21世紀の都市計画の課題
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話題提供

ひとつの可能性のヒントとして

イギリスの
アーバンデザイン・ガイドについて

大阪大学教授

鳴海邦碩

改行マーク今日のテーマである「まちづくり都市計画の可能性」について、 私も以前兵庫県の勉強会に参加したことがあります。 「まちづくり都市計画」というネーミングがとても面白かったので関心を持っていたときに、 このようなタイトルの本を見つけました。

     Building the 21st Century Home
     The Sustainable Urban Neighbourhood

     著者:David Rudlin & Nicholas Falk
     URBD (The Urban and Economic Development Group)
 
改行マークこの本を学生と一緒に読む機会があったのですが、 この中にまちづくり都市計画的な概念が紹介されていたので、 今日の議論の材料にしたいと思い、 少し説明したいと思います。

改行マークイギリスのマンチェスターにHulmeという再開発区域があるのですが、 この本はそこで行われたいろんな試行錯誤の末に生まれたまちづくりの方法論を紹介したものです。 今日はなぜそのようなことになったのかというプロセスを理解していただきたいと思います。

資料目次
 

1. Hulmeの開発

改行マークHulmeはマンチェスター中心部の南部に位置し、 1850年代に形成された市街地ですが、 19世紀末には悪名高いスラムになっていました。 それで、 1934年には再開発地区として改善しようということになりました(
(1)Hulmeの開発参照)。

改行マークしかしながら、 Hulmeは環境は悪いけれども同時に活気のある町でもあったんです。 パブや醸造所、 ミュージックホールもあれば、 ダンロップゴム会社、 金細工、 看板書きの仕事場もあり、 ロールスロイスの最初のエンジンが設計されたのもこの町でした。 住工商が混在していた地区でした。

改行マーク地区の再開発は1960年代に本格的に始まりました。 だいたい想像がつくと思いますが、 立体交差した幹線道路によって地区は分断され、 13の高層建物とデッキ・アクセスによる住宅団地が出来上がりました。 その結果、 人口が13万人から1万2000人まで落ち込んでしまいました。 さらに、 1970年代に団地の通路から子供が転落死するという事故をきっかけに、 議会が全家族の引っ越しを決議しました。 その後、 加速度的に地区は衰退してしまったのです。 都市の衰退の典型的なすべての問題である貧困・失業・薬物使用・失業で苦しんだ地区であるわけです。

改行マークしかしながら、 一方では大学が近くにあることから、 若者がたくさん住み着き、 何年にもわたってマンチェスターのサブカルチャーの中心的な役割を果たしました。 どういうことをしたかというと、 団地の街を不法占拠して事務所や作業所、 レコーディングスタジオにしたらしいのです。 1980年代の調査によると、 人口の30%に高度な教育を持った人がいる一方で、 30%の人口は無教育というアンバランスな住民構成を持つ地域だったようです。

改行マーク再度、 再開発しようという動きが住宅アクション・トラストによって提唱されたとき、 今度は若い住人達が反対運動を始めました。 その結果、 運動は成功しました。 つまり、 再開発計画が中止になったのです。

改行マークそれにもかかわらず、 再開発の計画は検討され、 北イギリス住宅協会、 ギネス・トラスト住宅協会、 ベルウェイ都市再開発会社、 アメックなどがこの地区での再開発を実行しました。 それで、 家を買うなど想像もできなかったこの地区で、 最初の家が10万ポンドで売れたそうです。


2. 地元政治家の認識

改行マークこのような動きが進んでいた時期に、 マンチェスターには国際都市になりたいという狙いがありました。 そのためオリンピックを招聘するためのプロセスとして、 政治家が当時開かれていたバルセロナオリンピックを見に行き、 しばらくそこで滞在したことがあるのです。 そして、 マンチェスターとバルセロナを比較して政治家達は大きなショックを受けました。 経済や文化、 都市機能においてマンチェスターはバルセロナに大きく遅れをとっていて、 オリンピック招聘なんておよびもつかない。 今、 マンチェスターそのものを変えていかないと、 将来はもっとひどいことになると認識したわけです。 そうして、 Hulmeを新しい都市づくりのための実験場にしようと考えられたそうです(
(2)地元政治家の認識参照)。

