しかし、 都市ということになると、 あまりにも大きくて一人の人間では詳しくすべてを把握することは容易ではありません。
より小さな場所の集合体として理解した方が分かり易いと思われます。
すなわち、 異なった地区とか近隣住区の集まりであると考えるわけです。
都市のアイデンティティは二つの側面を持ち、 一つは外向けのアイデンティティでもう一つは内向けのアイデンティティであります。
その場合、 一つの有名な建物やスカイラインが街全体を象徴するということであり、 例えば、 写真8はどこであると説明しなくても理解できると思います。
パリの場合は、 記号論的なアイデンティティ、 ランドマーク的なアイデンティティは19世紀にできた建築規制とか建築計画によって出来上がった独特の建築形態によって表されています。
外向けのアイデンティティというのは観光促進のためにとても重要であり、 外からの観光客はこの外向けのアイデンティティしか期待しないわけです。
さて、 次は私自身が住んでいるトロントについてですが、 写真9に映っているのはエッフェル塔のようなもので、 世界で一番高い建造物です。
公的なアイデンティティの特別なヴァリエーション(特に地方自治体にとって重要なもの)は特徴のあるデザインを持った市庁舎によって達成されます。
こういったものがランドマークとして機能し、 地元の住民がその場所に対する気持ちを掻き立てる要素としても有効性があり、 これが市のシンボルとなるわけです。
写真10はトロント市の市庁舎ですが、 東京の場合でも都庁舎が全く同じ事を試みています。
すなわち、 独特の公的なアイデンティティを打ち出そうとしているわけです。
しかし、 すべての人がこのような建物が良いと同意しているわけではありません。
フランク・ロイド・ライトの場合は、 これはお墓の石と空飛ぶ円盤の組み合わせのようだと批評しています。
それは住民が自分の近隣住区に対して感じる場所の知覚と関連しているといえます。
写真11は、 トロントの道路の風景です。
トロント市に住んでいる人達や私自身はこれを見れば常日頃から馴染んでいる風景なのでなんでも良く分かります。
しかし、 観光客にとっては良く分からないかもしれません。
内向けのアイデンティティは、 それぞれの地区、 市政、 また社会的・経済的な相互作用の違いによって色づけられているといえます。
しかし、 こういったものは当然の事ながら観光客やよそからの訪問者には完全に無視されるわけです。
市庁舎や市議会にとって内向けのアイデンティティというのは一つのまとまったものであって、 市庁舎のデザインによってそれが大変すばらしく表明されていると考えたいのでしょうが、 現実には内向けのアイデンティティの中には多くの緊張関係、 ヴァリエーションがあるわけです。
たとえば写真12のような地区に住むトロントの貧しい女性にとっての内向けのアイデンティティは、 それはそれで一つのアイデンティティであるといえます。
しかし、 郊外に住んでいるトロント市民(写真13の家やロールスロイスの所有者)にとっての内向けのアイデンティティは、 前者と全く別のものであります。