まんじといえばナチスのハーケンクロイツ(逆鉤十字)しか思い浮かばない者は、まんじが世界で最古の、また最も広く分布している宗教シンボルの1つであると知れば驚くかもしれない。実にまんじは、紀元前1万年頃のものと思われる、旧石器時代のマンモスの牙(ウクライナ出土)に彫られているのである[1]。まんじはまた、インド最古の貨幣にも現れている[2]。ペルシア、小アジア、ギリシアでは回転する 世界軸 axis mundi は、まんじのしるしで表された。 紀元前7世紀のボイオティア出土のアンフォーラ〔両取っ手付きの壺〕には、アルテミス女神の聖なるしるしとしてまんじが描かれている[3]。まんじはまたアイスランドから日本、スカンジナヴィアから北アメリカにいたる各地で、他のさまざまな神々を表すのに用いられた。まんじは紀元前13世紀以前のトロイやミケーネで盛んに用いられた[4]。
サンスクリット語のsvastikaは「かくあれかし」、つまり「アーメン」の意である。日本では、まんじは「無限」すなわち1万の単位の数を表す表意記号であった。この数は、日本の高僧たちが目に浮かべることのできる最大の数であったので、「無限」と同意語であった[5]。
まんじには基本的な2つの型があった。「 月 まんじ」と呼ばれる、左の方向を指し、左回りで、太陽の巡りと反対のもの(卍)と、「太陽まんじ」と呼ばれる、右の方向を指し、右回りのもの()とである。自然のなりゆきで、前者は「女神が歩む 左手 の道」、後者は「神が歩む右手の道」と関連づけられた。Left Hand ヒンズー教徒によれば、「太陽まんじ」は、「万軍の主」である神ガネーシャを表し、「 月 まんじ」は、ガネーシャの処女花嫁であり、ブッダの母であるカーリー・マーヤーを表していた[6]。聖なる父の生まれ変わりとしてのブッダは、十字のしるしを提示していたが、この十字の両腕木の先には、女性を表す円に囲まれたまんじがついていた[7]。チベットの仏教徒たちによれば、右旋まんじは救世主を表し、左旋まんじは魔術、すなわち太母マーヤーの「魔法」を意味した[8]。
女性を表す「 月 まんじ」はサウヴァスティカsauvastikaという名を与えられ、太陽のカが衰える、1年の半分の秋を表すと言われた。一方、男性を表す「太陽まんじ」は、太陽が力を増す、1年の半分の春を表した[9]。女性と関連のあるサウヴァスティカは、冬至におけるその死と再生に向けて力が衰えていく太陽神を暗示していたので、この言葉は再生を意味することもあった。
日本では、生まれ変わった阿弥陀仏、すなわち「無量光のブッダ」の胸には左旋まんじが彫られていた[10]。スカンジナヴィアの貨幣に刻まれた同じような左旋まんじは、トールのハンマーのしるしであった[11]。トールは古代トロイを発祥の地とすると考えられていた神々の1人であった。トロイの太女神像の腹部には、女陰を表す三角形の中に収まったまんじが彫られていたが、これは再生する前の隠れた神を示していた[12]。
初期キリスト教徒は、キリストを表すのにまんじを採用し、クルクス・ディシムラータ(「見せかけの十字架」)と呼んだ。まんじはまたクルクス・ガンマータ、ガンマディオン(ともに「ガンマ十字」の意)などと呼ばれたが、まんじがギリシア語の第3字母ガンマ(Γ)を4つ組み合わせた形を示していたからである。サクソン族の場合は、まんじは fylfot と言い、four-foot または fill-foot と訳された。前者は大地の四隅にある4本の天の柱への言及であり、後者は教会のガラス窓の下半分をまんじ模様で埋めるというキリスト教の習慣への言及である[3]。デーン人の古い教会では、洗礼盤の装飾にはたいていまんじが用いられた[14]。まんじは中世の紋章でも、クロスポテント・リベイテッド、クロワ・ガメ(逆まんじ)、クロワ・クランポネ(鉤十字)など盛んに用いられた。それでも、盾形紋地にまんじをあしらった紋章を用いた騎士たちは、そのまんじがキリストの十字架を表すのか、またはトールの十字を表すのか確信がもてなかった。トールの十字は、リンカンシャーとヨークシャーにあるスカンジナヴィア人の居住地も含めて、ゲルマン民族の住む全地域では、まんじの形で崇拝されていた[15]。