改行マークその手始めとして、 再開発のマスタープランをカナダの建築家ジョー・ブリッジに依頼したのですが、 住民の賛同は得られませんでした。 そこで、 地元の建築家ジョージ・ミルズにシーサイドのような環境共生団地のプランを依頼したのですが、 それも再開発に反対する地元の重要人物、 つまり若い連中の抵抗にあいました。

改行マークそれで、 プランをつくるのではなく、 デザイン・ガイドが登場することになったのです。 マスタープランではなく、 デザイン・ガイドに沿っていろんな建築活動を進めていけばいいのではないかという方向性が出てきたのです。 デザイン・ガイドは地元の建築家チャリー・ベーカーが中心になって作成したほか、 この本の筆者もコンサルタントとして参加しています。


3. 筆者等の問題意識

改行マークここで、 コンサルタントとして参加した筆者達が、 この地区にどんな問題意識を持っていたかを紹介します(
(3)筆者等の問題意識参照)。

改行マーク冒頭に「新しい都市経済を認識し推進することは普通は学校では教えられていない都市計画技術を必要とする」と抜粋してあるように、 彼らは都市の経済を重要視しています。 中心市街地活性化的な話だと思うのですが、 都市経済を認識しながらまちづくりを進めることが大切なのに、 学校ではそれを教えないと批判しているのです。 これは、 エンタープライスゾーンを提唱したイギリスの都市計画家Hallが言ったことだそうです。 そのほか、 「経済活動の新しい形を都市計画はもっと積極的に行うべきだ」「まちを有機的に成長させることがもっともうまくいく」「持続可能なコミュニティをつくる上でもっとも重要なのは時間である」などをあげており、 とにかく計画が大事なのではなく、 モノを作って百年も経てばまちは良くなるのではないかという認識が見受けられます。

改行マークその一方「多くのコミュニティは利益を異にするより共有することで繁栄する」としていますが、 コミュニティごとに享受する利益が違う町を作るよりも、 みんながそれぞれの利益を得られるまちを目指さないといけないということで、 考えてみれば当たり前のことですね。 例えば、 個々の建物に熱意を向けるより、 まちの規模で考えるべきだとか、 建築の新しい言葉が必要ではないかとか。 こういうことを基本的な問題意識に持っていたことを念頭においてください。

改行マークまた、 この本の著者達はアメリカが嫌いみたいで、 「私達はまさに今、 我々の都市や社会のためにアメリカのモデルに従うか否か、 選択すべきである」と書いているのは、 アメリカのように郊外に孤立したまちを作りハイウエイでつなぐような、 都市を捨てる暮らし方が本当に良いのかと問題を突きつけているわけです。

改行マークそうならないために、 彼らがあげているのは「ストリートの重要性を再発見すること」です。 どこへ行っても伝統的なまちはストリートから成り立っているとして、 古い新しいに関係なく、 まちにおけるストリートを信頼しないといけないと主張しています。 なぜそんなことを主張するかというと「従来のディベロッパーや計画の権威者はストリートで成り立つ普通のまちを作ることが嫌いで、 フェンスに囲まれた広い駐車場を持つビジネス・商業の集合体を好む」からです。

改行マークそれに反し、 ストリートは「通過の役割とコミュニティの場を同時にもたらす。 これを互いに融合させるのがストリートのマジック」であり、 「人びとが集い、 ふれあい、 公共生活を豊かにする場所であるという意味では道路以上のものだ」と、 ストリートの重要性を指摘しています。

