。自粛を呼びかける場合、そ ういう人たちへの補償も必要ではないかと思います。
長い歴史の中で、おそらくほんの1ヶ月、あるいは2ヶ月のことと思います。その短期間でも、生きていけない人たちもいると思います。コロナウィルスも恐ろ しいですが、職を失い、働く意欲をなくし、人と接するのをおそれて、生きる望みを失ってしまう人たちも出てくるだろうことが気になります。

2020年3月22日
 コロナウィルスの感染予防で自粛を求められていますが、あちこちの施設、特に図書館の休館では不自由しています。せめて本を借りることぐらいはいいのではないかと思っています。近所には大きな蕾をもった桜が春を、観客を待っていますから、そこで本を読むのもいいのではないかと思います。家にばかりいては、ただただ気が滅入るばかりです。 『ソシュール 一般言語学第三回講義 増補改訂版』の電子書籍は、アマゾンのKindle、アップルのiBooks、楽天ブックスで販売中です。

2020年3月11日
 東日本大震災から9年が経ちました。今は、当時部屋にいて揺れを感じ、テレビに釘付けになったその日を思い出すばかりです。その後もいろいろな災害が次々と日本列島を襲い、何をすべきか、 どうしたらよいのかわからない日々を送りながら、仕事をすすめています。『ソシュール 一般言語学第三回講義 増補改訂版』の電子書籍に関しましては、アマゾンのKindle版を前回お知らせしましたが。楽天ブックスからもお買い求めいただけます。

2020年3月5日
 梅が咲きほころび、春らしさが漂い始めました。しかし、それを感じるより以上に世の中は混乱しています。街は人気があまりなく、歩いている人の多くがマ スク姿。なんとなく覇気がないようです。シャッターのおりた店を見ると、コロナウィルスが影響しているのではないかと気になってしまいます。学校、職場、 これからどうなるか心配です。このような時ですが、『ソシュール一般言語学第三回講義 増補改訂版』の電子書籍ができました。現在、アマゾンの Kindle版でお買い求めいただけます。

2020年2月7日
  ジュンク堂京都店が2月末で閉店します。時々、人文担当の方にお会いに伺っていました。その時、他の棚をみては面白そうな書籍を発見して買ってしまうこと も多々ありました。ジュンク堂さんは人文関係がよく揃っていて、読者としても気に入っていましたので閉店は残念で仕方ありません。長いことお世話になりました。書店が町から消えていくことに寂しさを感じます。

2020年1月17日
 阪神淡路大震災から25年。もう25年もすぎてしまったのですが、その時のことは今でもおぼえています。そして、そのあと映像で神戸長田地区に三本の大 きな長い煙が空まで伸びていっているのを何度も見ました。25年も経って、大惨事が驚くほど早く復興しましたが、人の心は復興とは無縁と思っています。

2020年1月元旦
 謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。

2019年11月29日                                           師走に入り、なんとなく慌ただしい日々を過ごしていた昨夜、テレビで突然「中村哲医師」の襲撃のニュースが流れました。中村哲医師とペシャワールの活動は十数年前に新聞で知り、共感して、それから年初めにわずかながらですが献金をしていました。そしていつも活動の報告の会報が送られてきました。会報は戦後の時期にあったような粗末なカラーもないもの
でしたが、お金をかけずにその活動を報告するペシャワールの姿がそこに反映されているようでした。ペシャワールの活動などは、左のリンク頁からご覧になれます。このような人たちをなぜどんな目的で襲撃したのか未だ理解できません。ご冥福をお祈りするばかりです。『一般言語学第二回講義』、1月18日「類推的創造」の続き「その4」掲載します。

