作句上のコツ

十、俳句言語の妙と省略

 言葉には大きく分けて話し言葉と書き言葉がありますが、書き言葉は話し言葉に比べて余程推敲しないと、仮りに話をその儘活字にしても無駄が多くて文章に成りません。小説の場合は会話が多かったりして、比較的言葉に負担を掛けませんが、詩になると作者は言葉に重労働を課せます。又俳句になると十七字よりありませんので、重労働どころかマジックの働きを課せます。その言葉の働きの絶妙さに、俳句は算術と違って魔術だとも言います。何でも無い言葉も省略に依って魔法の様な働きが生じるのです。俳句の究極の言語は作者から読み手に憑る事さえ出来るのです。追い追いに言葉の働きの面白さを書いて行きたいと思いますが、今回はなるべく易しい処から書いてみる事にしましょう。先づ俳句に使う言葉、所謂る俳句用語と言う様な特別な言葉が有る様に思われますが、俳句の場合どんな言葉でもいけない言葉は何一つありません。しかしその句に適切な言葉で無いと、どんなに良い言葉も句的言語とはなりません。日本語の豊富な表現の中で、最も適した言葉を填め込むと言う事は大変努力の要る事ですが、バッチリ行った時の喜びは俳句ならではの充実感があります。単語の中で「も」と言う助詞があります。当然「も」は話し言葉にも書き言葉にも頻繁に出て来ますが、俳句の場合省略無くして成り立ちませんから、凄く働いてくれる言葉の一つにこの「も」があります。一般的にこの「も」を使う時は「AもBも」と使いますが、俳句は「Bも」と言えば当然Aがあると言う前提で、Aは他の表現の中で判断出来る様に、構成されていないと肝心な事が言えない訳です。「も」がうまく使われている例として、〈見下ろせば観潮船も渦の中〉と言う句がありますが、渦潮を見に行っている船も渦の中にあり、それごと景色になっていて劇中劇みたいにうまく書けました。ここで大活躍しているのが、この「も」で、この句の場合「も」が無かったらここ迄成功していない訳で「も」に有難うと言いたくなります。この句から見ますと実感を素直に表現できたので、難無く「も」が書けていますが、中々こうは行かないものです。「AとB」とを言いたい時は「も」を使って旨く省略するのも作句上のコツです。
平成二十年五月

 

 

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