改行マークにもかかわらず、 戦後の道路計画は運搬のみを重視して、 ストリートをないがしろにしてきたのではないかというのが彼らの指摘で、 「アメニティを養い、 商業をサポートしているにもかかわらず、 価値を認められていないストリートがたくさん存在する」と嘆いています。

改行マークそうしたストリートの重要性を指摘した上で、 筆者はストリートを次のように特徴づけています。

・街路網の持つ浸透性
 ストリートの持つ良さとして「両端が別の街路に連結されており、 そこを歩くと、 歩行者が消費の方向に誘導される」をあげ、 それらをストリートの持つ「浸透性」という言葉で表しています。 反対にそうした浸透性のない市街地だと「大型のマンションやビジネスパークが徒歩で通り抜ける可能性を奪う」「車の交通が少数のメインストリートに集中する」と批判しています。

・大通り・副次的ストリート
 さらに大通りとそれに結びつく副次的ストリートの役割分担についても触れていて、 大通りが都市の正面玄関であるならば、 副次的ストリートは大通りの賑わいから離れて専門店や喫茶店が栄えるところであり、 そんなまちがいいと指摘しています。 しかし、 小さいまちや衰退地区では副次的ストリートが育たなくなっており、 そうしたものを生みだす普通のまちの良さを認識するべきだというのが筆者の主張です。

改行マークこの本では「多様性」が強調されているのですが、 本当の多様性は一つの計画からではなく「個々のディベロッパーによる小さな敷地の開発や個々の建物から生まれる」とも指摘しています。 20世紀に入ってから、 建物を上から眺め、 模型として見るようになったが、 そういうことはいいまちを生み出せなかったというわけです。 ランドマークになる大聖堂、 市庁舎、 宮殿や博物館がまちを作っているわけはなく、 「気がつかない多くの建物によって、 都市空間の質が高められている」としています。


4. Hulmeのデザインガイド 10のコア原理

改行マーク以上述べた問題意識からHulmeのデザインガイドが生まれました。 デザインガイドには10のコア原理があり、 それが53のデザインガイドに発展しています(
(4)Hulmeのデザインガイドの10のコア原理参照)。

改行マークこれは、 すでにグラスゴーのクラウン通りで開発されたとき使われていた一部でもあり、 イギリスでサステイナブルな村づくりを推奨しているアーバン・ビレッジ・フォーラムでも議論されました。

改行マークただし、 このデザインガイドを地区に導入することには強い反対がありました。 住宅価格が高くなる、 犯罪が増加する、 交通事故が増える、 投資回収率が減少するなどいろんな反対があったのですが、 最も困難な議論はやはり道路交通の分野から出されました。

改行マークしかし、 1994年6月には議会によって採択されました。 つまり、 専門家ではなく政治家が積極的に押し進めたのです。 政治家はHulmeの委員会に多くの時間を費やし、 役所の専門家にも問いかけるようになって、 役所内にはかなりの緊張感が生まれたんだそうです。 一部の人は再開発地区のことだからこのくらいは仕方がないと思っていたらしいのですが、 結果として議会は全市にガイドラインを適用することに決定されました。

改行マークこのガイドラインは都市計画の付録書として、 市単独の開発計画図に付け加えられました。 そして再開発があちこちで行われた後、 このガイドラインの効果がどのように現れたかを役所自体が評価するシステムにしたのですが、 影響がかなりあったことにみんな驚いたそうです。 ですから、 効果があるなら面白いと、 多くのプランナーが仕事に夢中になり、 市においては明らかにプラスの効果が出てきたというわけです。


5. ガイドラインの有効性

改行マークガイドラインの有効性について、 以下のように述べられています(
(5)ガイドラインの有効性参照)。

改行マーク「行政は計画地や規模を正確に示すのではなく、 適切な構成要素の関係を示したデザインガイドを用いるべきである」というのは、 「ここではこんなことをやれ」と言うのではなくて計画対象の要素の関係を示したガイドラインが必要だと述べていると思われます。 また「一つの可能性は開発を促進することを望む地域での計画規制の縮小である」というのは、 開発規制の緩和をしなくちゃいけないということで、 これはまさにHallが提案したエンタープライズ・ゾーンでも試みられたことです。 その時にうまく正当化されなかったのは、 規制緩和の問題があったからです。