2019年10月23日                                                  台風被害に合われた方、その関係の方達にお見舞い申し上げます。
 前回の15号の被害が大きかったためか、今回は台風19号が来る前から準備があったと思います。しかし、予想以上のことが起こりました。あちこちの川の 堤防の決壊による氾濫です。私の知っている川がいくつかありました。多摩川は子供の頃泳いだ川であり、多摩川の橋を通り過ぎる新幹線の窓から広々とした河 原敷きで野球などに打ち興じて人たちをみると、ああもうすぐ東京だという目印になる川でもありました。
 けれども数十年前、堤防が決壊してその近くの一軒の家が川に滑るように落ち押し流されていったのも多摩川でした。その時のある森林研究専門家が、川は蛇行 しているのが自然で、だから流れがスムースにいく、それを人工的に堤防で抑えてしまって行き場を失った流れが暴れるのだと。きっとそれで遊水池を設 け、氾濫から免れた川もあったようです。
 長岡京は桓武天皇が平安京に遷都する前の10年、奈良から都を遷したところですが、平安京遷都の理由の一つに川の氾濫があったからといわれています。確 かに淀川に流れ込む支流は二本あります。歴史を学んでか今は治水工事がしっかりなされています。だからといって今後川の氾濫がないとも限りません。地球温 暖化のために今までの歴史が役にたたないこともあるかもしれません。先人に見習えということが無効になることもありえます。しかし、地形を知るのはなんら かの知恵になるかもしれません。

2019年9月13日
 台風15号で被害を受けられた方には、お見舞い申し上げます。
 台風15号が北上しているという天気予報士の情報はかなり切羽詰まっていて注意を喚起していました。関西で私は昨年の台風21号、またその前の6月の地震を経験していますので、関西に直撃した場合のことを想像しました。
 台風15号は東海へ方向転換し、神奈川から千葉の房総半島、そして太平洋に抜けていき、関西ではまた暑い日を迎えていました。テレビでは、東京の交通機関の混乱だけが大きく取り上げられていました。しかし、たまたま見た
ツウィッターでの「助けて」という悲鳴に近い声を知り、その被害の大きさに驚き、昨年の関西の被害を思い出しています。
 家にいても頭がふらふら倒れそうな暑さ。災害地では停電が続き、冷房や冷蔵庫も使えず、水道は止まる、たくさんの病人が出るのではないかと心配しています。
 関西では、未だもってブルーシートに覆われた家がほんの少しですが残っています。山々は倒木をまだ目にします。車や人が通る道はかなり早く通れるように なりましたが、少し奥に入ると一年経っても倒木は手付かずのまま、根こぞぎ倒れたままです。整理する職人がいないそうです。今度の千葉などの山の中もおそ らくそのままだろうと思います。
 なんとか支援をと思っても遠くて何もできず、また少しの物資を送るのも返って車の渋滞を招くだけ。この場合どうしていいかわからず義援金と思ったのです が、かつては「ドラえもん基金」とか、テレビでは「〇〇銀行の×××口座に振込」とかのニュースが入ったのですが、それも見た限りでは流されず仕方なく銀 行や郵便局にきいてみたのですが何の手立ても見つかりませんでした。

2019年8月8日
 第33代アメリカ大統領ハリー・トルーマンの孫、クリフトン・トルーマン・ダニエル氏は息子が学校から持ち帰った本から原爆に関心を持つようになったと言います。
 広島で被爆し、後遺症に苦しみながら千羽鶴を折り12歳で亡くなった佐々木禎子の物語を本にしたものでした。その後、クリストン・トルーマン・ダニエル氏は
禎子さんの兄と知り合い、子供達を連れて広島と長崎の平和記念式典に参加しました。彼は
祖父が大統領時代、原爆投下の決断を下したことを家族と話さなかったようですが、知っていたと言います。しかし、彼はこのように言っています。
「私たちにとってあの決断が正しかったかどうかという問いはその後に相手の立場を理解することや、何が起きたかを伝えていくことの大切さに比べれば重要ではない」
「(過去の敵と味方が)一緒になって、当時何が起き、なぜあれほど険悪な関係に陥ったのかと考えるほうが有益だ。非難や怒りを差し挟まずに、歴史の経緯を振り返る作業だ」
また、次のようなことも言っています。
「原爆による被害の悲惨さも事実、孫の自分こそがそれを語る役目があると思う」と。

