アグリツーリズム |
しかし、最初は全然ダメでした。
トレント自治県はオーストリアとの国境の北のほうのまちです。ここで条例の中ではじめてアグリツーリズムという言葉が使われました。
その後、諸外国の制度を導入しつつ、EC(当時)の共通農業政策の補助金の進展に引かれ、1985年、国の法制度、枠組法ができて、全国の州が州法でアグリツーリズム事業と事業所の基準を設け、振興をやりはじめます。
このころにはEUの補助金が相当つくようになります。
EUの農業政策を説明するには、また別に、数時間必要になりますが、簡単にいえばEUは市場が一つになり、同じ小麦を作っていても条件不利地域では、まったく勝負にならなくなった。その補償の仕組みなのです。
そこで農地を三つに分けました。
一つは競争で勝てる市場原理に沿った農地です。
二つ目は環境保全農地といって、いきなり放棄されてはたまらないので補助金を出すので作付けを続けてもらおうという農地です。
三つ目は環境保全農地ばかりでは補助金が膨大になるので、自立するために観光をやりなさいという農地です。規制を緩和するから、農家がそれぞれお客さんをとめて、観光できるようにしなさいよ、という農地です。
このアグリツーリズムのための農地にも、インフラを整備するとか、農家を改造する、プロモーションをするといった場合に、補助金が出ました。
ずっと進んできて、2006年に第96号法として改正されています。
96号法では、アグリツーリズム事業とは、会社、個人(農家)、個人のグループの3形態の農業事業者が行う集客、接客事業だとしています。ですから日本で問題になっている株式会社がやってもよいのかといった問題は、解決しています。
ただ、自ら所有し、耕作、造林、家畜の飼育をする農地で観光事業を行う、その農業活動の一環として、その農園(農場)で行われるものとされていますので、農地を借りて行うものはダメです。
日本人でもトスカーナでアグリツーリズムの民宿を経営されている方がおられますが、土地を買えない場合は、法律にいうアグリツーリズムにはならず、補助の対象にも、規制緩和の対象にもなりません。その点は厳しいです。
あくまでも農業活動の一環として、農業収入を補うものなのです。もちろん、こちらの収入が多くても構わないし、現実には圧倒的に多くなっています。
そしてアグリツーリズム事業では、農業経営者とその家族、さらに定期、不定期、パートタイム従業員は、農業労働者として、年金・保険制度、労働補償の適応を受けることができます。一切、耕作しなくても構いません。
そしてアグリツーリズム事業の条件は次の通りです。
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イタリア統計局(ISTAT)の2006年の資料では、国内に1万6,765のアグリツーリズム事業所があり、その内1万3,854事業所が16万7,087床の宿泊施設を備えています。
ですから、そこら中にあります。
日本とイタリアのホテル総数はほぼ同じぐらいですから、1万6,765という数の存在感が分かるかと思います。日本でもアグリツーリズムが増えていますが、その約150倍あるのです。
そして7,898のレストラン、9,643のリクリエーション、文化、教育施設をもっています。
第1位はトスカーナ州で3,798事業所。
第2位はトレンティーノ・アルト・アーディジェ州で2,865事業。
第3位はヴェネト州で1,012事業所があります。ここはワインやチンザノを作っています。
アグリツーリスト(Agriturist)の2007年の推計では、その売上総額は数十億ユーロの規模になるといいます。 これは全国の観光収入の18%にあたると言われています。
過疎で放棄された建物の修復が進み、景観保存にすごく貢献しました。アッシジとかシエナ周辺で、景観規制があんなに厳しくて、なんで街が再生してくるかというと、これがあるからなのです。修復された農家を民宿に使うから投資が進むのです。町家再生店舗と同じです。
さらに、農と食への関心を高めた一般観光客を惹きつけ、農村の他の観光産業(ペンション、B&B・民宿、休暇用貸家)にも好影響を与えています(他施設は農業体験がない)。
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アグリツーリズム需要は現在、大きく変わっています。最初は、伝統の美食、地域の食文化を愛好する一部のグループに限られていました。今は、自然に触れたい、美味しい食事、農村の静けさ、お得な値段などの理由で、一般国民の幅広い客層に広がっています。