1930年代にナチ党はまんじを党章に採用したが、それは、まんじが「純粋なアーリア人」のしるしであるという印象を与えたからであった。まんじのある異形は、長い間ドイツのフェーメ裁判所Vehmic Courts を表していた(Vehmic は「罰」 の意のVehmeに由来)。この裁判所は異端者を迫害する民事裁判所として中世に創設され、やがて宗教裁判と関連をもつようになった。その活動は秘密裏に行われた。ナポレオンの時代になってもなおフェーメ裁判所は、シチリアの「黒い手」のような、即決裁判に専念する地下組織として機能を果たしていた[16]。このフェーメ裁判所Vehmgericht がもととなって20世紀初頭に、オーストリアとドイツの、とりわけ反ユダヤ的な諸々の秘密結社が生まれたが、これらはナチズムの先駆であった。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
〔古い象徴〕 〈まんじ〉は、きわめて一般的で、きわめて古い象徴の1つである。極東アジアから、モンゴル、インド、北欧を経由して中央アメリカにまで見つかる。昔はケルト人、エトルリア人、古代ギリシア人にも親しまれた象徴である。「ギリシア式」と称される装飾はこれに由来する。アトランティスにまでさかのぼらせようとする説もある。とにかくこの象徴の古さを示そうというのである。
〔回転〕 卍の持つ象徴の複雑さはともかくとして、その図形から明らかに不動の中心を軸とする回転運動を示す。この中心は、〈我〉あるいは〈極〉である。だから卍は、行動、顕現、周期、永続的な再生の象徴なのだ。この意味で、卍はしばしば、人類の救世主のイメージに伴った。キリスト、中世の西欧のカタコンベ、中央アジアのステップのネストリウス教がそうだ。「しばしばロマネスク時代のキリスト像」は、螺旋または〈まんじ〉の周囲に描かれた。「それらの像は姿勢に一定のリズムを保ち、動作や衣服の襞を体系的に示す。だから古い象徴である〈創造の渦〉が再び導入され、この渦の周囲を創造された階層秩序が重なることになる」(CHAS, 25)。ブッダもそうで、法輪 (ダルマチャクラ)を表すからなのだが、不動の中心のまわりを回転する。この中心はアグニを示すことがよくある。
〔数・発展〕 数の象徴体系によって、この表象の総体的なカの意味がいっそうよく理解できる。卍は十字形で、その腕の部分は、ベクトルの方向が回転の方向を決め次に中心に送り返すように、4倍になっている。その数は、だから4の4倍、つまり16である。これは《現実》もしくは宇宙の潜在的な発展である。創造された宇宙の発展として、先に引き合いに出したような偉大な創造または贖罪の表象と結びつく。人間的現実の発展としては、世俗的権力の極端な発展を表現することになる。それがまたシャルルマーニュからヒトラーにいたる歴史上の具体例の説明になる。ここでも回転の方向が問題になるだろう。1つは天文学上の直接的な方向、宇宙が関係し、だから超越性と結びつく。これはシャルルマーニユのまんじだ。もう1つは逆回転で時計回りの場合で、無限性と神聖を有限と世俗の中に持ち込もうとする。これがヒトラーのまんじだ。ゲノンはこの2つの逆の方向を「両極から見た世界の回転」と解釈する。この両極というのは、地球の両極というよりはむしろ人間と天の極のことである。
〔中国〕 この象徴体系はどの場合でも総体的であって、中国にも見出される。中国の場合、〈まんじ〉は数の1万を示す。万は存在と顕現の総体なのだ。それはまた四方位を表す漢字〈方〉の元の形である。また万は〈洛書〉の数の配列と関係し、この配列は周期的回転運動を想起させる。
〔宗教〕 宗教的な意味では、まんじは、ときに、ヒンズー教の図像において輸の代わりをすることがある。たとえばナーガの表象となる。しかし知識の神ガネーシャ(聖天)とか至高の原則の顕現の表象でもある。フリーメーソンはまんじの中心を北極星、4つのΓ(ガンマ)をまわりにある大熊座の 四方点とみなすという宇宙形態の象徴体系を厳密に遵守する。そのことは上で述べたゲノンの考察を理解する上で役に立つはずである。さらに〈まんじ〉から派生した形態もある。バスク地方で用いられる腕の部分がカーブした形がそうで、これはとくにはっきりと二重螺旋の形を想起させる(12面体参照)。また各腕が鍵型になった〈まんじ〉もあり、これには鍵の象徴的意味が完全にそろっている。縦軸は聖職者の役割および至に対応し、横軸は君主の役割と分点に対応する(CHAE,CHOO, DANA, GRAP, GUEM, GUEC, GUET, GUES, VARG)。 (『世界シンボル大事典』)