簡単と簡潔の違い

(日常目にする物すべてに言える事だが、例えば電気屋さんが一本のコードを真直ぐに取り付けたとする。唯真直ぐに付けるだけならこんなに簡単な事は誰でも出来ると思えるが、いざ自分でやって見ると中々スッキリとは行かない。箱一つ造ろうと思っても、板を切って釘とか接着剤等で四角い箱が出来たとする。出来上がりはイメージしていたのとは全く違って見るも情け無い出来上がりになっている。これを思った通りの仕上げにしたいと思うと、何度も練習をしなければすっきりと仕上げる事は出来ない。これは簡単な様に見えるけれど、よく考えると簡単では無く簡潔だったのである。どんな事でも人のやっている事を見ていると簡単に見えるが、自分でやってみて簡単の難しさを知るのである。辞書に簡単は手軽なこと複雑で無いこと簡略、そして簡潔は簡単で要点をつくしていること、と出ている。しかし一般には同じ様に使っている様な処があり、又人はこの難しい簡潔を簡単として使っている事もある。簡潔とは簡単そうに思えるが、こんなに難しい事は無い。だが面白い事に人は簡潔に出来る天分も持っている。初めて何かアクションをした時も似た様な事が言えるが、どんな事でも初めての時は無心だから生れ持っている天分から旨く行き、ちょっと馴れてくると変になる場合がよくある。嘗て私もそんな経験をした事がある。テレビで大橋巨泉さんのボーリング教室と言うのを見ていて、『なるほどボーリングはそういう風にすれば良いのか』と理に適った巨泉氏の話を面白く聞いていた。それから随分たってボーリングに行こうと言う事になり、初めてレーンの前に立った。若者の中で何となく心もとない。テレビで聞いただけの知識より無いが、とにかく投げてみよう。左手で(右手はケガで使えないので)ボールがどこへ行くかわからない。一投目、そのボールは立っているピンを全部倒してしまった。同行の者はあっけにとられている。そしてマグレやと言って笑っている。二回目私の番がまわってきた。先と同じ様にしてボールを投げた。又ピンは全部倒れた。みんな「そんな」と言いたい顔である。私もアレッと思ったがみんなと一緒に笑っていた。三回目も又全部倒れた。同行の者はもう嫌がっている。私も不思議なだけ。四回目は何ぼ何でももうターキーにならないだろう。と思い乍ら投げると四回目も全部倒れてしまった。同行者みんな変な空気。私は永遠にターキーになるのでは無いかと欲が出てきた。相思ったとたんに五回目はぼろぼろになった。みんなやっと普通の空気に戻った。こうして最初の四回は巨泉のボーリング教室を聞いていたのが記憶にあって、それ以外には何の欲も無いので無心で投げたから、簡単にターキーがとれたのだと思われるが、欲が出てきてからはグチャグチャになってしまった。俳句の場合と同じ事が言える。今迄俳句の予備知識の無い人に、季節の事で何か思った事を十七文字にまとめると俳句になる。と言う程度の手ほどきをしておくと、素直でとても新鮮な句が書けて読み手を喜ばせてくれる。そして半年から一年程はそうした句が書けるが、その内に私のボーリングじゃないが邪心が出てきてグチャグチャな句になって来る。又句作を始める以前に予備知識が色々あり過ぎるとそんな人は気の毒である。俳句とは何かと言う事すら分からなくなり、難解俳句等と称してまかり通っている句に出合いでもしていたら、俳句とは難しく表現するのがよいのだと思い、自分には手に合わないと思い込んでしまったりするが、そんな句はまだ出来上っていないメモレベルで、俳句は日本語なのだから誰が読んでも文法にのっとっていて、いくら省略や切れ字で開けてあっても、何が書いてあるか筋が通っていなければならない。又難解俳句と言うものはあり得ないと私は常々主張しているのだが、俳句は十七文字より無いのだから簡潔でなければならない。その意味からでも難解俳句と言う言葉さえおかしいのである。箱を造った時に技術が未熟だと歪んだりグチャグチャで、使い物にならない様なのと同じで、俳句が箱の様に目に見えるものなら、難解俳句は到底人様の前へ出せる代物では無い訳で、詩はカオスの部分があるのだが、俳句の場合はたとえカオスの部分であっても文法に適っていなければならない。俳句を始めた時は簡単に書いて評判の良かった作者も自分の周りや経験は一年もすると書き尽くしてしまい、その頃丁度欲も出てきて何かもっと良いものが書けそうに思えてくる。しかし言いたい事が旨くまとまらず、苦心惨憺の末やっと出来上って座に出すと、何を言っているのか分からないとか言われて意気消沈するが、それは誰でもが通る道で、グチャグチャをやって初めて簡単に見える簡潔がいかに難しいかを思い知るのである。電気の配線で真直ぐに取り付けるだけで簡単に見えても、あれは簡潔なのであって俳句も簡単に見える句でいい句は、簡単でなく簡潔に表現されているのである。簡単に出来ていると見えるもの程そう出来る為には、その裏に大変な努力が隠されていると言う事にもなる。

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