昔は夏のバケーション。長期滞在のリピーター中心でした。今は国民全体です。
最初は、夏から秋の間だけ開業していました。今でも夏に長期滞在者が集中してはいるものの、通年で週末や、復活祭、クリスマス休暇の利用客が増加し、季節のムラなく営業されています。
また外国人客も増加し、日本人客も行っています。アメリカ人が多いですね。
全宿泊数の27%を外国人が占めています。
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アグリツーリズムの標識 | 室内 |
標識が出ていますので、車をとめてひょっとはいっていき、今日とまれます?と聞くと、何人、何室と聞かれて、すぐ泊めてくれます。
ゆったりとした時間、大人の休日が楽しめるのです。
私もかなりいろんなところに泊まりました。古い家具を巧く使っていたり、演出がうまいんです。
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新築 |
なぜ認められるかと言いますと、ここに建物があったという証拠があるからです。自分の農場のなかでも、まったくないところに開発することは一般にはダメです。
日本でも農家が農業住宅を建てることは認めますね。だから農地のなかで農家の人が住むためだっらイタリアでもかなり甘いんですが、加えてアグリツーリズムでゆるくしてしまったのです。
もちろんデザインガイドラインはあるのですが、昔ここに納屋があった、牛小屋があったということが、10年程前まではあったでもいいけど、証明できれば、建てて良いのです。
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私がアグリツーリズムを調べだした80年代には、景観論争がまだ未熟な時代で、アグリツーリズムの民宿にプールをつくることが許されるかどうかが最高裁判所で争われていました。
訴えたのはトスカーナ州です。訴えられたのはシエナの農家5軒です。
最高裁の判決も面白かったのですが、農民がプールで水泳をしてダメだという法はない。都会の住宅地にプール付きの住宅を持っている人はたくさんいる。なんで農家がダメだ?。
景観規制が厳しくなって、他の地域でもプールがダメだということが制度的に認められるようになれば、この地域でもプールをダメだとして良いことにしよう。
しかしローマの郊外、アッピア街道のそばでもプールが許される。したがって、ここだけ禁じることは法の下の平等に反するというものでした。
農家側からは、当時はイタリアではプールがないと客がこないという背景がありました。
そして農業省の協力を得て1975年に“田舎の宿泊ガイド”を刊行しました。
当時はフランスやスコットランドのほうがイタリアより進んでいましたから、その経験を学んでいます。
スコットランドからはB&Bの、いかに安い、投資の少ない施設でお客さんに満足してもらえるかを学びました。フランスからはいかに食で儲けるか。当時農家レストランがフランスで広がっていましたので、田舎料理はこうしたら売れる、都会の真似をしたらだめだ、地域の伝統食はこうやって売るんだということを一生懸命学んだのです。
その頃トスカーナの農業者だったザーティ(S.V.Zati)さんが会長となって頑張ります。30年間、勤めました。この人が、ヨーロッパ・ノストラ、ヨーロッパ環境会議の活動に参加し、イタリア・ノストラやイタリア環境会議の人たちと一緒になって、旧左翼系の環境保護運動を農村観光にまとめたんです。
この力が大きかった。
で、1985年には農村観光枠組法の成立に貢献し、1996年にはガイドをインターネット上でも公開しと、ずっときていますが、その後、会長さんはブレシアのクルバストロという人に変わり、そして最近ではナポリの人が会長になっています。
だんだん農村観光運動がイタリアの南のほうに広がってきたということです。
この間にアグリツーリストは、地方支部の数を増やし(17州支部、64県に支店)、会員企業数を増やし続けてきました(約4,500事業所)。
最近熱心なのは、農産物の品質保証活動です。農産物の評価をし、“アグリツーリスト品質”(Agriturist Qualita)のマークを付けた農産物の品質保証のシステムを作り上げ、特定農産物を指定しています。
それから産地の保護をします。そうしないとブランド化しないからです。京野菜をはじめ、日本でもブランド化を進めていますが、このことをうまくまとめてやっています。
このような運動を支えたのがスローフードです。
最後にこのスローフードについてお話しします。