改行マークともあれ、 ガイドラインを再開発に適用することによって都市形成を自然に導くことは可能ではないかと評価しています。 さらに「過去には存在した市街地形成に対する共通の知識と理解がないとき、 ガイドの採用は都市整備を変えることへの強力なツールかもしれない」としています。


6. 再生への手段

改行マーク最後に、 筆者等が示す都市再生のための7ヵ条を示しました(
(6)再生への手段参照)。


7. ドイツ建設法典

改行マークこの本に書かれているガイドラインと関連性があると思ったのがドイツの建設法典です。 10年ぐらい前、 都市計画をもっと分かりやすいものにしようと再編成されたのですが、 その中の「都市基本計画で考慮すべき9つの項目」を以下に示します。

  • ドイツ建設法典 −−都市基本計画で考慮すべき9つの項目
      1.健全で安全な居住と労働の必要性
      2.地域的・社会的にバランスのとれた人口構成とその発展
      3.社会的・文化的要求、 教育、 スポーツ、 レクリエーションへの対応
      4.既存集落の保全、 更新、 発展および集落・自然景観の形成
      5.記念物および歴史、 芸術、 都市計画上重要な集落、 道路、 広場の保存
      6.教会および礼拝、 司祭の必要性
      7.環境保全、 自然保全、 自然保護、 自然管理および気候の重要性
      8.経済、 消費者のニーズに添った中小企業構造、 農林業、 交通・通信基盤、 エネルギー・水の供給、 廃棄物・下水理、 原料産出の確保、 雇用機会の維持、 確保および創出の重要性
      9.国防および民間防衛の重要性
 

8. 見える総合計画、 生きた都市計画

改行マーク日本の都市計画はこれほど分かりやすくは説明できないところが、 まだまだ難物なのだと思ってしまいます。 素直に「こんなまちがいい」と示す計画を、 僕は「見える総合計画」「生きた都市計画」とネーミングしてみました。 こういうことやマンチェスターのガイドラインに類することが日本の都市計画には一言も触れられていないのが一番問題だと思うのです。 制度はいろいろありますが、 市民が一番欲しいのはこういう分かりやすさではないかと思うのです。

改行マークもっとも、 市民に関心がない可能性もあります。 土地を持っている市民は容積率や用途にしか関心がない可能性もありますが、 普通に暮らすという観点からすると「私のまちはこうあって欲しい」とイメージすると思うのです。 そういう市民の思いをどうやっていけばいいのかということについて、 この本やドイツ建設法典は一つのヒントとして示してくれたように思います。

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図1 マンチェスターのガイドラインの説明イラスト
改行マークこの図1はマンチェスターのガイドラインを実際に示すとこんな風になると説明したものです。 イギリスの昔ながらの囲み型のまちを保存したような格好になっていますが、 特に保存という観点で考えたわけではありません。 それぞれの部分がデザインガイドに沿ってこうなるという簡単な説明が付いています。

改行マーク最近の風潮で、 エネルギー的あるいは資源的サステイナビリティを重要視していて、 CHPプラントをまちの中に作っています。 適度な広がりを持ったまちをつくるためのデザインガイドが提案され、 それが動いているという図でもあります。

改行マーク「まちづくり都市計画」という言葉を聞いたとき、 このガイドラインがまず頭に浮かびました。 道路や公園、 道路や建物の関係はこのように説明でき、 みんながしゃべることができるものだと思ったのです。

改行マーク本当に実現できたかどうかを、 私も一度マンチェスターに行ってみて確かめようと思っているところです。

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