(Newsweek日本版「【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味」より)

2019年8月3日
 京都市岡崎に細見美術館があります。地上の入り口から展示室を見て歩くうちに一階ずつ下りていき、出口は地下二階になる不思議な空間を持つ 美術館です。美術館では時々面白い展示会が行われますが、今回は「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」。タラブックスとはインドで本の製 作をしている出版社ですが、その本の装丁は多くハンドメイド、インド国内の民俗画家が手がけています。題材は月、太陽、大きな木、蛇、動物、鳥たちなど語 り継がれてきた民話などに出てくる自然ですが。それがデザイン性豊かに描かれ鮮やかに色彩られ、不思議な感覚を呼び起こします。

2019年6月20日
 内藤恵子著『遠望』、高木和子著『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』への感想が寄せられました。感想文から新しい風景を発見したり、気づかなかったことに驚いたり、また新しい考えが生まれたり、感想文をいただくのを楽しみにしています。

2019年6月5日
 30 年前、日本語学校に中国から日本語を学びに来た一人の青年がいました。天安門事件があった年でした。その頃中国からの留学生は日本人の保証人が必要でし た。青年は孔子の教えがそのまま身についたような、物静かで礼儀正しく思索的な人でした。天安門事件から30年。この頃になると彼を思い出します。

2019年5月22日
 『一般言語学第二回講義』、1月18日「類推的創造」の続き「その3」を掲載します。

2019年5月9日
  天気の良い日、朝10時ごろになると外から子たちの賑やかな声が聞こえて来ます。お揃いの帽子を被って車道の横の1m幅の緑に塗られた道を園児たちが歩い ていきます。近くには長岡天満宮があるのでそこまでの散歩でしょう。先生は緑の歩道から子たちがはみ出ないように指図しています。子たちは二人ずつ手をつ ないで歩いています。先生は何人かいて、先頭に、中ほどに、最終列に、そして泣いている子をあやし、抱っこし、歩けない子には乳母車に入れて後押ししなが ら、時々子たちに負けないぐらいの黄色い声を張りあげながら。いろいろな子がいます。弾んで列から飛び出しそうな子と組んでいる子は相棒がどこかに行って しまわないようにしっかり手を握りしめています。散歩が嫌いな子は足どりが重そうで相棒はあやすように手を引いて歩いています。   天気が良い日は必ずこうした光景を見かけます。緑色の歩道が切れたところには大通りを渡るため信号があります。先生はそこで最後の子が到 着するまで先頭にいる子たちを待たせます。信号は青になり赤に代わり、最後の子がやっとたどり着いて青になったら、まず先生が道路の真ん中に立ち両手を広 げて子たちを誘導します。「さあ、渡りましょう」と。子たちが走り出します。「慌てないで、慌てないで」と道路の真ん中に立った先生は誘導灯のように右手 を左右に振りながら言います。子たちはそこが危ないと知っているようで気も焦っているように見えます。最後尾の先生は足がもつれそうになっている子を見守 りながら、待っている車に一礼して足ばやに渡り切ります。すると車はいっせいに、しかしゆっくり走り始めます。信号を渡った先は完全な歩道です。先生は全 員が無事に渡り切ったのを見てホッとしているようです。しかし、歩道の先にはまだまだ難関が待っています。天満宮の広場まで、いや保育園に帰ってから、 やっと子たちを無事に連れて帰ったと思うのでしょう。 大津の事故はあまりに悲惨です。保育園児を見かけたら気をつけるのが運転者の 責任です。まして事故のあった琵琶湖岸の道は見晴らしの良いところ。子たちはきちんと整列して信号の変わるのを待っていたようです。園児たちを部屋で遊ば せる方がどれほど楽か。しかし、どこの保育園でもそうだと思いますが、先生たちは良い天気の時は子たちに外の風を、太陽を、山々の緑を体感させたいと散歩 に連れ出すのでしょう。もし先生たちが子たちを守るためどのような努力をしているか想像できたら、おそらく運転をもっと慎重にするでしょう。とても悲しい ことです。