路地から見たまちづくりの作法
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リレートーク2

松江のまちづくり

寺本建築・都市研究所

寺本和雄

 

はじめに

改行マーク島根県松江市から来た寺本です。 出雲の国松江松平藩というのが古い呼び名ですが、 古くは尾道と松江は出雲街道で結ばれていて、 中国山地の鉄や宍道湖のウナギがこの街道を通って尾道へ運ばれたそうです。

改行マーク今日は松江のまちづくりについてお話しいたします。 松江は空襲に遭わなかった古い城下町で、 17世紀の始めに極めて計画的に作られた街です。 現在の道路網も、 その頃とほとんど変わっていません。 今新しいまちづくりが始まりつつあるのですが、 市街地には城北地区(侍の町)、 白潟地区(町人の町)、 雑賀地区(足軽の町)に城下町の面影があり、 そこに残る昔の細い道をまちづくりの手がかりにできないかと考えているところです。

改行マークでは、 スライドを見ながら紹介していきます。


松江の路地

画像matl001 改行マーク左は町割り図で、 黄色部分が侍の町、 ピンク部分が町人の町、 オレンジ部分が寺社、 今の県庁があるところは徳川直轄領でした。

改行マーク右は細い路地の現況を示したもので、 黄色は私道、 赤色は2〜4m未満の市道です(城北地区)。

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画像matl002 改行マーク左は丘の上から見た瓦屋根の続く松江の街並みです。 右は昭和40年代に美観地区として指定された城下町の面影を残す町並みです。

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画像matl003 改行マーク街の中に入っていったところです。 生垣があったり昔の塀を復元した路地があります。

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画像matl004 改行マークその裏手に行くと、 小さな水路があり(左)、 それを埋めたてながら道ができています。 右は、 正面にお寺があり両側に塀と生垣の通路が続いています。 ところどころブロックになっています。

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画像matl005 改行マーク一部には町家も残っており、 今でも醤油屋と酒屋が生業を営んでいます。 そこでは蔵の中へも入っていける形になっており、 通るとプンと醤油のにおいがします。

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画像matl006 改行マーク表通りの町家の様子です。 右は、 そこにも最近ではピザ屋が出来たという光景です。

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まちづくり研究会

画像matl007 改行マークまちづくり研究会の活動風景です。 ワークショップを行いながら今年で3年目を迎えました。 この町の魅力は「裏の方にくねくねと入っていく『奥の細道』ではないか」という結論になっていきました。

改行マークまた、 昔はよく道で遊んだものですが、 今の子供達は家か学校のグラウンドで遊ぶだけで外では遊ばない、 遊べる空間が身近にないせいではないかということも議論しています。

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画像matl008 改行マーク左は城下町景観の分布図で、 右はその中の町家のエリアの図です。 現在住宅が並んでいる場所は、 昭和30年代に栄えた老舗の商店街でした。 今では「閑静な住宅地」と呼ばれるようになってしまいました(白潟地区)。

改行マークその横丁には2mほどの車の入れない道が多く残っているのですが、 このエリアだけで蔵が20〜30ほどあります。

改行マークかつての商店街の男衆が何度か活性化計画を作っては失敗しているのですが、 もう男には任せておけないと10人ほどのおかみさんが集まって2年前からまちづくりに取り組んでいます。 その活動の中でこういった蔵や路地を生かせないかと考えているところです。

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画像matl009 改行マーク左は今の話に出た蔵の写真です。 ここをまっすぐ行くと宍道湖に出ます。 おそらく宍道湖で採れた海産物を運んでくる道が、 この小路だったのではないでしょうか。

改行マークそれを推測させるのが右の写真です。 路地から出た所で露店営業している八百屋で地代もただだからやりやすいのでしょうが、 朝どこからともなくやってきて店を開き、 夕方になると帰っていくという使われ方をしています。

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再生への提案

画像matl010 改行マーク先ほど紹介したおかみさん達の会です。 この人達は商店が最も栄えた頃にお嫁入りした人々で、 パワーがあると同時に上品さも兼ね備えたとてもステキな人達です。

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画像matl011 改行マーク雑賀町の昔の町区画の様子(左)と再生計画案(右)です。 現在も昔の道路幅で生活しています。 道路がグリッド状に入っており、 昔は一軒の家(間口3〜4間、 奥行き15間)が裏表につながっていましたから、 1区画の奥行きは30間ありました。 現在、 南北方向の道路に面した宅地がどんどん細分化されて、 一軒の宅地が4〜5分割されています。

改行マークですから、 車が入れない道路を南北に作って、 表の国道とつなぐ計画を考えました。 小規模住居が密集している所ですから、 なんとか共同化して路地空間を再生できないかと思います。

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画像matl012 改行マークかつては板塀だったのですが、 今はブロック塀にしている家が多くなっています。 面している道路は3.5m内外の細い道です(雑賀町)。

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画像matl013 改行マークそれを板塀に復元して、 路地を庭として使える空間にできないかという提案です。 ただし、 町の人とはまだ話し合いまで至っていません。

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改行マーク以上で、 松江の路地を手がかりにしたまちづくりについての紹介を終わります。

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